第9話 2人の出会い

 そして3日後の水曜日、私は電車で静寂インダストリー本社の最寄り駅に行った。そこは都会というより工業地帯といった感じで、周囲には様々な工場が建っている。私、こういうところ全然行かないなぁ。

 とにかく、一旦駅近くのハンバーガー屋で昼食にし、それから本社へと向かうことにした。


 本社の正門前に着くと、正面には威圧感のある大きな建物が見える。これが中央ビルなのだろうか。正門近くにある地図を見てみると、ここにはビルだけでなくテニスコートや何らかの製造施設らしき建物もあるらしい。ここ、かなり大きいなぁ。


 木が並んでいる間にある道路を歩いて中央ビルに入ると、横には待合スペースらしき場所(椅子とテーブルが並んでいて、自販機まである)がある。さらに前を見ると「受付」という看板がかかっている場所があり、そこには3人の女性が立っている。


 周りの人はスーツばっかりで、私の姿は完全に場違いに思える。パーカーにカジュアルなパンツ、そして首にはドッグタグまで掛かってるし。とりあえずドッグタグだけでも外したほうが良いだろうと思い、私はそれを自分の首から外してポケットに突っ込む。


 おっと、受付の人に挨拶をして案内をしてもらわないとね。私は受付のお姉さんの前へと歩いていき、笑顔で、


「失礼します。私は、静寂しじま鳴海さんに呼ばれてきた、御剣優花と申します。彼女から、受付に自分の名前を言って案内してもらってくださいと言われました」


 と言った。すると受付のお姉さんは、


「御剣優花さんですね、話は伺っています。それでは、本人確認のため、免許証など何らかの身分証明書をお出しください」


 と言ってきた。そこで私は、直紀さんに持って行くように言われたマイナンバーカードを渡す。すると相手は私の顔とカードをジロジロと見てから、


「はい、本人確認が終わりました。それでは、私の後に付いてきてください」


 と言ってカードを返してきた。どうやら、大丈夫だったらしい。


 私はカードを財布の中に戻すと、受付から出てきたお姉さんの後についていく。

 しばらく歩いてエレベーターで15階まで上がってからまた歩くと、「応接室」という札のついた部屋に着いた。


「静寂さんはこちらにおられます。それでは」


 受付のお姉さんは、こう言って元いた方へ戻っていった。


「あっ、ありがとうございます!」


 私は応接室の扉をノックしてからゆっくりと開ける。するとそこには、大学生くらいの女性が座っていた。この人が静寂インダストリー社長の娘である静寂鳴海……。


 その姿は、どことなく、私が以前会った謎の人魚に似ている。髪は薄い緑で長く、前髪ともみあげの辺りは姫カットにしている。服はあのときとは違ってワイシャツと短いスカートのようだけど。あと下半身も普通の人間の二本足だし。


 ところで、静寂さんはあの人魚に似ているが、関東地方に私以外のインヴァーテッド・モンスターがいるなんて話は聞いたことがない。いたらいたで私に隠す理由とかないと思うし。だとすると、この女性はただの人間……?


「失礼します」


 と私が言うと、彼女は、


「御剣優花さん、お越しいただきありがとうございます。ではでは、席にお座りください」


 と言いながらこちらへ向けて微笑んでくる。少なくとも、悪い人じゃなさそうに見えるなぁ。


 私は指示された席に座りながら、周囲を確認する。扉から見て奥には観葉植物が置かれており、その近くにある壁には広めの窓がある。今はシャッターが降ろされていて外は見えないが。そして、私と静寂さんが座っているソファは、ちょっと固めで座ると勝手に身が引きしまる。そして私たちの間には、静寂さんのものらしきノートパソコンが置かれている。


 そして彼女は、私が座ったことを確認するとゆっくりと口を開いた。


「……本日はお越しいただきありがとうございます、御剣優花さん。……あるいは、『光の狐』さん、とお呼びした方がよろしいでしょうか?」


 私はこの言葉に、さっと身構えた。なんでこの人、私が光の狐だって知ってるんだ!? それに、そのことをあっさりと言うだなんて……。


「ななな、なんでそのことを知ってるの? あんた!」


 私はこう言いながらも若干後悔した。よく考えたら、別に言い逃れをしても良かった気がする。


 そして私の言葉に対して静寂さんは、


「あぁ、申し訳ありませんが、知り合いの探偵に頼んで調査させました。大丈夫ですよ、私はあなたを強請ゆすろうという気はありませんし、あなたが『光の狐』だということは、私とその探偵だけの秘密にするつもりです」


 と、あっけからんと言った。む、別に私を脅したりすることはない、ということか。本当か?


「で、確かキャンペーンガールになれって言うんでしょ。私の正体が知れ渡ってほしくなかったらって」


「んもー、だから強請ろうって気はないんですよ。とにかく、改めて単刀直入に言います。『光の狐』、いや、『御剣優花』さん、私と一緒にCore Moduleのキャンペーンガールになって、ダンジョン配信をしましょう!」


 そういえば私は、そういうことで来たんだった。Core Moduleのキャンペーンガールになろうって言われて……。ん? ってことは……。


「えっと、もしかして静寂さんがあの時着けてたのって、そのCore Moduleってやつだったりするんですか? 私があなたをドラゴンから逃がした時の」


 私の予想が正しければ、あの時静寂さんが着けてたのはそれのはずだ。一昨日電話越しに聞いたその特徴と、あの時静寂さんが使っていた武器の特徴は合致する。


「はい、そうです。私がCore Moduleの実地試験をしていた時に、悪性のイレギュラーに巻き込まれてしまいまして。けれど、私は静寂インダストリーの製品を信じていますから、それを上手く使って冒険者の皆さんを逃がすことが出来ました」


 やっぱり。とすると、電話でこの人が言っていた「Core Moduleのハイエンドモデルはδ層での戦闘に耐えうる」というのは本当なのだろう。あのドラゴンはδ層相当だったはずだ。


「どうですか? Core Moduleに興味が湧いてきましたか?」


「まぁ、湧いてないと言えば嘘になるかな」


「そうですか、それは嬉しいです。ここで、そのCore Moduleについて、簡単に私がまとめたスライドがあるので、ご覧ください。ふふっ、今後一般に配布されるであろうパンフレットを元に、私が夜なべして書いたんですよ」


 静寂さんはこう言うと、テーブルにおいてあったノートパソコンを開いて操作し始めた。そして少しすると、その画面をこちらに見せてきた。画面には、「簡単にわかる!Core Moduleとは」と書かれている。


「まず、Core Moduleとは、」


 静寂さんがノートパソコンを操作すると、スライドが次のページに移った。


「背中のバックパック、ここでは『コア』と呼びますが、これと専用の武装を接続して使う、ダンジョン用のパワードスーツです」


 スライドには、背中にスラスターのような見た目のバックパックを背負っている男の姿と、そのバックパックに様々な装備――キャノン砲や背負い式ガトリング銃、そして手持ち式ミサイルなど――を接続するような図が描かれている。ふーん、こうして見ると、カスタマイズ性が高そうだなぁ。


「ふーん、ロボット系のゲームとかアニメとかでよく見るような感じですね。でも、銃とか砲台とか使って、えーと、なんて言ったっけ……そうだ、ランニングコストは大丈夫なの? 使う側としてその辺結構気になるところではあると思うんですけど……」


 私は顔をかしげつつ、静寂さんにこう聞いた。すると、


「これらの武器は、実弾ではなく魔力を押し固めた弾丸、魔弾を発射するものです。分かりやすく言えば、無属性魔法と同じものですね。あれも高圧縮された魔力をぶつけるものでしょう?」


 と返ってきた。なるほど、魔力を押し固めて弾に……。それをスキルを介さずに機械だけでできるんだったら、誰でも、弾代を意識することなく簡単に使うことができるということか。


「へーっ、そういう仕組みなんですねー。でも魔力の供給とかってどうするんですか?」


「その辺りは抜かりありません。使用者からの供給の他に、専用の取替式カートリッジからの供給にも対応しています。もし使用者が魔力不足に陥っていたりして十分な魔力がなくても大丈夫ですよ」


「ふーん、そういうところも考えているんですねぇ」


 私がこう感心していると、静寂さんはさらにパソコンを操作して、次のスライドを表示させる。そこには、「初心者でもより深い層に!」と書かれている。


「このCore Module、使用者の能力に関わらずに一定の能力が出せるので、あまりダンジョンに潜ったことのない人でも深めの層に潜るのに十分な能力を出すことができます。もちろん、操作に対する習熟が必要ですが。実際、ダンジョンにほとんど入ったことのない私でもあのドラゴンと対等に立ち回れましたから」


 そういえばそうだった。この人、δ層相当のドラゴンと1対1で圧倒……とは言わないまでも比較的有利に立ち回っていた。


「えっ、ダンジョンにほとんど入ったことないって……どれくらいなんです……か?」


「『魔窟内採取従事者証』を受け取ったのが高校1年生の時で、それから全然ダンジョンに潜ったことなくて、この前の実地試験の時ですかね、久々にダンジョンに潜ったの」


「うっそー!?」


 私はこう言って目を見開いてしまった。えっ、全然ダンジョンに行ったことなくてあの強さなの!?


「あぁ、とは言っても、私は高校1年の時からCore Moduleのテストに携わっていたので、そこまで操作に習熟していること前提なのですけれど。とはいえ、後述しますけど、Core Moduleは異常事態のときでも十分な生存力を持っているため、他の人が同じ状況に陥っても生還することは十分に可能です。あと、私があの時着けていたのは、ハイエンドモデルである『Ace』モデルでしたし」


「なるほどね」


 そういえば、一昨日の電話でも、「Core Moduleのハイエンドモデルはδ層での戦闘に耐えうる」とかそんなことを言っていたような気もする。あの時この人が着けていたのはそれかぁ。


「では、次のスライドに移りますね」


 静寂さんは、またパソコンを操作し、次のスライドを表示させる。そこには、「『エマージェンシー・ブースト』などの安全装置により、悪性イレギュラー下でも生存率が大幅に向上!」と書かれている。ふむ、「ブースト」と書かれていることを考えると、一時的に性能を上げる機能なのだろう。なんかロボットものでありがちなような気が……。

 とにかく、「生存率が大幅に向上!」という文面には結構引き込まれる。


「この『エマージェンシー・ブースト』という機能は、緊急時に一時的に性能を大幅に高めることができる機能です。これはもちろん、一番低いβ層向けの『Novice』モデルにも搭載されています。効果時間も1分ほどであり、その場から離れるには十分ですよ」


「つまり、Core Moduleを着ければ死亡率が大幅に減らせるってこと?」


「流石に0には出来ませんが、そういう認識で大丈夫です。あなたの仕事もなくなってしまうかもしれませんね」


「まぁ、それならそれで良いと思っていますよ。正直言うと、亡くなる人が減らせれば何だって良いと思っていますので。流石に仕事がなくなったほうが良いとまでは言いませんが」


 私と静寂さんははははとちょっと笑いあった。


「それで、最後のスライドなのですが……」


 静寂さんはこう言うと、さらにパソコンを操作する。すると、現れた新たなスライドには、「ダンジョンに現れるモンスターを銃やグレネード砲などで蹴散らす快感!」と書かれていた。これは……さっきまでのスライドとの温度差にちょっと引いてしまった。


「実際のところ、Core Moduleの開発チームには私も含め、メカやロボットなどそういうのが好きな人が集まっていて。私も、Core Moduleでモンスターを薙ぎ払っていくと、なんか楽しくなってきていました。『夢』が叶ったような気がして」


「確かに、ダンジョン内でパワードスーツとか銃とかってそうそう

なかったから、こういうのが流行ると、そういうのが好きな人にとっては嬉しいのかもね」


 私はそういうのが別に好きではないが、好きな人のことは何となく分かる。だって、私も私以外に巫女服と刀でダンジョンに行く人が出れば嬉しいって思ってるもん。もちろん、冒険者たちにそんなことはしてほしくないって気持ちもあるけど。着るものが巫女服だけだなんて危ないし。


 静寂さんは、ノートパソコンを閉じてちょっと目を閉じたあと、目と口を見開いた。


「では御剣優花さん、先程のスライドを見て、私と一緒にCore Moduleのキャンペーンガールをしようという気持ちが湧きましたか?」


「まぁ、Core Moduleが流行ることによって人間たちの命が助かるかもしれないって言うんだったら、やってもいいと……えっ、今『私と一緒に』って言いましたか?」


 えっ、もしかしたら静寂さんも一緒にキャンペーンガールをやるの……?


「はい。実は私、以前お父さんにキャンペーンガールになりたいと言った時に、『お前一人じゃ駄目だ、お前を守れる冒険者を連れてこい』と言われまして。あなたの強さを目の当たりにし、これまであなたが行った偉業を読んだ時に、『私の相方になるべき人は、この人しかいない!』と思いまして」


 そうだったんだ……私を利用しようって魂胆ね。って、もしかしてこの人、あの後逃げずに私の戦いを見てたのか。

 ただ、それでもこの申し出はwin-winだ。私が受けない理由はあんまりない。


「そうだったんですね。……とにかく、私はあなたと一緒にCore Moduleのキャンペーンガール、やってみたいと思います。これでCore Moduleが流行って、人間たちが死ぬのが減るのならば」


「ありがとうございます! 私の申し出、受けてくれるのですね!」


 静寂さんはこう言って私の手を取ると、その手を上下にブンブンと振った。ちょっと、激しすぎるよー。

 そうして彼女はあらかた手をブンブンした後、私の手を離して改めてソファーに座った。そして、


「それで……あなた、確か中学校を卒業して半年くらいですよね?」


 彼女は私に不思議そうにこう聞いた。


「ん? まぁ、そう……ですけど」


「それなのにそれほどまでに強いなんて……どんなスキルを得たのでしょうか? それかもしかして中学校を卒業する前からダンジョンに入っていたとか? いやいやそんなこと魔窟管理所が許すわけが……。とにかく、弊社にいる鑑定スキルを持つ社員に鑑定してもらいましょうか……」


 そうか、意識してなかったけど、本来ダンジョンに行くには中学校を卒業してなければならなかったんだ……。

 ま、まずい……そりゃこんな年でこんな能力を持ってると知られたら、不審に思われるのも仕方ないよね。一応IM管理部で鑑定を欺瞞する装置ももらってるけど、それを使っていると「ダンジョンに行ったことのない一般人」としての鑑定結果が出るようになっている。だから、ここで鑑定されるとそれはそれで不審に思われてしまう……。


「もしこの方がだいぶ稀なスキルを持っていれば、そのデータを取ってCore Moduleに使えるかもしれません。確かあの方は今この本社に来ているはずですので、せっかくなので連絡を取ってこちらに呼びましょうか」


 おいおい、私のことを鑑定してもらう準備が整ってきたぞ……。


「あ、あのー、鑑定するのは後からでも大丈夫だと思いますが……」


 私が恐縮したようにこう言うと、


「ん、別にスキルは隠すものではあるまいし、あなたが『光の狐』だということは私に既にばれているはずですし、鑑定を拒む理由はないはずですが……。鑑定する方にはあなたが『光の狐』だと言う必要はないですし、それに、本当に珍しいスキルが出たら他言しないようにしますし。それとも、本当に鑑定してほしくない理由がおありで?」


 と返ってきた。ほ、本当にマズくなってきた。ここは、もう言ってしまって、主導権を握り返したほうが良いだろう。うん、私冴えてる。


「わ、私、実は人間じゃないんですよ……」


 私はおそるおそる、手を上げながら静寂さんにこう言った。

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