第13話 勇者と妹との和解

 美弥たちと一緒に何度か戦闘を繰り返して、連携を確認していく。

 俺が敵を抑え、環奈ちゃんがとどめを刺す。残念ながら美弥の出番はない。

 俺がゴブリン相手に傷を負うことが無かったからだ。


「ちょっと、お兄ちゃん? 私の出番が無いんだけど」

「そう言われてもなぁ」

「ちょっとくらい怪我してくれてもいいのよ? むしろしなさい」

「鬼か、お前!」


 もちろん俺も、美弥が冗談で言っているのは理解している。

 俺がゴブリンの攻撃をぎりぎりで躱した時とか、息を呑んで緊張していたのを、気配で察知していた。

 だがそれを素直に出せない辺り、まだ俺にわだかまりが残っているのかもしれない。


「そもそも、何度も怪我したら魔石が耐えられないだろ」

「そっか、五回くらいしか使えないんだっけ」

「試験に一回使ってるから、あと四回だな」

「むぅ……使い切ったら壊れるの?」

「魔石を交換すればいいだけだよ。何なら別の使いやすい装備に作り直してもいいし」


 万が一、俺の目が届かないところで魔石が壊れたら怖い。戦闘中だと残りの使用回数が頭から飛んでしまうなんてのは、よくあることだから。

 それは別として、俺は一つ奇妙なことに気が付いていた。


「にしても……なんで異世界の魔法が使えるんだ?」

「ん? おかしくないでしょ? 異世界で使ってた魔法なんだし」

「いや、異世界で使ってた魔法だから、おかしいんだよ。日本……ってか、地球と魔法法則が同じってことになるんだぞ?」


 魔力があり、モンスターが徘徊し、魔王が魔神を呼び出すような世界。

 そこで使っていた魔法が、ダンジョンが出現したとはいえ科学全盛の地球で使えるということに、違和感を覚えていた。


「ただでさえ、俺のゴーレム召喚も質量保存の法則とかどうなってんだってスキルなのに」

「それ、鉄球一つで作れるんだよね?」

「鉄球に限らないけどな。あと真球に近い形状じゃないといけない」

「いろいろ制約あるのね。ハズレって意外と的を得た評価だったんじゃ?」

「だまらっしゃい」


 加工技術の劣った異世界では、真球の触媒を用意するのが難しかった。

 しかも高品質の触媒となると、そりゃもう泣きそうなほど金がかかったものだ。

 それでもどうにか数を揃え、魔王相手に勝利したのだから、俺を褒めてほしい。

 いや、下心満載で褒めてくる貴族はたくさんいたけどな。


「これで何匹目だっけ?」

「えっと、二十四匹目ですね。ペース早いですね」

「もうそんなにか」

「刀護さんがすぐに見つけちゃうからですね」


 異世界で鍛えられた気配察知能力のおかげで、ゴブリンよりも先にゴブリンを発見できる。

 あとは先手を取った俺が乱戦に持ち込み、一匹ずつ環奈ちゃんがとどめを刺していくだけだ。

 美弥には盾を持たせておけば、俺の代わりに環奈ちゃんを守ってくれるだろう。


「そうだな、あと十匹程度仕留めたら、今日はおしまいにしよう。時間は大丈夫か?」

「大丈夫。私たちダンジョン科だから、多少遅くなっても納得してもらえるから」

「とはいえ、日が暮れたら危ないのは当然だからな。一時間で十匹、狙っていくぞ」

「はーい」

「頑張ります!」


 ここまで三時間で二十四匹。少しペースを上げれば三十匹は超えるだろう。

 一人十匹分の収入があれば、充分な収入になるはずだ。

 余裕があれば、美弥の魔法用に取っておいても問題ない。




 一時間で十二匹を討伐して、俺たちは地上へと戻った。

 倒した合計は三十六匹。うち六つを美弥の魔法用に取りおいて、残り三十個を換金する。

 昼から四時間で五万円を稼ぎ出した事実に、美弥は驚愕する。


「こんなに?」

「すっごいでしょー」

「うん、びっくりした」

「刀護さんのおかげだよね。美弥も良いお兄ちゃんを持ってうらやましい」

「……………………うん」


 何か思うところがあるのだろう。美弥はしばし逡巡した後、環奈ちゃんに同意した。

 まぁ、家族崩壊のきっかけを作った俺を『良い兄』と認めるのは、戸惑いがあるだろうな。


「体力的にどうだ? 続けられそうか?」

「うん、平気」

「私も。毎日だって大丈夫ですよ」


 ガッツポーズをしてみせる環奈ちゃんに、俺は苦笑いを返す。

 若さ故の勢いだろうけど、疲労というのは自覚の外側で蓄積していくものだ。

 気が付いたら身体が疲れ切っており、いざという時に腕や足の力が抜けてしまうというのは、よくあることだった。

 そうして大怪我を負った若い騎士たちを、俺は何人も見てきた。

 美弥や環奈ちゃんを、彼らと同じ目に遭わせるわけにはいかない。


「毎日はダメだ。疲労は自覚できない場合もある。休む時はきっちり休まないと」

「そんなに疲れてないんだけど?」

「美弥まで……いいか、楽に倒せるようになったとはいえ、命の取り合いをしていたんだぞ。疲れていないはずがない」

「そう、か。命の取り合い……」


 俺に言われて、自分のしてきたことを思い出したのか、美弥の表情が引き締まった。

 こんな仕事だ。生き物を殺すことに慣れるなとは言わないが、自覚は忘れてはいけない。


「二日潜って、一日休む。週末土日は連休にしよう」

「じゃあ、潜るのは月火木金ってことね」

「時間は五時から二時間。今日よりは収入は落ちるけど、大丈夫か?」

「うん、充分だよ」

「私も大丈夫です!」


 二時間だとおそらく二十匹と少し。一人頭の取り分は五万から三万くらいまで下がってしまう。

 それでも今までに比べれば十分な収入なのだろう。美弥たちの表情は明るかった。

 俺の取り分は土日に潜れば、取り返せるはずである。


「じゃ、今日は解散ってことで。寮まで送ろう」

「ダメよ! 男の人に送られてきたところを見られると、寮監になんて言われるかわからないわ」

「そうなのか?」

「そうですね、寮監は厳しい人だから、私たちだけでなく刀護さんも何か言われるかも」


 とはいえ、女性、それも未成年の二人を先に返すなんて、心配するなという方が無理だ。


「でもなぁ」

「大丈夫よ、私たちも探索者なんだし」

「二人とも1レベルだろ? 一般人と変わらないじゃないか」

「それを言ったらお兄ちゃんもでしょ?」

「俺はほら、あれだから」

「なんで1レベルなのよ……?」


 異世界で勇者と呼ばれた存在が、この地球では1レベル。まさに詐欺と言われてもしかたない状況である。


「まぁほら。あれだから」


 ここは換金所であり、他に探索者の姿はないとはいえ、買い取り係員の遠藤さんがいる。

 俺が『魔力持ち』のせいで、正確にレベル測定ができなかったと知らせるわけにはいかない。


「じゃ、お先に帰るわね。明日は休みだっけ?」

「ああ。日曜だからな」

「明後日もよろしく。お兄ちゃん」

「お疲れ、美弥、環奈ちゃん」


 朗らかに笑いながら換金所を出ていく彼女たちを見送り、俺は背後の視線の主に振り返った。


「あの、なにか?」

「彼女、増えましたね」

「妹です! 事情があって一緒に暮らしてないですけど」

「事情?」

「まぁ……ちょっと」


 言いにくいことなので、俺は言葉を濁した。

 その雰囲気を察したのか、遠藤さんも軽口をやめる。


「申し訳ありません。探索者さん個人の事情に口を出すべきじゃありませんね」

「いや、そこまで深刻なもんじゃないですけどね」


 美弥とは仲直りできたわけだし、深刻な事情ではない。両親のことに関しては、もう済んだことだ。

 そう考えて、俺は落ち込む。


「済んだ、ことか……」

「夏目さん?」

「いえ、なんでもないです」


 俺はそう言って作り笑いを浮かべ、遠藤さんに手を振って、換金所を出たのだった。

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