第11話 部長と令嬢と3人で

 私は北沢さんに散々モフり倒された後、彼に更衣室まで服を持っていってもらい、人間の姿に戻って服を着直した。……髪とか耳とか尻尾とか乱れてないよね? 北沢さんのモフり方、結構乱暴だから、乱れてないと良いけど。


 そして私は彼と別れたあと、鳴海さんと部長の相馬さんが待っているはずである部長室の前に立った。さて、2人とも待ってるかなぁ。私はこう思いながら、ドアをノックした。


「御剣優花です、入りますよー」


 私がこう言いながら部長室に入ると、その中で2人が優雅にお茶をしばいているのが見えた。匂いと飲んでいるものの色からして、飲んでいるのは緑茶だろうか。


「おう優花、遅かったじゃねぇか。もうお茶淹れてるぞ。これ、優花も飲むか? 職員が良い茶葉を差し入れしてくれたんだ」


 部長の相馬さんは、胡散臭そうな口調で私にこう言いながら立ち上がり、急須と給湯ポットがある場所に歩いていった。あらかじめお茶を淹れておかずに熱々のお茶を飲めるようにしてくれるなんて、とっても嬉しい。そろそろ寒くなってきたしね。


「それじゃ、お願いしましょうかね。折角の良い茶葉ですし、渋めに淹れて」


「分かったぜ。特別渋く入れておくからな」


「ありがとうございますー」


 私は彼にこう返したあと、彼が座っていたところの横に座った。すると鳴海さんは、


「ちょっとちょっと、優花さん」


 と言って、耳打ちするようなジェスチャーをした。


「ん?」


 と言って彼女の方に近寄ると、彼女は、


「なんかこの方、かなり胡散臭そうに見えます。私から見るとあまり大丈夫じゃなさそうに見えますが……」


 と言ってきた。確かに、相馬さんは顔も声色も胡散臭そうに見える。そのせいで、普通であるはずの黒スーツや七三分けの髪すら胡散臭そうに見えてきてしまうだろう。ただこの人、見た目と違って悪い人じゃないんだよね……。


「大丈夫、って私がお墨付きを与えるから。見た目と声ほど悪い人じゃないですよ」


「おいおい、胡散臭そうな見た目だなんて、ひどい話をするな。私はこう見えても、善良な部長なんだぞ。ったく、確かに私の顔は悪人顔だってよく言われるが……」


 おっと、相馬さんが戻ってきたし、さっきの会話聞かれてたなこれ。彼は私の隣に座り、私の前にお茶を出してくる。


「ははは……」


 私はごまかすかのように、出されたお茶を飲む。なるほど、たしかに渋く淹れてあるが、その渋さに負けないくらいの旨味がある。どれだけ高いお茶なんだろうか、お金に余裕があれば通販で買って自宅で飲んでみたいぞ。


「まぁとにかく優花、本題に入るが、お前の正体がこの子にばれた、って事でいいんだろうな」


「うん。なんか知り合いの探偵に頼んで、私が『光の狐』だってことを探ったみたい。それで、静寂インダストリーに鑑定スキル持ちの人がいるからって鑑定されそうになって……。とっさに私が人間じゃないってことバラしちゃった。それを知ってる人は少ないほうが良いと思ったし……。ってかさー、認識阻害かなんかの効果があるものを使おうって前々から言ってたじゃん! そういうのを使わなかったから正体がバレちゃったんでしょ!」


「そんなものを買う予算、あるわけねーだろ。買ってみろ、百億は下らないぞ。しかもそんなもん、各国の機関とかが喉から手が出るほど欲しがるものだぞ。金があっても一国の小さい一機関が買えるかっての」


 むー、それでもそういうのをなんとかして手に入れて使ったほうが良かったと思うんだけどなー……。


 その後、鳴海さんは私たちの喧嘩を遮るように、


「あ、あのー、喧嘩中失礼しますが、ちょっと色々と説明をしてくれませんか? 優花さんがどういう存在か、とか、ここはどういうところか、など」


 と言った。そういえばそうだ、本題に入らなければ。そう思った私たちは、彼女の方に改めて体を向き直す。そうだよこんな100回はした喧嘩をしてる場合じゃないんだよ。


「ゲホン、えっと、まぁ簡単に言うと、私はインヴァーテッド・モンスターっていうモンスターの変異種みたいなもので、」


「ここはIM管理部。名前通り、インヴァーテッド・モンスターを管理するところだ」


 私たちはこのように、鳴海さんに簡単な説明をした。ついでに私は耳と尻尾を出す。すると、彼女は現実を受け入れられないというように、天井の方へ目を泳がせた。そうだよね、人語を操るうえに人間の味方であるモンスターの変異種なんて、すぐには受け入れられないよね。


「インヴァーテッド・モンスターっていうのは、モンスターの中でも、人間に友好的だったり、人間の姿になれたり、言葉を使えたり……まぁ、優花みたいな奴のことだ。本来モンスターっていうのはダンジョンコラプスのときでもない限りダンジョンの外には出られないんだが、こいつらはどういうことか外に出られてしまうんだ。ただ、元の姿の方が負荷がかからないし、ダンジョン内だとよりイキイキするみたいだがな」


「そうそう。でも、今はもう長い間人間の姿でいられるようになったし、ダンジョンもしばらくは行かなくても良くなったんですよ。でも、今は仕事柄週1くらいでは行ってるんですけどね」


「へぇーっ、なんかもうあんまり人間と変わらないんですね……」


 鳴海さんは感心したかのような表情で頭を上下させる。しかし、その目はまだあまり現実を飲み込めていない感じに見える。


「とは言っても、こいつは言うてモンスターだから、死んだら跡形もなく消えちまうんだがな。俺は直接見ていないが、インヴァーテッド・モンスターも、そうなるらしい」


 相馬さんは、私の頭を指さしてこう言った。もう、縁起悪いこと言わないでよ。


「そうなんですね、死んだら骨も残らないなんて、あまり考えたくはないですね」


 鳴海さんもこう言ってくれている。


「それでも葬式は挙げてくれるとは思うけどね。それに、死んでもいた証が残るように、直紀さんが私にドッグタグをプレゼントしてくれたんだよ」


 私はこう言って、自分の首からかかっているドッグタグを鳴海さんに見せる。それには、私の氏名・直紀さんの氏名・(表向きの)生年月日・電話番号・住所(市区町村まで)が彫られている。


「なるほど、あなたのお父さんも、優しくていい人なんですね」


「本当のお父さんじゃないけどね。でも、私をなぜか助けてくれたから、優しくていい人だっていうのは合ってるよ」


 なんか、直紀さんのことをこう言われるのは珍しい気がするから、ちょっと嬉しい気がする。


「そういえば、あなた、『光の狐』として活動している時もそのドッグタグを着けているんですね。私、見てましたよ」


 えっ、変装をしている時はドッグタグを服の中に隠しているはずなのに。もしかしたら首のところに出ているチェーンを見られたのか。鳴海さん、結構目ざといんだな。


「まぁね、万が一ってこともあるから、そういう時も持ってないとね」


「あなたがダンジョンでやられるなんて想像しづらいですけどね。あんな強そうなドラゴンを簡単に瞬殺できるくらいですし」


 鳴海さんのこの言葉を聞いた相馬さんは、私をいきなり脇に抱きかかえながら、


「まぁな。IM管理部のみんなで協力して育て上げた甲斐があったぜ」


 と自慢げに言った。私は苦しがりながら、彼の腕から抜け出す。私がゲホゲホと咳をしていると、鳴海さんは、


「そういえば、優花さんはここまで強くなるために、どんな訓練をしてきたんですか? 私ちょっと気になります」


 と言った。でも、聞いてもあんまり面白くないと思うけど……、と思いながらも私は口を開く。


「確か、3年半くらい前から、自衛隊の隊員が訓練するのに使うダンジョンを借りてトレーニングしてるんですよね。その他にも、ここにあるトレーニングルームで器具を使って練習したりとか……。とにかくそんな感じ」


「確かに、比較的普通ですね……。ダンジョンに潜ってモンスターを倒すのも、器具を使ってベースの身体能力を鍛えるのも……。あれ? 確か優花さんって15歳ですよね?」


「うん、誕生日まだだし」


「あれっ、だとしたら、12歳の頃からダンジョンに入っていることに……。いや、IM管理部の下であれば大丈夫なのでしょうか……」


 鳴海さんは一人で考え込み始めた。確かに、本来ならば中学校を出ていなければダンジョンには入ってはいけない決まりだ。


「まっ、そういうこった。静寂さんの言う通り、IM管理部が許可を出したから特別に入っても良いことになっているんだ。それもこれも、こいつが『人間を助けられるヒーローになる』だなんて言うから仕方なくなー」


 相馬さんはこんなことを言いながらもまんざらでもなさそうな表情だ。確かに、「ヒーローはワシが育てた」と言えるのはとても嬉しいことだ。


 そして相馬さんは一気に真顔に戻ると、鳴海さんに向けて、


「で、静寂さんは『光の狐』の正体を暴いて何をするつもりだったんだ? まさか変なことに使わないだろうな?」


 と言った。すると彼女は、


「えぇ、変なことには使いません。静寂インダストリーが発売する新製品、Core Moduleのキャンペーンガールになってもらうだけです。Core Moduleとはわかりやすく言えば、ダンジョン用のパワードスーツのようなものですね」


 と言った。それを聞いた相馬さんは、眉を上げて興味深そうな表情になりながら、


「ほう、ダンジョン用のパワードスーツか……。それは確かにブルーオーシャンだな、良いところに目をつけたな。ところで、キャンペーンガールって何をするんだ?」


 と鳴海さんに聞いた。確かに、キャンペーンガールになって何をするかはまだ聞いてない気がするなぁ。


「一番の仕事は、Core Moduleを使ってダンジョンをどのように探索するかを実戦を通じて伝える、っていう配信をすることですね。他にも雑談や質問の配信をしたり、必要に応じて宣材写真を撮ったりする予定です」


「確かに、まずは実用性を伝えなければ買ってくれないかもしれないですし、実際に使っているところを見せるのは良いと思いますね」


 ますね……、あれ? そういえば私って、魔窟内採取従事者証を持ってないよね……。そう思っていると、相馬さんが、


「でも優花、魔窟内採取従事者証持ってないだろ。もしキャンペーンガールをするとしたら取らないといけないな」


 と言ってきた。


「えっ、12歳の頃からダンジョンに行っていただけでなく、今でも無免許でダンジョンに行っているんですか!?」


 やっぱり、鳴海さんが声を大きくして驚いたよ。


「一応、魔窟内採取従事者証を持ってない方が、『光の狐』の正体だって思われにくいってIM管理部の人が言ってきたから……。ちゃんとIM管理部の人たちの許可を取ったから……」


「とはいえ、キャンペーンガールをしといて『魔窟内採取従事者証持ってませんでしたー』は通らないだろ。とにかく、俺が代わりに予約取るし、あと講習料をIM管理部から入れておくから、講習を受けて取ってこい。写真は……、当日までに証明写真機でも使って撮ってこい。運転免許証と同じサイズな」


「はーい」


 確かにそうですね、無免許だったらキャンペーンガールとして雇ってもらえなさそうですね。あと、確か鳴海さんのお父さんは「鳴海さんを守れるくらい強い冒険者」を求めているから、面接をする時に魔窟内採取従事者証を求められそうだ。だから、絶対取っておかなくてはいけないね。


 ちょっとめんどくさいけど、これもCore Moduleのため。絶対取らなきゃ。


 私がそう思っていると、相馬さんがいきなり鳴海さんに向けて、


「そうだ、忘れてた。優花と付き合うなら聞いてほしいことがある」


 と言った。


「はい、なんでしょうか?」


「インヴァーテッド・モンスターは、通常のモンスターと同様死ねば跡形もなく消える、と言ったが、その際にはドロップアイテムは出ない。その代わりかは知らないが、なんか特定条件下でプレゼントアイテムというものをもらえるそうだ」


「えっ、そうなんですか?」


 鳴海さんはさっと私の方を見た。でも、私が何かを話すより先に相馬さんが口を開く。


「どうやら、仲良くなった相手にはとあるアイテムをプレゼントしてくれるようだ。だろ? 優花?」


「う、うん、私もよくわかんないんだけど、いつだったか直紀さんと楽しく話をしていた時に、手の中にいきなりお守りが現れて、『あっ、これ直紀さんに渡さなきゃ』って思ったから、それを渡したんですよ。それがどんな効果があるかはまだ分からないんですけどね」


「そのくせ、こいつは俺にはそのお守りを渡してくれないんだよな」


 だって、付き合い長いとはいえ、なんか心に距離感感じるんだもん。相馬さん、なんか胡散臭いし。


 私が相馬さんに苦笑いをしていると、鳴海さんは空気が悪くなってきたのを察したのか、


「ははは、まぁとにかく、私は優花さんが魔窟内採取従事者証を取るまで待っていれば良いんですね。キャンペーンガールの応募も、従事者証を取ってない人は門前払いでしょうし」


 と話を変えてくれた。重い空気を変えてくれて、とてもありがたい。


「あっそうです、それを取ったらすぐ連絡できるようにWireのフレンド登録をしましょう。私に『魔窟内採取従事者証を取った』って伝えてくれたら、すぐに選考まで案内しますよ」


 確かに私、鳴海さんの連絡先知らないし、別れる前に今のうちにフレンド登録を済ませたほうが良いかも。


「ありがとうございます! それでは早速……って、ここ電波通ってないんでしたね。相馬さん、鳴海さんにここの無線LANを使わせていいですか?」


「良いけど、静寂さんは終わったらすぐに設定を削除しろよ」


 そして、私と鳴海さんは、相馬さんが見ている下でWire(チャットアプリだ)のフレンド登録を済ませた。……なんか、社長令嬢とフレンド登録をしたって、結構すごいことなんだよね。なんか今更緊張してきちゃった。

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