最強光狐と令嬢人魚はダンジョン配信でバズを狙うようです ~このパワードスーツすごいよぉ! ダンジョン深層で無双できちゃう!~

待夜 闇狐

第1話 「光の狐」の日常

『えーっ、緊急出動緊急出動、さいたま北ダンジョンγ層1階5%にて悪性のイレギュラーが発生した模様、至急出動されたし』


 この言葉をスマホ越しに聞いた私は、すぐさまマンションの自分が住む部屋を出た。そして着替え用の魔道具を使って屋上でヒーロー活動用の服に着替え、北西へ向けて飛び出していった。


 私は建物の屋上を蹴って目的地へ向かいながら、持ってきたGPS機器の画面を確認する。それによると、今いる場所は中野区の辺りのようだ。道のりとしてはだいたい半分いったところか。このぶんだと、あと3分くらいで目的地であるさいたま北ダンジョンに到着するだろう。ただ、入口からどれぐらいで現場に到着するか……。


 都会の上を走ると、私の黄色い狐耳と尻尾に向かい風が当たり、バタバタという音を立てて毛並みが激しく揺らめく。それと同時に、ヒーロー活動用の黄色い巫女服にも風が当たり、それを暴れさせる。こんな速さで走っても破けないなんて、本当に高品質な服だ。作ってくれた人には感謝してもしきれない。


 走っている間に狐の仮面がズレたので、それに手を当てて位置を直していると、通信機を通して耳に男の声が入ってきた。


『どうだ? もうそろそろ着いたか?』


 ……何度聞いてもちょっと嫌味に聞こえる声だな。でも、のことだ、心配しているんだろうということは分かる。


「流石にあんなに遠いんだし、まだまだだよ。今は……板橋区の辺りかな?」


 私がGPS機器で現在位置を確認しながら通信機越しに言葉を返すと、


『それならそろそろ急げよ。配信を見てたら、ちょっとマズい様子みたいだからな。それを見たら、どうやらこれからγ層にチャレンジしようって時に悪性イレギュラーに遭っちまったみたいだな。不幸なこった』


 と返ってきた。


「それならなおさら早く行かなくちゃだね! とにかく、1人でも多くの人を助けるっていうのが、私の仕事なんだし」


『それなら、俺と話なんてしてないでさっさと行くんだな』


 私は相手の嫌味に言葉を返さず、目的地へ進める足を速くしていこうとする……と言いたいところだが、私は既に限界の速度で走っている。ヒーローたるもの、いつも全力じゃないといけないって思うし。


 「これからγ層にチャレンジしようって時」っていうことは、これからベテランと呼ばれようとしている時なんだろう。そんな華々しい門出を悪い思い出にさせたくない! 私はそう思いながら、現地へと向かっていった。


 それから2分、私はさいたま北ダンジョンの入口に到着した。とは言っても、「ダンジョンの入口」自体は3階建てのそこそこ大きな建物に覆われている。大きいダンジョンだし、周囲に建てられている設備も多いからだ。


 私は、建物の入口――避難のために開放されている――を速度を落として通り、建物内へ突入する。建物内には各種受付・簡易売却所・休憩所などの施設があるが、私の目的はそこにはない。また、既に多くの人が避難を終えているからか、人の数は少ない。私はそれらをちらりと見つつ、建物の奥にあるゲートを目指す。


 ゲートは、非常に大きい全面ガラス張りの扉であり、本来ならば魔窟内採取従事者証――通称「冒険者証」――を提示しないと開かない。しかし今はここのダンジョンで悪性のイレギュラーが発生しているため、避難のために開けっ放しになっている。私としてはそれは非常に助かる。また、そこには剣や杖を持った警備員が避難誘導のために何人かいる。


 私は、こんな非常時でも顔色変えずに働いている警備員に尊敬の念を込めながらゲートを通過し、さいたま北ダンジョンへと入っていった。


 ダンジョンの中は基本的に広めの洞窟みたいな見た目であり、天井も壁も岩のようにゴツゴツだ。こちらとしては、天井があるおかげで縦横無尽に動けてとても嬉しい。天井や壁を蹴って方向転換をしたり更に加速したりできるし。


 私の眼下にはレッサースライムだのゴブリンだのα層によくいるモンスターが多数現れている。しかし、私は人助け以外には興味はない。そいつらを無視して、壁や天井を蹴ってより下の階へと全力で走っていく。


 私が持ってきているGPS機器には、日本中にあるダンジョンの情報が収められている。そのダンジョンには各層が何階まであるか、踏破されたことがあるすべての階のマップなど、その内容は様々だ。私はこれのおかげで、目的地まで早く到着することができる。ただ、名前に反してダンジョンじゃGPSが効かないのが玉にきずだが。


 GPS機器によると、今いる階の1つ下の階が現場であるようだ。そろそろ戦う準備をしなければ。


 私は現場に到着するのに備えて、懐に隠し持っている魔道具を起動した。これには、周囲の記録機器を使えなくする効果がある。訳あって正体とか知られたくないから、こういうのを使わざるを得ない。さらに、桜柄の鞘に包まれた刀を取り出す。


 更に下り階段を降りて色が変わった道を少し行くと、そこには冒険者とモンスターの姿があった。


 冒険者の方は、小さなポケット付きのアーマーを身にまとっている、一般的な冒険者の装いだ。武器は片手で持てるサイズの剣と一般的なカイトシールド。しかし、武器もアーマーも既にボロボロだ。


 そして彼と対峙しているモンスターは、白い髪と肌と蛇体をしていて、これまた白くて短い巫女服を着ている、小学生くらいの大きさのラミアだ。ぴょこんとハート型に飛び出たアホ毛が可愛らしいが、多分その正体はヤングラミア、このダンジョンのδ層によく出る……はずのモンスターだ。


 つまるところ、「より下の層に出るモンスターが出てくる」という悪性のイレギュラーに遭遇してしまったのだろう。とにかく、すぐに助けないと!


 私は走ってきた勢いそのまま、ラミアに対してドロップキックを仕掛ける。すると、ゴッという鈍い音とともに「キャイン」という声が彼女の口から漏れ出た。


「えっ、あ、あなたは、もしかして『光の狐』ですか!?」


 私の後ろからこんな声が聞こえてくる。これは、このラミアと対峙していた冒険者の声だな。とにかく、彼をここから逃がさなければならない。


「とにかく、あんたはここから逃げて! 私が来たほうに行けば、上の方に出られるはずだよ!」


 私がこう言うと、その冒険者は、


「あ、は、はい! ありがとうございます! でも、私の仲間たちが……、仕方ない、分かりました!」


 と言って、上層に向かって走り出していった。


 「私の仲間」……? ここにいる冒険者は一人しかいなかったが……? と思いながら、ふっ飛ばしたラミアの方を見ると、彼女は既に体勢を整えて私の方を威嚇してきていた。そして、彼女の蛇体には、3つの小さな膨らみがあった。そういえば、ラミア系のモンスターって戦闘不能にした相手を蛇体に呑み込む性質があったはず……。とすると、あの中にはあの冒険者の仲間が呑まれているに違いない!


 ならば、なるべく早く相手を倒さなければいけない! 私がそう思って相手の方へ走り出すと、相手も蛇体をスプリングのように使ってこっちに飛びかかってきた。


 私は相手の首筋目掛けて刀を横に振り抜く。しかし、相手もただでは倒されまいと、腕を使って私の刀を防ごうとした。流石にδ層のモンスター、これくらいで倒されちゃくれないか。


 しかし私の刀は、まるで角煮でも切るように彼女の腕に刃を食い込ませていく。そして私がさらに力を加えると、彼女の腕はその首ごと両断されていった。


 私は、黒い塵となって消えゆくヤングラミアの体を、刀を鞘に納めながら見下ろす。しかし、その体の中からは人の体は出てこなかった。と、いうことは、呑まれていた冒険者は私が来た時点で既に亡くなっていたということになる。今からしてみれば、あの小ささは既に消化吸収が終わろうとしていたということなのだろう。


 ――私はまた、救えなかったのか。


 そう思い、私は刀を左腕の中にしまい、さっきまでヤングラミアがいたところに向かって手を合わせる。多分亡くなったであろう3人の冒険者に向けて。私は助けられなかった人が出ると、毎回こうすることにしている。誰かがやってくるまで。


 ――私がまだまだ弱かったせいで……。


 私が手を合わせ始めてから1分くらいが経つと、私が来たのと逆の方から足音がしてきた。多分、このダンジョンのδ層から助けに来た冒険者なのだろう。


 私は彼らに見つからないように、素早く上層に向かって駆け出していくのであった。

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