第7話 御剣優花の日常

 ・(第5話まで三人称視点)

 ・

 ・(ここから優花視点)


「ん……こゃぁ……」


 私は、窓から光が差し込むのと同時に目を覚ます。もう朝か……。


 寒くなったことで重くなってきた布団を跳ね除けながら、ベッドから降りる。中学生になった頃から、寝ている間も人間の姿を保つことが容易になってきた。小学生の時までは寝ると狐の姿に戻ってしまうから、授業中に寝ないように頑張ってたんだっけ。


 私は起きた後、洗面台へ移動して鏡を覗き込みながら、髪を整える。私ってちょっと癖っ毛だからか、寝癖がつくことが多くて困る。金色のショートボブに寝癖直しを吹き、櫛で整える。まぁ、これだけすれば、大抵の寝癖は直ってくれる。


 しかし、私の目って、なんで真っ赤なんだろう。とは言っても充血しているとかそういうわけではなくて、黒目が真っ赤なのだ。まぁ、直紀さんと一緒に写真に写っていた人も赤目だったから、それが関係しているのかもだけど。……それはそれで、このまっ平らな胸くらいは外してくれても良かったんだぞ。そこもあの人と同じだったせいで、中学に上がってから色々といじられた。豊胸マッサージとかもしていたこともあったけど、全然効果がなかった。


 髪を整えた後は、朝食を作る時間だ。今日は日曜日で直紀さんも家にいる日なので、朝食はガッツリめに作る。


 私は手を洗うとまず、食パンを取り出して皿の上に一旦置く。そしてそれらそれぞれの中央に箸でくぼみを作り、その中に卵を割り入れる。そしてそれらをトースターの中に慎重に入れ、つまみを回して熱する。


 パンを熱する間に、飲み物やヨーグルトの準備をする。コップを4つ用意して、2つに野菜ジュースを、2つに牛乳を入れる。そして牛乳にインスタントコーヒーを入れて混ぜる。

 そして冷蔵庫から取り出すは大きな加糖ヨーグルト。小さめの皿にヨーグルトを入れ、その上に缶詰に入った果物を乗せる。


 そうして飲み物とヨーグルトの準備が終わった辺りで、トースターがチンという音を立てる。ちょうどよく熱された目玉焼きパンをそれから出し、大きな皿に乗せると、その上から醤油を回しかける。目玉焼きだけでなく、食パンにも染み込むように。……ちょっとかけすぎたかな?


 そして私が朝食を全て作り終えた頃、パンと目玉焼きと醤油の匂いにつられたのか直紀さんが自分の部屋から出てくる。


「おはよ~」


「おはよう、直紀さん」


 彼はまだ眠いのか、自分の部屋から出た後はよろよろと歩いていき、リビングにあるソファーにどかっと座る。昨日帰ってきてからもお疲れのようだったし、もしかして昨日ダンジョンに行った時、気を吐きすぎたのだろうか。


 私は作った朝食を次々と台所からリビングに持っていく。そして全て運び終わると、私も直紀さんの横に座り、一緒に


「「いただきます」」


 をした。


「優花、テレビ付けるぞ」


 直紀さんはこう言って、テーブルの上に置いてあったテレビのリモコンを取ると、その電源ボタンを押してテレビの電源をつけた。


「うん、でも確か今は7時半ちょっと過ぎだから、『カタナ☆プリンセス』はまだだね……」


 「カタナ☆プリンセス」とは、日曜日の朝8時半にやっている女の子向けアニメである。3人の女の子が愛と勇気と刀で怪人と戦うアニメだ。


「まぁ、今テレビを付けてもニュース以外見るものないわな。俺は会社での話の種に見るけどな……あれっ、優花、醤油変えたか?」


 直紀さんは目玉焼きパンを大きな口でかじると、すぐに目の色を変えて聞いてきた。おっ、分かったのか。


「うん、昨日買い物に行った時、牡蠣醤油っていうのがおつとめ品セールで半額になってたから、買ってみたんだー。牡蠣の匂いするでしょー」


「ああ、この匂いがすると、冬だなーって気分になるよなー。カキフライに焼き牡蠣……。もしかして優花、いつか作ってくれるのか?」


「考えておくよ。もちろん、当たらないようにちゃんと火は通すからね。火が通ってない牡蠣を食べて、トイレに篭ったりしないようにね」


「おいおい飯食ってる時にそんな事言うなよ……。それはそうと、はいはいその時は悪うござんしたよ」


 直紀さんはイライラした調子で、目玉焼きパンをぱくりと食べた。自分で言ってかかってなんだけど、この話を振ったのは完全に私が悪かった。ごめんなさい。

 それはそうと、割れた半熟の黄身の中から少しだけとろりとした中身が見える。見たところ、今日もちょうど良く焼けたようだ。


 そんなこんなで朝食を食べていると、テレビから、


『ダンジョン行くなら爆苑ばくおんアーモリーへ! 高品質な武器や防具をこれでもかと取り揃えております! キラキラした武装をあなたへ!』


 という声が響いてきた。その画面には、赤髪の若い女性と小学生のような見た目をした2人の子役の姿が映し出されている。最近この会社のCM、見るようになったなぁ。そんなに人気の会社なんだろうか。


「そういえば、爆苑アーモリーってとこの装備を着けてる冒険者も増えたなぁ」


 テレビを見ながら、直紀さんがこうぼやいた。彼がそういうからには、やっぱり人気のある会社なんだろう。ふーん、そういうのって傍から見て分かるもんなのか。


「へぇー、よく分かるねぇ。やっぱり、周りの冒険者たちをよく見ているからかな?」


 私がこう言うと、彼はちょっと呆れた調子で、


「そりゃ、前にも言ったが、各社の装備には社章とかブランドのエンブレムが刻まれているもんなんだ。それに、各社の装備には会社ごとの特徴っていうもんがある。例えば爆苑アーモリーだったら、重厚だったりパンクだったりする見た目だな。性能もパワー系って感じだ」


 と言ってきた。


「うーん、私、あんまり冒険者たちの装備って見ないからなぁ。ダンジョンに行くのも救助のときだけだし」


「だろうな。使ってる装備も支給品だかなんだかだしな。お前はこういうのには疎いんだな」


 直紀さんはこう言いながら、目玉焼き食パンを食べきった。


 そういえば、爆苑アーモリーといえば……。


「そういえば、爆苑アーモリーに就職したっていう、相馬そうまさんの妹さん、まだあんまり調子良くないらしいね」


「そうなのか?」


「うん、相馬さんから聞いた。仕事が忙しすぎて、月給を使う暇もないって。そのせいか、元気もなさそうで、心配してた」


 直紀さんは私の言葉を聞いて、首を傾げる。


「なんか、前にも相馬さんから『爆苑アーモリーって仕事忙しいけど、大丈夫だろうか』だなんて聞いてたよな。やっぱりダメだったのか? ってか、爆苑アーモリーってやっぱりブラック企業なのか? でも、俺の会社ダンジョンとは関係ない会社だからかそんな噂聞かないんだよな」


「別にブラック企業ってわけじゃないらしいんだよね。仕事は忙しいけど、その分福利厚生はバッチリしてるって。度を超えた残業もしないし、社内も結構きれいみたいだし、残業したらした分だけキッチリ残業代出るし。ただ、それでいても仕事が多いんだったら、合わない人は合わなそうだなー。妹さん、あんまりバリバリ働くタイプじゃないみたいだしねー」


 私はカフェオレを飲みながら、こうぼやく。相馬さんの妹さん、まさか合わない仕事やらされていないだろうな……。


 朝食を食べ終わると、私はお皿とコップを流しに入れ、ゴシゴシと洗う。それが終わったら、着替えつつ歯を磨く。人間じゃない私が虫歯になるかは分からないが、なったら困るのでちゃんと磨いておく。……そういえばそろそろこの歯磨き粉も切れるな、今日買っておかなければ。


 それが終わったら、「カタナ☆プリンセス」を見て、その次は洗濯と掃除だ。昨日脱いだ服を洗濯機に入れ、洗剤を入れて回す。そして回している間に、掃除機で掃除をする。この家はどの部屋もあまり入り組んでいない構造なので、掃除機がかけやすい。


 そして最後に、直紀さんの部屋の掃除をする。まずはノックをして、


「直紀さーん、入るよー」


 と言ったあと、


「ほーい」


 と返事が聞こえてから中に入る。


 彼の部屋は、結構シンプルな見た目で、パソコン用の机と椅子・ベッド・小さな棚があるくらいだ。そのおかげで掃除がしやすい。


 ただ、空きスペースには、大剣が入ったケースとかっこいいコートが飾られている。当然ダンジョン用の装備だ。私は大剣もコートも触らせてもらったことがあるが、その時から結構ボロボロだった。一応こんなんでもダンジョンでの用には使えることを見ると、かなり良いものだったのだろう。


 そして、当の直紀さんは、パソコンでゲームをしている。対戦型のゲームを好んでプレーしているようで、モニターには俯瞰視点の映像が映されている。世界中で人気らしいが、私はよく知らない。私はソロゲーとか協力型ゲームをよくやるし。


 そして、私がこの部屋の掃除を終えると同時に、その画面に「VICTORY」という文字がでかでかと映し出される。おっ、見た感じ、勝ったのだろう。


「勝ったーっ! って、ちょうど掃除も終わったのか。いつもいつもありがとうな」


 彼はこう言って、掃除機を持ったままの私の頭をなでてくる。もう、そんなことやっても何も出ないぞー。


「まぁ、ヒーロー活動以外ニートやってるよりは、こういうことやってる方が性に合ってますから」


 私がこう言い終わると同時に、私の部屋からピロリロリという着信音が聞こえてきた。

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