第5話 社長令嬢、探偵に依頼する

 その翌日の昼下がり、薄緑髪の女性はビルの中にある扉の前に立っていた。その扉には、「高嶺探偵事務所」と書かれている。


 女性が扉の隣についている呼び鈴を鳴らすと、少ししてゆっくりと扉が開いた。


「あっ、鳴海ちゃん! こんにちわー!」


 扉の向こうから現れた女性は、薄緑髪の女性――鳴海という――をひと目見てこう言った。

 ただ、開いた扉越しに鳴海と向き合っているその女性は、非常に背が低いように見える。小学生か何かと見間違えそうだ。鳴海と比べるとその身長差が非常に際立つ。

 そしてその女性は、鳴海のものよりちょっと濃い緑髪をしており、長い前髪が目を覆い隠している。しかし、後ろ髪は鳴海より短い。彼女は腰に届きそうなほどの長髪だが、女性は肋骨の下くらいまでだろう。


「百合ちゃん、こんにちは。ごめんなさいね、今日は遊びに来たわけじゃなくて」


「大丈夫大丈夫、ここしばらくはあんまり依頼が来なくてちょっと暇だったのよ。お金になりそうな依頼なんてぜーんぜん来なくて、今日ようやく猫探しの依頼が来たところなのよー。みつるさんによると、それももう終わって帰るところみたいだけど。とにかく、入って話をしましょ」


「それでは、おじゃまします」


 そして鳴海は、百合に先導されて高嶺探偵事務所の中に入っていった。


 鳴海がソファーに座ると、百合はその向かいにポテッと座った。


 事務所の中はきれいで広く、手入れが行き届いていることを感じさせる。

 入口から見て奥には、モニターが2台つながっているパソコンがある。それにつながっているマウスやキーボードはよく使い込まれており、先程の言葉とは裏腹に仕事の多さを感じさせる。

 その左にはきれいなキッチンが配置されている。IHコンロも流しも真新しく、パソコンとは逆にあまり使われてなさそうだ。

 キッチンよりさらに左を見ると、結構雑多にいろいろなものが置いてある棚がある。携わった依頼に関わるファイルや、所員の趣味の品などが置かれている。

 そして鳴海と百合が座っているソファーの近くには、大型のテレビが掛けられている。暇なときはここでテレビを見たりするのだろうか。

 最後に、入口奥のパソコンの近くには、布製の人魚スーツが掛けられている。それは、青色をベースに白や水色で柄が描き込まれている。ただ、買ってから長く経っているからか、所々ほつれたり糸が飛び出たりしている。


「それで、鳴海ちゃんの依頼ってどんなものなのかしら?」


 百合は、ちんまりと座った後、両手を組んでそれに頬をつき、鳴海にこう聞いた。すると彼女は、


「ちょっと、探して欲しい人がいるんですよ。この人です」


 と言って、持ってきたトートバッグから絵が描かれたA4用紙を取り出した。それには、昨日彼女が描いた「光の狐」の絵が印刷されている。


 それは、彼女が出会った「光の狐」の姿を、自分で記憶の限り描き起こしたものだ。流石に細部は異なる点が多いが、人探しをするには十分に見える。

 そして、その絵には数々の注釈が書き込まれている。

 頭を指して「髪色が結構自然に見える、地毛の色が金色?→」。

 首のあたりを指して「←首の辺りに何か光るものがある、ヒーロー活動のときにも隠しながら着けているとすれば、いつも着けている可能性が高い」。

 口の辺りを指して「声は結構高い、ボイスチェンジャーを使っているのでなければ女性だろう→」。

 胸のあたりを指して「←胸はまったくないように見える、サラシで潰しても多少は出るはずなので、本当に胸はまったくないのだろう」。

 足を指して「↑確か靴のデザインはこんなのだった。あまり良く見てなかったので参考にならないかもしれない」。

 その他にも様々な注釈が書かれていて、百合が「光の狐」を探す時の助けになりそうだ。


「ちょ、ちょっと待って!? この人って、『光の狐』だよね!? なんで探そうと思ったの!?」


 鳴海が持ってきた絵を見て、百合はとても驚いた。百合自身はダンジョンに行くことはないのだが、ダンジョン関連の掲示板はよく見るため、「光の狐」の存在は知っていた。もちろん、彼女に関する情報は少ないため、彼女を探すのは難しいことも分かる。


「そうですね……、ここはティザーサイトも出来たことですし、それを見せながら解説しましょう」


 鳴海はこう言ってスマホを操作し、その画面を百合に見せた。そこには、「Core Module 近日公式サイトオープン」と書かれている。


「これは……?」


「もう情報公開されたので言ってしまいますけど、私の父が経営する静寂しじまインダストリーでは、新しい商品であるCore Moduleを作っているんですよ。私はそれに協力する立場でして」


「へぇ~、教えてほしかった気もするけど、まぁ、守秘義務もあるだろうしね」


「それで、私はCore Moduleのキャンペーンガールとして活動しようとしているんですけど、父が許してくれなくて」


 鳴海がここまで言いかけた時、百合はいきなり思いついたように、


「ん? もしかして、そのCore Moduleって、鳴海ちゃんが昨日ダンジョンに持って行ってたやつ? 私その動画見たよ」


 と言った。


「はい、そうなんですよ。Core Moduleを使ってダンジョンで戦っていたところを撮られてしまいまして。動画まで投稿されてたみたいです」


「そりゃー、死者が多数出そうなイレギュラーに出くわして大立ち回りするって、動画どころじゃ済まないわよ。掲示板でもかなり話題になってたみたいだし」


「えっ、そうなんですか?」


「後で見せてあげるわよ。って、やっぱり龍一郎お父さんに怒られたんじゃないの? そんな危険な目に遭っちゃって。龍一郎さんって、ほら? 鳴海ちゃんのことを溺愛してるみたいだから?」


「もちろん、そんな目に遭ったらさっさと逃げないかって怒られてしまいました。でも、『私は静寂インダストリーの製品を信じて戦いましたよ』と言ったら、言い返しづらくなってしまったみたいです」


 2人は、互いにクスクスと笑いあった。


「それで、話を戻しますけど、父は私がキャンペーンガールとして活動するのに、『一緒にキャンペーンガールをしてくれる信頼できる冒険者を連れてこい』っていう条件を付けまして。でも、δ層で戦えるレベルの冒険者なんてそういないじゃないですか。いても普段のダンジョン探索で忙しいでしょうし。そう困っていたところに、『光の狐』が現れたんです。彼女でしたら、私の頼れる仲間になってくれるんじゃないかと思って、あなたに人探しを」


 鳴海のこの言葉を聞いた百合は、呆れた顔で右手で持った紙をヒラヒラさせながら、


「まぁ鳴海ちゃんのたっての依頼だし? もちろん探しはするけど……本当に承諾してくれるかな?」


 と言った。鳴海はそれに対して、


「もし『光の狐』が私たちが思う通りの方でしたら、多分一緒にキャンペーンガールをしてくれると思います。Core Moduleのいいところを伝えれば、多分」


 と、確信したような表情で返した。


 それから少しの間2人の間に天使が通った後、百合は、


「まぁ分かったわ。友だちのよしみで、『光の狐』へのプレゼンテーションの内容を一緒に考えてあげるわ。とにかく、彼女が見つかるまでは私たちに任せて。絶対見つけ出してやるから。……ところで、報酬はたんもりくれるんでしょうね?」


 と言って静寂を破った。そして鳴海が、


「もちろんです。おこづかいから十分すぎるくらい出せると思いますので」


 と返すと、百合は飛び上がって喜び、


「よし分かった! 私たちが絶対に見つけるからね! ……それはそうと、新作のBD、やっと届いたのよ~」


 と言った。


「新作のBDって、まさか……」


「そのよ! あの人魚系アイドルグループ・『Marine Princess』の1stライブのBD! 鳴海ちゃん、抽選に外れたって言ってたでしょ。ここで一緒に見よう! 満さん、こういうのになるとつれないのよー」


「ありがとう百合ちゃん! 大好き!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る