第2話 御剣優花の追想

 私が自室のベッドで寝転んでいると、家の呼び鈴がピンポンと鳴る。もうそんな時間かと思い枕の横に投げ捨ててあったスマホを見ると、そこには「17:34」という文字が。もうこんな時間か~と思いながら、私は限界まで疲労した体を無理矢理起こし、玄関へとヨロヨロとした歩を進める。


「おかえり~……こゃ……」


 私は玄関を開けると、そのままその向こうにいた男の腹に飛び込んでしまった。


「ただいまー、うわっと! おい優花、いきなり倒れ込んでどうしたんだ!? ……とにかく、ソファに寝かせるぞ、いいか?」


「あぁ、お願い~……」


 私は、父親代わりである御剣みつるぎ直紀なおきさんに抱えられて、リビングにあるソファに寝かせられる。まずい、もうそろそろ夕食を作るべき時間なのだが、もう指一本動かせない……。


「で、なんでこんなヘトヘトなんだ。まぁあらかた予想はつくけどな。またダンジョンで過酷なトレーニングでもしてきたんだろ。こんなになるまでやるなんていくらなんでもやりすぎだ」


 直紀さんは、呆れたように私に語りかけてきた。


「でも、今日も人間を助けられなかったから……次こそはって思って、限界を超えて修行しちゃった。でも、料理以外の家事はなんとか終わらせたから……。夕食を作る元気はないから、今日は出前をお願い……」


「はぁ……。で、今日は何やってきたんだ」


「α層からε層まで往復20セット……でも走破速度重視で、道中のモンスターは無視して……」


「毎度毎度耳を疑うぜ……。ε層なんて放り込まれりゃ国内でも数人しか生き残れないって言われているレベルだぞ……そのせいか中の情報も皆無って言っていいし。ったく……どんなとこまで走り込んでんだよ」


 直紀さんがここまで言ったところで、強い睡魔が私を襲った。まぶたが……重い……。


「ごめん……眠くなっちゃった……。ちょっと昼寝するね……」


「はぁー……。とりあえず、出前はこっちで取っておくから、ゆっくり寝とけ。明日にも疲れを残されると困るからな」


 直紀さんのこの言葉を聞きながら、私はこのまま眠ってしまったのであった。


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 私の初めての記憶は、10年くらい前、ダンジョンの中でエルダーゴブリンたちにいじめられていたところだった。当時はただの無力な狐だったなぁ。棍棒で叩かれ、蹴られ、生まれたばっかりなのにもう死ぬのか、そう思っていた時、直紀さんが颯爽さっそうとやってきて助けてくれたんだっけ。


 そして彼は何を思ったのか、私を自分の家に連れて行って手当してくれた。ダンジョンのモンスターを家に連れて帰るだなんて、よほど変なことだ。本来ならばモンスターってダンジョンから連れ出せないみたいだし。


 その時から私は助けてくれた人間に憧れ、人間になりたい、人間にお近づきになりたい、そう思うようになった。すると、天に思いが通じたのか知らないけど、人間の姿に変身できるようになった。ちょうど今のように。それに、人間の姿・それから狐耳尻尾を出した姿・完全な狐の姿を自由に切り替えられるようになった。


 ただ、それが嬉しかったあまりに、直紀さんが帰ってきた時に玄関先に駆け出して行っちゃったのは失敗だった。その時の私は当然服なんて着てなかったし、体型も5歳くらい相当だった。つまりは、直紀さんは下手すれば女児誘拐監禁辺りの罪で通報されてたってことになる。その時このマンションの他の住人が通りがからなくて良かった。


 その後、私は直紀さんと一緒に「IM管理部」というところに連れて行かれた。そこは私のような特殊なモンスター――インヴァーテッド・モンスターというらしい――を管理する組織のようで、私に戸籍や服などをくれた。そのおかげで、私は学校に通って友だちを作ることが出来た。訳あって彼らとは今は疎遠になってしまっているけど。


 私の優花という名前、当然付けたのは直紀さんである。なんやかんやあって、私は彼の養子になることになったため、彼が付けてくれたのだ。


 そんなこんなで私は普通の人間として小学校に通った。そこでの生活はとても幸せだったし、たくさんの人間に囲まれて楽しかった。


 しかしその時からも、私はいろんなニュースに心を痛めていた。事故や災害・ダンジョンにおける悪性イレギュラーとかに巻き込まれて人が亡くなったニュースとかはいい例だ。逆に食レポとかのほのぼのする番組には人一倍喜んだりしたっけ。


 私が中学生になる辺りにそのことをIM管理部の人に伝えて、「もし私が窮地に晒されている人々を助けられたらなー」なんてぼやいたら、なんとそこの人たちは私がヒーローになれるようにいろんなことをしてくれた。

 まずは自由に使えるトレーニングルームやトレーニング用のダンジョンを提供してくれて、そこで私がのびのびトレーニングできるようにしてくれた。


 そしてトレーニングを始めてから3年、中学校を卒業した私がε層に行けるようになった時、彼らはいろんなものをくれた。一瞬で服を着替えられる装置、変装用の服一式、周囲の記録装置を動かなくする装置、GPS機器などなど。これらの大部分はダンジョン内から出た素材を作って作られているらしい。ある意味ダンジョン様々というものだ。


 それからというもの、私は直紀さんの家で家事をしながら関東圏でヒーロー活動をするようになった。今日あったようにIM管理部からの通報を受けてダンジョンへ急行することもある。またそれ以外にも、今夏のゲリラ豪雨で起こった土砂崩れに巻き込まれた人を助けたこともあった。

 そういえば、私は土砂崩れからの助け方なんて知らなかったから、崩れた土砂を無理矢理斬ってなんとかしたんだっけな。


 そんな私は、ネット上では「光の狐」として知られているらしい。私がヒーロー活動をして初めて助けた人がいわゆるアイドルというものであったらしく、彼女たちが私のことをそう呼んだためにそう呼ばれることになった。彼女たちはテレビにも出ていたが、その人たちが私を書いた絵が下手だったのは覚えている。私の正体がまだバレていないのはそのおかげもあるかもね。


 私がヒーロー活動を始めてから6ヶ月、でもまだまだ発展途上である。まだまだ人を全員助けるには力が足りない。だからさらなる力が欲しい……そうやって無理して今に至る。


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 私が夢から目覚めると、牛丼のかぐわしい匂いが鼻を触った。


 私が目を覚ますと、テーブルの向こうに彼の姿が見える。


「おっ、優花もう起きたのか。今日は色々考えたけど、結局牛丼にしちまった。疲れを取るには肉が一番だ、だろ?」


「こゃこゃん……こゃ?」


 あっそうか、寝た時に勝手に狐の姿に戻っちゃったんだ。私はとりあえず人の姿に戻り、脱げた服を着直す。


「そうだね。お腹も空いちゃったし、早く食べようか」


 寝たおかげで疲れもそこそこ取れてきたし、私は体を起こして牛丼と向き合う。しかし、気を抜くと気分が落ち込んでくる。


「どうした、まだ助けられなかった人のことを引きずってるのか?」


 私のそんな感情を見抜いたのか、直紀さんが話しかけてきた。


「……たぶん」


「まぁなんだ、なくなった命だけ数えるなよ。今回は何人助けられたんだ?」


「まぁ、1人は助けられたよ」


「1人だけでも助けられたなら、お前が行った価値があったってもんだ。それに、救難信号が発信されてから、ここ、川崎の辺りからさいたま北ダンジョンのγ層1階まで行って人助けをするなんて、今のところお前しか出来ないんだぜ。お前みたいな速さでビルの屋上を走るなんて、俺にゃ無理だ」


 確かに、そんなこと自分以外はなかなか出来ないだろう。一応、私のようにε層まで行ける人は国内に数人はいるらしいが、そのダンジョンの近くまで行ける保証はない。


「だから、今日のところは晩飯食べてゲームして風呂入って寝とけよ。明日になればまた元気いっぱいだ」


「うん、分かったよ。とりあえず、明日また悪性のイレギュラーがあった時のために準備するよ」


 私はそう言いながら、目の前にあるお箸を取った。


 ……直紀さんはああは言ってるけど、彼の方が失った命に未練ありありなの、完全にバレバレだ。私は以前見たことがある、彼の部屋に置いてあった、彼が私にそっくりな女性と2人で写っている写真を。そして私は知っている、昔あった事件で彼は仲間を全て失ったことを。


 私は、彼からプレゼントされたドッグタグを握りしめ、翌日に向けて決意を新たにした。

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