第4話 「光の狐」、人魚と出会う
『えーっ、こちらIM管理部、こちらIM管理部、玉川ダンジョンβ層3階79%にて悪性のイレギュラーが発生した模様、注意しつつ至急出動されたし』
私は今日も今日とてこの通信に急かされながらダンジョンへと向かう。洗濯物をたたむのが途中だったが、人命の前にはそんなものの優先順位は低い。洗濯物は帰ってから改めてたたみ直そう。
私はいつもどおり、ビルの屋上を伝って玉川ダンジョンへと急行する。こんな速さで地上を移動してしまうと目立ってしまうし、何より人を避けると遅くなってしまう。しかし高い建物がない場合は仕方なく地上を走ったりする。そういうのはケースバイケースだ。
そうして私は玉川ダンジョンへとたどり着き、いつも通り警備員さんに(見えてないだろうけど)お礼をしながらそこに突入する。
β層3階に到着して少し進み、現場へと辿り着こうというところで、私は1人の男を見かけた。彼は壁から身を乗り出して向こうを伺おうとしているようだ。さらに、彼が連れているものであろう撮影用ドローンが壁向こうをじっと見ている。
彼が何をしているのかは分からないが、何をしているにしてもとにかく現地へ向かってモンスターを倒さなければ。そう思って、私は壁の向こうへと走っていった。
そして、現地に到着した私を待っていたのは、これまで見たこともないような異様な光景だった。
目の前には大きなドラゴンがいる……のだが、その周りを何かがまるでハエか何かのように飛んでいる。それをよく見てみると、それはなんと人魚らしき女性だった。薄い緑の長髪を振り乱し、ドラゴンの周りを泳ぐように飛び回る人魚。彼女は濃い緑のロリータドレスを着ており、魚のような下半身の色は髪のような薄緑。そして魚体の周りには何やらキラキラしたものが漂っている。更に良く見てみると、彼女の左目には片眼鏡のようなものがかかっている。いや、それよりはちょっとメカメカしいような……?
そして彼女はそれだけでなく、何やら銃のようなものをそれぞれ片手づつに持っている。両方ともサイズ的にはあまり片手用の銃という感じではなさそうだ。さらに彼女はスラスターの付いた小さなランドセルのようなものを背負っており、それから右肩の方にはミサイルランチャー、左肩の方には長い砲台のようなものが伸びている。
その姿に私が見とれていると、人魚は左手に握った短めの銃をドラゴンの右目に向け……、左肩の砲台から大きな弾を発射した。それは対象に直撃し、ドラゴンを大きくひるませた。
人間サイズの砲台を使って推定δ層レベルのドラゴンにそれほどまでのダメージを与えるとは……。彼女は一体何者なんだ? 周囲に死体らしきものが転がっていないし、他に冒険者らしき人がいないことを考えると、もしかしたら彼女がみんなを逃がしたのか?
しかし、そんな彼女とはいえ1人でそんな強大なドラゴンを倒せるとは思えない。ここは早く逃がしたほうがいいか!
私はドラゴンの注意を引き付けるために、その懐へ一瞬で走り込み、その喉元に刀を深々と刺し入れる。すると、ドラゴンは大きく苦しむような素振りを見せて大きく羽ばたきながら後方へと飛び退いた。その隙に私は、
「そこの……えー……人魚! そこの人魚さん、大丈夫だったかい!?」
と、謎の人魚に向けて大声で呼びかける。すると、すぐさま、
「はい、なんとか大丈夫です!」
と聞こえてきた。喋れるってことは、私と同じインヴァーテッド・モンスター……? でも彼女は私と違って顔を隠している訳じゃないし、関東地方に私以外のインヴァーテッド・モンスターがいるだなんて話は聞いていない。だとすると多分人間なんだろう。ならば、ひとまず早くあの人魚をここから逃がさなければ。
私がドラゴンの方を向きながら、
「とにかく、ここは私に任せて! あなたはここから早く逃げて!」
と叫ぶと、
「はい、分かりました! それでは失礼します!」
という声とともに、スラスターの音が遠ざかっていくのが聞こえる。どうやら、彼女は無事にここから逃げることができたようだ。
さて、次はあのドラゴンを倒さないとね。私がそう思いながらその方へ刀を向けると、ドラゴンは体勢を整えながら、こちらに向けて炎のブレスを吐きかけてきた! 私はその方へ突進しながら、向かってくるブレスを刀で弾いていく。む、炎のせいで前が見えづらい……。
そして炎が切れたその瞬間、私の目の前に尻尾が振り下ろされるのが見えた! もしやブレスはただの目くらましで、本命はこの尻尾か!
私の方もそれを受けてなるものかと、尻尾を刀で受ける。すると、ドラゴンの鱗と私の刀が打ち合わされ、大きな衝撃波を放つ。そして私は、そのまま力任せに刀を尻尾に向けて強く押し込んだ! すると、鱗が割れるバキッという音とともに、刀が尻尾の中に入っていく。
そして鱗と同時に骨まで斬れていき、私の手に手応えが伝わらなくなると同時に、斬れた尻尾が私の背後に落下してくる。ヒュー、尻尾に潰されなくてよかった。
するとドラゴンは、尻尾を失ってバランスを崩したのか、あわあわと4本の脚を動かしたかと思えばそのまま地面に落下してしまった。今がチャンスだ!
私はドラゴンの頭の方に素早く回り、刀をゆっくりと鞘に納める。そして、無数の斬撃を相手の頭に浴びせかけた。
頭をバラバラにされたドラゴンの体が、塵となって崩れ落ちる。周囲の安全を確保した私は、逃げ遅れた人などがいないか周囲を改めて見てみる。……うん、さっき見た通り、逃げ遅れも死体も周りに一切ない。やっぱり、あの人魚がみんなを逃がしてくれたようだ。
それは良かったのだけど、あの人魚、一体何者だったんだろう。銃なんてランニングコストが高すぎて軍隊以外はあんまり使わないはずなのだが、彼女は当然かのように持ってきていた。それに、肩についているミサイルランチャーと砲台って、そんな人間サイズに小型化できるものなのか? そんなの、昔見たロボットアニメでしか見ないぞ。
……うーん、考えてみても仕方がない、そろそろ救援も来そうだし、さっさと退散するとしますか。
・(ここまで優花視点)
・
・(ここから三人称視点)
その日の夜。
明るくて壁紙が白い部屋の中で、薄緑髪の女性がパソコンを操作している。部屋の中は結構シンプルで、別にポスターが貼られていたりとかそういうことはない。
しかし、ベッドが接している壁には色とりどりの人魚スーツが掛けられている。人魚スーツとは、人魚のコスプレをする時に下半身に履くスーツのことだ。モノフィンをその中に入れて泳ぐこともできる。
それに対して、女性の背後にある棚には数々のプラモデルが飾られている。それらはいわゆる美少女プラモデルというものではなく、ロボットアニメに出てくる機体を思い起こさせるものだ。
それらを同時に見ると、何やらアンバランスさを感じさせる。しかし当然、それらが両方好きな人もいる。取り立ててどうこう言うものではない。
さて、パソコンを操作している女性は、昼に優花が出会った人魚によく似ている。しかしその下半身は人間と同じ二本足になっている。
そしてパソコンの画面には、彼女が出会った「光の狐」の姿が描かれている。これは、女性が記憶から書き起こしたもののようだ。Trinity Forceが昔書いたものと異なり、比較的よく描けている。さらに様々な注釈まで書かれており、何か人探しにでも使うであろうことを伺わせる。
そして女性が絵を書き上げると、何かを思ったかのように口を開く。
「さて、もしかしたら私たちの計画にこの方が必要になるかもしれないでしょう。問題はこの方を見つけられるかと、協力してくれるかだと思いますが、もしこの方が私が思う性格をしているのであれば、快く承諾してくれるでしょう。さて、明日、百合さんに頼みに行きますかー」
そして彼女は、パソコンの電源を落として、パジャマのズボンを脱ぎ、そこに人魚スーツを履いて眠りにつくのであった。
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