第12話 勇者の錬金術
午後から美弥たちと連れ立って、再びダンジョンに潜ることになった。
最初の一戦では、美弥には見学に回ってもらい、俺と環奈ちゃんでコンビネーションを見せる。
環奈ちゃんは二日目ということもあって、順調にゴブリンを倒してみせ、ドヤ顔を美弥に向けていた。
幼い時から負けず嫌いだった美弥は、その顔を見てムッとしている。
「ドヤァ」
「なに、イヤミ? 私だってやろうと思ったら戦えるんだから」
「ドヤヤァ」
「ムッカつくー!」
足を踏み鳴らして不満を表現する美弥に、俺は苦笑を漏らす。
こうして感情を剥き出しにできるくらい、美弥は元気に暮らしているという事実に感謝した。
「美弥、あまり騒ぐとモンスターが寄ってくるぞ。まぁ、ここいらの敵なら、余裕だけど」
「わかってるけどさ」
ふくれっ面をしてみせる美弥は、昔の面影を残していて、俺は懐かしい気分になる。
とはいえ、ここで馴れ馴れしく頭に触れると怒られるので、グッと我慢した。
「美弥の武器は、そのナイフだけなのか?」
「うん。高い武器は買えないから」
「もうちょっとマシな武器の方がいいと思うんだが」
「バール使ってるお兄ちゃんには言われたくない」
「ぐっ、これも貧乏が悪いんだ……」
兄妹揃って金に困るとか、なんとも情けない話である。
もっとも美弥は未成年だから貯金を使えないだけだ。両親の遺産を引き継いでいるので、俺の貧乏とはまた違う。
「まぁいいさ。美弥もとどめを刺す感触が苦手なんだよな?」
「うん。私も弓とか使えばいいのかな?」
「うーん……でも、美弥は環奈ちゃんと組んでダンジョンに潜っているんだよな?」
「そうだよ」
俺はそう問われて首をひねる。
はっきりいって役割のかぶっている二人のペアというのは、あまり効率的とは言い難い。
今後、どうなるかはわからないが、俺と一緒にダンジョンに潜るとしても弓手二人というのはもったいなく感じる。
「俺が敵を引き連れ、環奈ちゃんが弓で撃つ。なら美弥には別の役割を果たしてほしい気がしないでもない」
「別のって、近接攻撃?」
「でも、とどめは刺せないんだろ?」
「うん」
ならば、美弥も前線を張るのは難しいだろう。かといって弓手はかぶる。
なら……どうするかと思案して、俺は一つの案を思いつく。
「美弥、お前魔法を使ってみる気はないか?」
「魔法って、魔石を使う?」
「こっちだとそうらしいな」
こちらでは人間は魔力を持っていないとされている。代わりに魔石から魔力を引き出し、使用するスタイルらしい。
俺が異世界で魔力を持っていたのは、世界を飛び越えた時に得た副産物である可能性が高い。
美弥は魔力を持っていないが、俺の毎日の稼ぎを考えると、美弥が魔法を使う魔石を稼ぐくらい苦にはならないはずだ。
それに美弥が魔法を覚えることで、俺たちの安全性も格段に上昇するはずである。
異世界での冒険で、魔法の便利さや偉大さは身に染みている。
「でも私、魔法の知識なんて全然ないよ?」
「こっちの魔法は俺も同じだよ。勉強していけばいいさ」
伸び盛りの高校生。しかも探索者資格持ち。魔法を学びたいと思えば、日本の迷宮管理組合からの援助も得られるはずだ。
魔石を活用する研究は日々盛んになっており、魔法に関しても同様だ。
若い世代が魔法を学びたいというのなら、その道筋を示してくれるだろう。
「それより、お兄ちゃんは異世界で魔法を学ばなかったの?」
「んー、俺か? 錬金系魔法と基礎的な生活魔法を五つだけなら」
錬金系魔法とは、ポーションなどを作るための圧縮や抽出、変換、乾燥といった魔法や、素材を扱う変形や融接、分離などの魔法が多い。
そして基礎魔法は生活などに使う簡単な魔法のことだ。
俺が覚えている基礎魔法は、水を作るクリエイトウォーター、火を起こすティンダー、汚れを落とすクリーン、アイテムなどを収納するアイテムボックス、小さな傷を治すファーストエイドの五つ。
旅をする上で必須と言える五つの魔法。俺以外にも異世界では大半の人が習得していた。
「だったら、お兄ちゃんの覚えてる魔法を教えてよ?」
「いや、攻撃用の魔法なんて覚えてないし、何よりこの世界で使えるかどうかもわからないぞ」
「そうなの? もう試した?」
「いや、試してないけどさ」
もう勇者として無茶な戦いをする必要もない。返済できる最低限の収入さえあればいいので、一層を適当に回るだけの日々を繰り返していた。
ゴブリン相手では魔法を使う必要もないし、ファーストエイドの世話になることもない。
何人か助けた探索者で怪我人もいたが、命に別条があるほどの者はいなかったので、魔法を披露したこともなかった。
「じゃあさ、今から試してみてよ」
「って言ってもなぁ。異世界の魔法が使えるって決まったわけでもないし」
「それを試す意味でも、やるべきだよ」
「むぅ……」
美弥の言うことも、もっともだ。場合によっては使う可能性もある以上、使えるかどうかを調べておく必要はある。
そうと決まればやってみるに限る。簡単なものなら魔石一つの素材で実演できる。
「よし、試してみよう。美弥、その短剣で試していいか?」
「うん、いいけど」
おそらく俺のバールの三倍の値段はするであろう短剣を借り受け、グリップの端についた柄頭の飾りを削り取る。
いきなり柄頭を壊した俺を見て、美弥が悲鳴を上げた。
「ああっ、私の短剣が!」
「試すって言ったじゃないか。別に使い物にならなくするわけじゃないから。いや、わからんけど」
「わからないのに断言しないでよ」
「お前が試せって言ったんじゃないか」
ふくれっ面をする美弥を置いて、俺は外した柄頭に魔石を取り付ける。
バールを金槌代わりにして金具を魔石に食い込ませて固定した。
続いて刀身部分にバールの先端を使って魔法陣を刻んでいく。
チタン合金だったら一苦労だったのだろうけど、幸い美弥の短剣はそれほど良い品ではなかったらしい。
バールを肩に担ぐようにして鉛筆のように持ち、床に座り込んで刻んでいった。
そんな俺に通りすがりの探索者たちは、変なものを見るような視線を向けてくる。
「なんか、視線が痛い……」
「ちょっと恥ずかしいかもね」
「お兄ちゃん、まだ?」
美弥と環奈ちゃんが交互に俺に話しかけてくるが、とりあえずここは無視だ。
別に並列思考能力が高い俺なら、返事をしながらでも作業は続けられるのだが、なにせ日本で初めての錬金作業だ。
ミス一つないように仕上げたいと考えていた。
「まだ。もうちょっと待て」
コリコリと短剣の刃を削り、回路図のような魔法陣を刻んでいく。
それが完成すると、柄頭に設置した魔石から自動的に魔力が魔法陣に流れ込んでいく。
あとは起動のためのキーワードを設定すれば、完成となる。
「んー、どうしよっかねぇ」
「どうかしたの?」
「ああ。仕込んだ魔法の発動条件を決めないといけないんだけどな」
仕込んだ魔法はファーストエイド。簡単な傷を癒す魔法だ。
短剣を抜いて魔法陣を解放し、キーワードを唱えればいいのだが、この世界の治療魔法の名称を俺は知らなかった。
「この世界の治療魔法がなんていうか、美弥は知っているか?」
「ん? 普通にヒールって言ってる人が多いね。上位の治療魔法だと、違う名称らしいけど」
「ファーストエイドって魔法はあるか?」
「それがこの短剣に込めた魔法? 確か擦り傷を治す魔法だったかな。あまり使われないかな」
「ふーん?」
さすがに擦り傷だけではないが、大した傷は治せない。せいぜい犬に噛まれて開いた穴を塞ぐ程度だ。
だが存在するのなら、問題はなさそうだ。
「じゃあ、ファーストエイドのままで登録するか」
「登録って?」
「魔法を起動するキーワードだな」
答えながら、魔法陣に追加の設定を刻んでいく。
ついでに美弥の専用設定も付けておいた。これを付けることで、美弥以外は魔法を発動させることができなくすることができる。
「これでよし。美弥、持ってみてくれ」
「うん」
俺から神妙な顔付きで短剣を受け取る。できれば他の魔法も付与したかったが、短剣の質が悪いので、一つが限界という感じだった。
俺はバールで腕に軽く穴を開ける。破傷風が少し心配だが、ファーストエイドが発動すれば、そちらも併せて治してしまえる。
「お兄ちゃん!?」
「大丈夫だ。ほら、傷を治すように念じながらファーストエイドって言ってみな」
「う、うん……ファーストエイド」
俺の傷に驚き、おっかなびっくりという様子でキーワードを唱える
すると短剣の刃が淡く光り、俺の傷が見る見る癒されていった。
「すごい……」
傷が治る様を見て、目を瞠る。
ニュースなどでそういう技術があることは知っていたが、露骨に流血するような怪我を民間の電波に乗せることはできない。
なので実際に目にするのはこれが初めてということらしい。
「うわぁ、治っちゃった。いいな、いいなぁ」
「あ、あげないからね!」
環奈ちゃんは物欲しそうな目で美弥の短剣を眺めるが、手にしたところで彼女に使うことはできない。
美弥の専用設定をしてあるからだ。
「環奈ちゃんでは使えないよ。美弥の専用に設定してるから」
「そうなの? うらやましい」
「今度、機会があったら何か作ってあげるよ。大したものじゃないから」
「これが大した物じゃないの? 私目が落っこちるかと思ったんだけど」
「せいぜい小さな穴がを治す程度の治療しかできないし、使用回数もゴブリンの魔石じゃ五回がいいところだ。安物だよ」
「それでも充分だと思うんだけど」
と言っても、異世界ではこの程度の魔道具はごろごろ転がっていた。
道具さえ揃っていれば、魔法陣を刻むのももっと早く済むから、数分で完成させられる。
今回はバールで刻むという無茶をしたので、時間がかかってしまったのだ。
「異世界だと二百リムくらいかなぁ?」
「わかんないって。二百リムっていくらよ?」
「んー、価値でいうと二万円くらい?」
「やっす!?」
なにせ美弥の短剣だけで一万近くしている。
技術料を考えれば、もっとしてもおかしくはないという主張も納得だ。
「日本だとどれくらいするんだ?」
「んー、五倍くらいかも」
「五倍!? ……いや、このことは内緒な」
「お兄ちゃん、一瞬売って稼ごうか悩んだでしょ?」
俺は視線を逸らして、美弥の詰問から逃れる。
魔道具の普及があまり進んでいない状況で、なり立て探索者が魔道具をばらまいたとしたら、それは目立つに違いない。
そこから俺の出自などを追及されては、さすがに高橋もかばいきれないだろう。
「とにかく、これで俺が壁役、環奈ちゃんが攻撃役、美弥は回復役って役割分担ができるわけだ」
「うん。でもこんなの貰って本当にいいの?」
「美弥には迷惑をかけたからな。せめてもの詫びってことで」
せっかく再会できた妹なんだから、ちょっとは良い顔をしたい。そう思って、ニヒルな笑みを向けてみた。
美弥は俺の笑顔を見て、しばし沈黙した後……
「……キモ」
「ぐはっ」
と、俺にとどめを刺してきやがった。モンスターにとどめを刺せないくせに、俺には容赦ないでやんの。
落ち込む俺を見かねて、環奈ちゃんがフォローに回ってくれる。
「ムナッち、それはさすがに可哀想だよ」
「うっ、わかってるわよ。ありがとね、お兄ちゃん」
「お、おう」
美弥に礼を言われてあっさり持ち直す俺。自分でも単純だと思う。
案の定、美弥もそう思ったのか、ぼそっと悪態を吐いていた。
「チョロ」
「美弥、お前、口悪くなったな!?」
「いろいろあったから、ちょっとだけね」
「くっ、それを持ち出されたら、反論できねぇ」
泣き真似をしてみせると、環奈ちゃんが優しく背中をポンポンと叩いてくれた。
それが気に入らなかったのか、美弥も俺の背中を叩いてくれた。こちらは環奈ちゃんよりも遥かに強く。
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