第13話 ダンジョンの歴史と潜り方を学ぼう②

 そうして暫くの間歴史の授業が続いた後、小南先生の、


「それでは、続いてダンジョンに行くに際して必要となる知識を紹介いたします」


 という声とともに、私たちは教本の次のページを開いた。


「まず、ダンジョンというのは複数の層に分かれており、それらはギリシャ文字で名前がつけられています。各層の間にはかなりの差があり、β層を比較的楽に進行できるパーティがγ層に苦戦する例が跡を絶ちません。では、各層の目安を確認してみましょう」


 小南先生はこう言うと、彼の後ろにあるホワイトボードに色々と書き始めた。


「まずα層、これは初心者が主に入る層ですね。素材もあまり材質が良くないですが、α層~β層で利用する装備を作成する分には申し分ないですね。そこに出てくるモンスターも弱いですが、後述する魔力強度が高い層では気をつけたほうが良いです。あなた達が午後に赴くのもその層です。もちろん、十分な装備も貸与し、管理所の職員も同行するため、安心してください」


 α層の浅めの階は運動音痴でもなければ十分進行できるし、よほどのことがなければ死ぬことはない。私も初めはそういうところで慣らしたものだ。そんな私もここまでになるとは……自分のことながら感慨深い。


「次はβ層、ここは多くの冒険者の主戦場となる層です。ここからはモンスターも強力なものになるため、常に命の危険があることを念頭に置いて入るべきですね。まぁ、とはいえ過剰に心配する必要もありませんけど。とにかく、入念な下準備をすることと複数人で行くことを徹底すればあまり問題はありません」


 小南先生の言う通り、ダンジョンにおける死亡事故の中で悪性のイレギュラーとは関係ないものはγ層以降に集中しており、β層以前にはあまりないと聞いたことがある。私としてはそういう目に遭う人も助けたいところではあるが、まさか私が分身して全ダンジョンに警備員として立っているわけにはいかないだろう。悲しいことに。

 ここで私の後ろにいる戦闘系やだ美(仮称)の声が聞こえなくなったので後ろを振り返ってみると、彼女はつまんなそうにペンを回していた。こりゃβ層以降には行く気はないな、この子。


「お次はγ層、ここまで行ければ十分強者と言われるくらいの層です。ここで採れる素材は先進的な技術にも使われるため、売値が非常に高いとされています。もちろん、その分リスクを許容する必要がありますが。この中で何人がそこまで行けるか、楽しみですねぇ……フフフ」


 小南さん、ちょっと顔と声が怖いぞ。まぁ、少なくとも私はγ層に行ったことはある。そして逆に戦闘系やだ美は行くことはないだろうが。っていうか本人が戦闘をしたくないって言ってるんだから行ってほしくない。


「そしてδ層、ここまで行ける冒険者は一握りとされており、そこで取れる素材は品質・希少性とも高いため鱗1つでも車が買えるくらいと一般では言われています。流石にそこまでは過言ですがね。買えるとしても中古のミニバンでしょう。あと、これは余談なのですが、私、ちょっと前にそこで行われていた配信を見たことがあります。いやはや、一応冒険者証を持っている私でも『人知を超えた』という以外の形容が見つかりませんでした」


 δ層、聞いています、多くの冒険者の憧れと。実際にダンジョンに赴く人はそこで稼ぐことに憧れ、逆にダンジョン素材の加工を生業にする人はそこで取れる素材を加工することに憧れると。

 ……戦闘系やだ美もいつかはそこで取れる素材を加工するのだろうか。


「最後にε層ですが……、そこについては考えないほうが良いでしょう。良いですね? 行ってはいけませんよ?」


 小南さんはこう言っているが、ε層に行く人は私以外にも国内に数人はいるらしい。ただ、そこで取れる素材は余りにも希少すぎて一般には出回らないし、そこで配信をする人もいない(っていうか多分国とかから口止めされてるんだろう、たぶん)ので、一般に情報は出回らない。確か、最近出てきた「志那都比古しなつひこ」っていうスパコンにε層の素材が使われているんだっけ。


「続いて、魔力強度について解説します。これは、各階のその層における強さを表したものと覚えておけば大丈夫です。各層最弱の階における強度が1%、最強の階の強度が100%と表記されます。しかし、その層の100%の階と次の層の1%の階には大きな差があります。その辺り注意しなければいけませんね。皆さんも、ダンジョンに赴く時はそこの各階の魔力強度について気をつけなければいけません。場所によってはα層1階から90%台なんてのもありますし」


 ダンジョンは情報戦だとたまに言われるのは、これが存在するせいである。直紀さんが、「講習をよく聞いていなかったらしき新人が、α層1階から90%台あるダンジョンに行ってしまい窮地に陥っていたのを、呆れながら助けた」なんて言っていたのを聞いたことがある。ただ強いだけだと生き残れないのだ。


「ただ、基本的にすべてのダンジョンは層が飛び飛びであることはありません。つまり、最深層がδ層の場合、確実にその上にγ層・β層・α層と続いているということです」


 正直、これは深い層に行きたい人にとって邪魔にしかなっていないような気がする。本当に面倒くさいなぁ。


「続いて、ダンジョン内におけるイレギュラーについて解説しなければいけません。イレギュラーには悪性のものと良性のものがありまる。悪性のものはより深い層のモンスターが出てきたり深い層に転移させられたり……、全てが命に関わってしまうものです。基本的にその際は安全な場所にすぐさま隠れ、強者つわものの救助を待つことが一番でしょう。パニックになってしまうといけません。そういうときこそ冷静に対処しなければいけません」


 そう言われていても、実際に遭遇してしまうと冷静に対処するのは難しいものだ。だから私が助けに行っているのだが……。

 周りの受講者もこの話を聞いて怖気づいている。もしみんながそういう事態に陥ってしまった時も私が助けに行ってあげるからね。


「対して、良性のイレギュラーというのも存在します。それは、モンスターが弱くなったり、モンスターを倒した際に出る素材がより良質なものになる、などというものです。私も遭遇してみたいものですねぇ……ヒヒ」


 良性のものは本当にレアで、私がトレーニングに使っているダンジョンでも出るはずなのだが、一向に遭遇しない。


「関東圏内では、良性のものは2週に1回、悪性のものは1週に1.5回程度発生しているようです。十分気をつけるようにしてくださいねぇ」


 周りのみんなは、この言葉に改めて気を引き締めているようだ。常に注意するに越したことはない、けど注意しすぎても何も行動できない。このバランスが難しいところである。

 悪性のもののうち、私が出動する必要があるのは週1程度で発生している。それ以外は基本的に通りすがりの冒険者が鎮圧したりしている。そういう人には本当に頭が上がらない。


「あともう一つ、解説すべき点があります。それはスキルについてですね。皆さんも、『冒険者はスキルを持っている』ということは知っているとは思います。しかし、そのスキルはなぜ生まれるかについては知らない人がいると思います。この場では、それについても解説させていただこうかと」


 スキルというのは、ダンジョンでモンスターを倒していくと得られるもの……ではあるが、なぜ得られるかについては別に知らなくてもいい。ただ、知っておけば不用な心配をしなくても済む……って直紀さんが言ってた。


「皆さんも、『モンスターを倒すとその魔力が体に取り込まれて体が強くなる』ということはご存知かと思います。その際、取り込まれた魔力が体に魔力的な傷を付けることによって、スキルが発現する……と現在では言われています。傷とは言っても、物理的に見えるものではありませんから、美貌を傷つける心配はありません」


 そのため、ベテランの冒険者がよく体につけている古傷とは関係ない。そういうのは大怪我をしたあとの後処理の不備によって起こるらしい。


「スキルとは言ってもその種類は様々。しかし大きく分けると、武装系・魔法系・制作系・その他系の4種に分かれており、武装系と魔法系を合わせて戦闘系なんて言われたりしますね。もちろん、戦闘系スキルを活かしてバリバリ戦うも良し、制作系とかその他系とかのスキルで戦闘以外において活躍するも良し。その辺りは自分で考えてください」


 正直、強力なスキルを得たところで本人がそれに振り回されてちゃ世話がない。また、そんなに強くない(……と言われている)スキルを組み合わせて活躍する人も多々見受けられる。つまるところスキルを扱う本人の問題である……って相馬さんが言ってた。


 ……戦闘系やだ美、本人の希望通り戦闘系以外を得られると良いね。私がそう思うと、彼女は小声で「はーっ、何としてでも制作系を得たいですなぁ」と言った。


「それでは、続いてダンジョンに赴く際の準備と実際にダンジョンに行くときの流れについて解説いたします。教本の29ページを開いてください」


 この言葉を聞いて、私たちは教本の29ページを探して開いた。

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