第8話 思いがけない電話
「私の携帯に電話? なんだろう?」
私はこう言いながら、自分の部屋に行って、机の上にあるスマホを取る。その画面には、見覚えのない番号が表示されていた。
すると、開いたドア越しに直紀さんが話しかけてくる。
「優花に電話って珍しいな。中学の同級生もあんまり電話よこさないだろ」
「まぁ、今の子たちはチャットがメインだからね。電話なんてあまりしないのよ。チャットルームもクラス替えとか卒業とかで閉じちゃうし。とにかく、電話に出るねー」
「おう」
私は部屋のドアを閉め、スマホの電話に出るボタンを押してスピーカーを耳に当てる。そして、
「もしもし、どちら様ですか?」
と、電話相手に声を掛ける。すると、
『忙しいところ失礼します、こちら、
と返ってきた。し、知らない会社(インダストリーって言ってるんだから多分会社だろう)に知らない名前だ。当然電話を掛けられる覚えなんてない。私に何の用なんだろう……。っていうか、この人、どこで私の名前と電話番号を知ったんだろうか。うーん、警戒するに越したことはないかも。
「はい、私は確かに御剣優花ですが。何の用でしょうか?」
私がこう返すと、スピーカーからほっという息が聞こえてきた後に、
『えっと、今お時間よろしいでしょうか。私は、弊社が発売するダンジョン用パワードスーツ・「
という声が続いた。なんだ? なんか、他の会社に対する電話みたいな言い方だったぞ。ドラマでちらっと見るから分かる。ただ、私は直紀さんの家で主婦みたいなことをしているし、何かの会社の社員とかじゃないし……。
でも、口ぶりからして確かに私に向けた電話だ。間違い電話っていう感じじゃない。もちろん、どこかの会社で会社員をしている御剣優花がこの世にいれば別だけど……。とりあえず、直紀さんに聞いてみようか。
「すみません、一度父に確認を取ってよろしいでしょうか。すぐ戻りますので」
『はい、分かりました。お待ちしていますよ』
この声がスピーカーから聞こえてきたのを確認すると、私は電話を保留モードにし、直紀さんの部屋に行く。
「直紀さん直紀さん」
「ん?優花、なんだ?」
私が彼の部屋にまた顔を出すと、彼はヘッドホンを外してこちらを見た。どうやら、対戦はまだ始まっていないらしい。
「なんか、静寂インダストリーってところの、静寂鳴海さんって人が、私に電話を掛けてきたんだよ」
私がこう言うと、彼は一気に目を丸くして、
「し、静寂インダストリーの静寂鳴海!? ……さん!?」
と言って驚いた。そ、そんなに驚くことでもあったの?
「えっ、なんでそんなに驚いてるの?」
「静寂インダストリーってそりゃあ、建材とか電子機器とか、いろんなものを他の会社に向けて作ってるどでかい会社だぞ。しかも鳴海って、確かそこの社長の娘だろ。なんでお前がそんな人から電話もらってるんだ?」
そ、そんなでかい会社なんだ。しかも社長の娘って……。そんなビッグネームがなんで私に……?
「なんか、コアモジュール? っていうのに関係する何からしいんだよ。よくわかんないんだけど……」
「……まぁ、静寂インダストリーだったら、そんな変なことにはならないだろ。それに、何かあったら俺とかIM管理部の面々に相談すればいいし。とにかく、話だけでも聞いてみろよ」
ん、直紀さんは意外と鳴海さんにいい印象を抱いているようだ。こっちからしてみればまだ怪しいんだけど……。そういえば、なんでこの人は静寂インダストリーについて知ってるんだろう。まぁ会社自体がでかいみたいだし、社会人ならばそれくらい知っとけって会社なんだろうけど。
「うん、ありがとう。それで、直紀さんって、なんで静寂インダストリーについてそんなに知ってるの?」
「詳しくは言えんが、俺が働いてる会社のお得意様なんだよ、そこ。それで、そこの社員から色々聞いてるんだよ。社長には鳴海っていう娘がいるとか、社長は娘を溺愛しているとか。ただ、
「へ、へー。とにかく、話を聞いてみるよ。ありがとうね」
私は直紀さんにお礼を言ってから彼の部屋から出て、自分の部屋に戻った後に電話の保留モードを切った。まぁ、彼がそこまで言うのなら大丈夫だろう。
「はい戻りました、大丈夫だと思います。それで、その、コア・モジュールっていうのはどんなもので……なのでしょうか?」
私がこう聞くと、相手は待ってましたと言わんばかりに話し始める。
『Core Moduleというのは、主にダンジョン内で使うパワードスーツです。とは言っても、全身を覆うものではなく、コアと呼ばれるバックパックを中心に様々なモジュールが連動して動くものになっています』
「ほう」
『コアにはグレネード砲やミサイルなどの様々な武器が接続され、手持ち武器と連動して動きます。そしてそのコアには、スラスターも付いており、自由に空を飛ぶことも出来てしまいます! 空を飛びながらモンスターを撃ち抜く、なかなかのロマンがあるのではないでしょうか!?』
「お、おう……」
うーん、相手は熱意を持って話してくれているのは分かるが、こっちはあんまりメカとか兵器とかそういうのに造詣が深いわけじゃないんだよなぁ……。そのせいで、あんまり話に乗り切れない……。
『それだけではありません、Core Moduleには様々な安全装置が付いているため、悪性イレギュラーなど異変の際にも、十分な安全を確保することが可能です』
「ふむふむ」
どうやら、Core Moduleというものには、ダンジョンの探索をより安全にするような機構が組み込まれているようだ。もしこれを着けることによって、本来ならば死ぬはずだった冒険者が生還するのであれば……、これにはとても大きい価値があるのかもしれない。
『弊社は、最終的にはダンジョンの警備員などにもCore Moduleを配備させることを目標としています。Core Moduleのハイエンドモデルはδ層での戦闘に耐えうるため、ダンジョン内での大体の事件に駆けつけられると考えています』
「なるほど」
警備員がCore Moduleを着けて悪性のイレギュラーに対応する……。そういう事ができれば、もしかしたら私が駆けつけるよりも早く現場に到着し、人々を守ることができるようになるかもしれない。もしそうできれば、私だけでは助けられなかった人ももしかしたら……なんて考えてしまう。
『どうですか? Core Moduleに興味が湧いてきましたか?』
「確かにそうだけど……」
興味が湧いたって言われても、自分が着けて戦うわけじゃないから、多分私は静寂インダストリーのお客ではないんだよなぁ……。ハイエンドモデルがδ層相当って、私が着けたらむしろ弱くなっちゃうし。
『私たちは、そんなCore Moduleのキャンペーンガールとしてあなたを雇いたいと思っています。そこで、詳しい話をするため、一度弊社にお越しいただくことはできますでしょうか?』
キャンペーンガール? キャンペーンガールって、あの、なんか商品の紹介のためにいろんな場に出る人? 私がか?
そんな困惑した思いもあれど、もう一つ、人々を助ける事のできる製品を売り出すのであれば手伝いたいという思いもある。コアモジュールが売れることによって、私の手がなくとも沢山の人々が助かることができれば、私としては非常に嬉しい。
ただ、仕事中に悪性のイレギュラーが近場で起こってしまったらかなり困るような気もする。……まぁ、それはIM管理部のみんなと相談するか。それでやっぱダメだってなったら、静寂インダストリーに行った時に断ればいいし。
「はい、分かりました。では、いつ、どこに行けばいいでしょうか」
『あ、ありがとうございます! それでは、3日後、水曜日の午後1時半は都合がいいでしょうか?』
「はい、大丈夫です」
『それでは3日後の午後1時半、静寂インダストリーの本社にお越しください。正門を入って真っすぐ行ったところにある一番大きな建物に入り、入口すぐにおられます受付の人に名前を言ってください。話をする場所まで案内してくれます。あと、お越しになる際は私服で大丈夫ですよ』
「3日後の午後1時半ですね、分かりました。それでは、その日時に……えーっと、あっ伺います」
『分かりました! 当日になったら、よろしくお願いいたしますね! 本日は貴重な時間をありがとうございます!』
「よろしくお願いします!」
私がこう言うと、電話は一呼吸置いてから切れた。
さてと、……まずは直紀さんに今の電話のことを言おうか、と思ったけど、彼は今ゲームをしているだろうし、それを邪魔したらそれはそれで良くないような気もする。とりあえず、部屋から出てきたタイミングで話しかけようか……。
私はそう思って、直紀さんの部屋の前に置きっぱなしだった掃除機を片付け、リビングに行ってテレビの電源をつけ、ソファーに寝っ転がった。洗濯はまだ終わってないし。
そして洗濯機がそろそろ止まろうかという頃、直紀さんがリビングにやってきた。
「あら直紀さん、どうしたの?」
「買い溜めしてたエナドリを取りに来たんだ。ーんで、さっきの電話ってどんな用だったんだ?」
彼は冷蔵庫から取り出したばかりのエナジードリンクのふたをカシュッと開けながら、私に聞いてきた。
「なんか、ダンジョン用の新製品のキャンペーンガールにならないかって言われて。それが流行ることで人々が助けられるんだったらって思って、一応、水曜日の昼に本社まで行くことになったんだよ」
「へーっ、俺の優花もついにメジャーデビューってわけかー。ま、ヒーロー活動に支障が出ない範囲でな。それにしても、静寂インダストリーがそんなものを発売するなんて、どんな風の吹き回しだ?」
「よくわからないけど……『さぁね』って言えば良いのかな。とにかく、水曜日に行ってくるよ。その前に、明日IM管理部にも行かなきゃなー。キャンペーンガールをやりながらヒーロー活動をする方法について話し合わなきゃね」
「そうか、とにかく、無理しない範囲で、な」
直紀さんはこう言いながら、自分の部屋へ向けて去っていった。
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