第10話 2人でIM管理部へ

 静寂さんとの応接室での会話を終えた私は、そこを出た後、彼女と一緒に魔窟管理所関東地区本部の最寄り駅へ向かう電車に乗った。そこは静寂インダストリー本社の最寄り駅から10駅くらい電車に揺られたところにある。


 今、私の横には静寂さんがワクワクとした表情で座っている。……これってだいぶすごいことだよね? 私の横に社長令嬢が座っているだなんて。ただ、周りの人が私たちの方を見ている様子がないってことは、別に彼女のことはあまり知られていないのだろう。うーん、そういうのは良いことなのか悪いことなのか……。


 そういやー、静寂さんに聞きたい事があるんだった。


「あ、そういえば静寂さん」


「ん? なんでしょうか?」


「静寂さんって、あの時どうやって人魚の姿になってたの? ちょっと気になるんですけど」


 私がこう聞くと、彼女は言いづらそうに口を波打たせた後、


「うーん、それはちょっと会社の秘密保持に関わることですので、今は言えないんですよね……。そのことは、あなたがキャンペーンガールとして雇われた時に改めて話します。今は、『動きを阻害しない方法で』とだけ言っておきます。あっ、ヒレ耳はただのその形のアクセサリーです。その方がより人魚っぽいと思って」


 と言った。む、静寂さん、ヒレ耳も着けてたのか。あの時は全然気づかなかったぞ。


「ごめん、そこまで語ってくれたところ悪いんですけど、ヒレ耳には気づかなかったよ」


「あら、そうでしたか。まぁ、緊急事態でしたから、そこまで見る余裕がなかったのでしょう。仕方のないことです」


 確かに、どれくらい大きいアクセサリーなのか覚えていないが、ヒレ耳ということはそんなに大きくないのだろう。見てなくても仕方ない……かな。


 私がこう考えていると、静寂さんはちょっと顔を赤らめながら、


「話は変わりますが、私のことは『静寂さん』ではなく『鳴海さん』と呼んでくださいませんか?」


 と言ってきた。えっ、でも、静寂さんって私より年上っぽいし社長令嬢だし、私は表面的にはただの家事手伝いだし、名字で呼んだほうが良いと思うけどなぁ。


「いや、でも、私のほうが年下ですし、名字で呼んだほうが正しい気が……」


「いや、確かにそうなんですけれども、社内で『静寂さん』って言ったら父のことなので……自分のことを『静寂さん』と呼ばれるとちょっと小っ恥ずかしいんですよ。自分が社長である父と同じ呼ばれ方をするのが。それに、あなたがもしキャンペーンガールになることが出来たら、私と同じ立場になるので……」


 なるほどね、自分はまだそんな立場ではないのに、社長であるお父さんと同じ呼ばれ方をするのは恥ずかしいのか。なら、仕方ないかな。


「それなら仕方がないですね、さん。これからはこう呼ばせてもらいます」


「ありがとうございます。それで、私も遠慮なくあなたのことを『優花さん』と呼びますけど、よろしいでしょうか?」


 静寂さん……いや、鳴海さんは険しい顔でこう言ってきた。


「いや別にいいですけど……。さっきも言った通り、私のほうが年下ですから……。年下ですよね?」


「そうですね。私が大学1年生で、あなたは通っていれば高校1年生の年ですので。とにかく、これからお願いしますね、優花さん」


「こちらからもお願いします、鳴海さん」


 私たちは人がまばらな電車の中で、笑顔を向けあった。


 私たちは電車を降りた後、10分弱歩き、魔窟管理所関東地区本部の出入り口の前にたどり着いた。関東地区支部と、各地方にある支部をまとめる本部の、両方の働きを持つため、「関東地区本部」という名前になっている。

 ここではダンジョン――日本での正式名称は「魔窟」という――の管理や、冒険者証――同じく正式名称は「魔窟内採取従事者証」――を受け取るための講習などが行われている。そのため、この建物は県庁かなにかと見紛うほどに大きい。しかし、私たちの目的はそれらとは関係のない場所にある。


「うーん、久々に来ましたが、やはり大きいですねぇ。この中で沢山の方が働いていると考えると、感慨深いです」


 鳴海さんが、建物を見てしみじみとした表情になる。そういえば、私がここに来る時はよく見るなぁ、この建物を見て驚く人。


「そうだよねー、本当に大きい。でも、それほどダンジョンがこの世界にとって重要なものなんだよねー、って気分になるよ」


「ですねぇ。だからこそ、弊社のCore Moduleによって、冒険者たち、特に仕事で素材を集めている方たちがより安全にダンジョンへ赴けるようにしたいですね」


「とにかく、建物の中に入るよ。目的地はこの中だから」


 私は、鳴海さんの手を取って管理所の中へと入っていった。


 管理所の中に入ると、入口すぐにはテレビのある待合室があり、そこには呼び出し待ちらしい人々がいた。しかし、その数は少ない。そういえば、今日は水曜日だったね。……あれ?


「あれ、鳴海さん、今日は水曜日だけど……学校は?」


「あぁ、私が通っている大学、水曜日は午後休みなんですよ。私はその時間を使ってあなたを呼んだ、というわけです」


「なるほどね。そういえば私が通っていた小学校と中学校も水曜日は午後休だったなぁ。どこの学校もそんな感じなのかなぁ」


「そうかもしれませんね。それで、どこに行けば良いのでしょうか」


「おっとそうだったそうだった、こっちですよ」


 私は鳴海さんの手を引いて、エレベーターの方へと歩いていく。目的地はこの階にはないからだ。

 そしてエレベーターが開くと、中にいたみんなが全員出てくる。私はそれを見計らって、2人でエレベーターの中に入った。


 私はエレベーターに入ると、すぐに首にかかったドッグタグを取り、屋上のボタンにそれをかざした。するとボタンが光っていないにも関わらず扉が閉まり、エレベーターがと動き始める。


「あれ? 先ほど階層マップを見ましたけど、この建物には地下はないはずですよね? それなのに、どうしてこのエレベーターは地下に向かって動いているのでしょうか?」


「それは、目的地がこの地下にあるからですよ。魔窟管理所には隠された秘密の部署がある……と言ったら信じるかな?」


「それが、あなたが先程おっしゃった『IM管理部』なんですね」


「そういうこと。おっ、そろそろ着きますよ」


 私がこう言って見たモニターには、「IM」の文字が映し出されていた。


 エレベーターのドアが開くと、目の前に廊下が出てきた。ここから、もうIM管理部だ。ある意味私のためだけに作られた部署である。


「鳴海さん、ここが『IM管理部』ですよ。私にいろんなことをしてくれた場所です」


「へぇ~、ここが『IM管理部』……。なんか、秘密基地みたいで面白そうです」


「そりゃあ、IM管理部の関係者以外でここを知るのは私のお父さん的な人とあなたしかいないですからね。それじゃ、部長さんのところに行きましょうか」


「ですね。ふふっ、ちょっとワクワクします」


 私と鳴海さんが部長室まで歩いていくと、休憩に向かうらしき職員が前から歩いてきた。この人は……。


「こんにちは、北沢さん」


 私がこう言いながら彼にお辞儀をすると、


「あぁ~、こんにちは御剣さん! ここに来るのって久々じゃない?」


 と、嬉しそうな表情とともに嬉しそうな声が返ってきた。


「こんにちは、北沢さん」


 私につられて、鳴海さんも挨拶をする。すると、


「こんにちは、静寂さん、話には聞いています。大企業のご令嬢さんなんですって? そんな人と出会えるなんて光栄です」


 と返ってきた。話しぶりからすると、私が連絡するまで彼女のことを知らなかったんだろう。やっぱり、静寂インダストリーって全体的な知名度があまりないのだろうか。


 そして北沢さんは私の方に顔を向け直すと、


「それで、今日は久々にもふもふしてくれないのかい?」


 と言ってきた。まったく、やっぱりそういうのには飢えていたか。でも私としてはそろそろ離れてほしい気もするんだけどなぁ。でもま、いいか。


 私は、


「しょうがないこゃぁ……。私はちょっと野暮用があるから、鳴海さんは先に部長室に行っててください。すぐに追いつきますから」


と言うと、すぐに狐の姿に変身する。そして服の中から這い出し、廊下の端っこでしゃがみ込んだ北沢さんの膝の上に飛び乗る。


「あら、優花さん、自分で『実は人間じゃない』って言ってかかったにも関わらずそれっぽくなかったのに、狐の姿になってしまうとは。あなたの言ったことは本当だったんですね。完全に獣の姿になるスキルなんて聞いたことがないですし」


「こゃ!」


 私は鳴海さんの言ったことに元気よく返事をする。この姿だと言葉が話せなくなるから、鳴き声になるのは仕方がないか。


 私が返事をした直後、北沢さんは私の背中に顔を埋めてスリスリし始める。


「あぁ~、猫吸いも良いけど、狐吸いも最高だねぇ~! はぁーすーはーすーはー、っていうか、こんなきゃわいい狐の姿を持っているのにわざわざ人間の姿になるなんて損だよ損」


「うゃ……」


 この人、ちょっとモフり方が乱暴なのが玉に瑕だなぁ。いつもは結構真剣に仕事をしてるんだけど。


 そして私がモフられているのを見届けた鳴海さんは、ちょっと微妙な表情になりながら、


「それでは、私は先に部長室に伺いますので。優花さん、すぐに来てくださいねー」


 と言って廊下の奥に向かって歩いていった。

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