第16話 建前上はダンジョンへの初突入①

 そして1時になると、私たち受講者10人は、所員に連れられてマイクロバスに乗ることになった。私達はこのバスに乗って実地訓練を行うダンジョンへ向かうことになる。


 私の隣には、当然のように長門さんがいる。が、彼女は青ざめた顔でうつむき気味になっている。もしかして酔った?


「長門さん大丈夫? 酔ったんだったら外を見たほうがいいですよー」


 私がこう言って心配すると、彼女は顔を上げてから、


「いやいや我輩は車酔いはしないたちなので大丈夫ですが、実際にダンジョンへ行くとなるととても緊張してしまって……。それに、もし戦闘系のスキルを得てしまって戦う羽目になってしまったらどうしようかと……」


 と呟いた。確かに、私が初めてダンジョンに行った時も、自分が実際に戦うことを考えると結構緊張した。今となっては懐かしい記憶だ。それに、今戦うのは仕方ないにしても、今後とも継続して戦うことに恐れを抱いているんだろう。仕方がない。

 とにかく、今は彼女を元気づけなくては。


「まぁ、行くところは敵が弱いから大丈夫だよ。もし何かあっても私が守るし」


「え~? そなた、一度ダンジョンに行ったことがあるような口ぶりですなぁ~???」


 あっやべ、変なこと口走っちゃった。ここはなんとかごまかさなければ……。


「いや~、私、剣道部で、戦いには自信があるんだ。だから、最悪私の後ろに隠れていればいいと思うよ」


「なるほど、剣道部……。実戦とは程遠い気がしますが、助けがないよりはだいぶんマシでしょうな。頼らせていただきますぞ」


 なんかこの人、言葉の端々がちょっとトゲトゲしている気がするなぁ。まぁ、そういうのも個性っていうものだね。


 そうこうしているうちに、私たちの乗ったマイクロバスはダンジョンの前に止まった。そのダンジョンを覆っている建物は普通のビルって見た目だ。まぁ、都会にある典型的な建物だね。


 バスに同乗していた小南さんはマイクを取り、


「それでは、5人グループに分かれて実地訓練を行います。それでは……、ちょうど左右で分ければ5人づつですね。では、それで分かれましょうか。車両右側の方たちは、私のあとについてきてください」


 と言った。おっ、長門さんと同じグループだね。これは良かった。


「おぉ、御剣殿は我輩と同じグループですな。よろしくお願いいたしますぞ」


「よろしくね、長門さん」


 そして私と長門さんは、一緒にマイクロバスを降りた。


「建物の中に入って左側に、講習用の更衣室があります。そこに入ると、講習用に貸与する防具と武器庫があるので、着ていってください。防具はサイズ除けば全員共通ですが、武器は好みのものを選べる形になっています。それでは、こちらに」


 こう言う小南さんについていって建物の入口をくぐると、そこにはたくさんの冒険者がいた。斧を担いでいる人、先端が光る杖を持っている人、なんかメカメカしい剣を背中に担いでいる人……。とにかく大勢の冒険者がやいのやいのと大騒ぎしている。いつもはこんなところ、イレギュラー発生時しか見ないから分からなかったけど、平時になるとこんなに騒がしいものなんだなぁ。こんな平和を守るためにも、私が強くならなくちゃいけないし、Core Moduleを流行らせないといけない。


「お、おぉ、めちゃくちゃ人がいますなぁ……」


 長門さんは建物に入るやいなや、私の袖を掴んでとても萎縮している。これがいわゆる「陰キャ」というものなのだろうか……。これは色々難儀してしまうなぁ。


 入口からしばらく歩くと、「更衣室(講習用)」と書かれた扉が見えた。小南さんが首に下げているICカードを扉の横にある機械に読み込ませると、扉が勝手に開いた。なるほど、ここは講習でしか使わないから勝手に他人が入り込んだり出来ないようになってるのね。歩いている最中にちらりと見えた普通の更衣室は扉がなくて勝手に入れるようになってたし。


 講習用の更衣室に入ると、そこにはいろんな武器や様々なサイズの防具が保管されていた。

 武器は剣・刀・槍・棒など大体の近接武器が並んでいる。他に置いてあるのは弓くらいだ。銃は危ないし弾が高いし、杖はそもそも魔法系のスキルがないと使えないので置いていないのだろう。

 そして防具はサイズは色々とあるものの、そのデザインは画一的だ。なんかテレビのワイドショーで、こんなベストを着ている特殊部隊員が任務にあたっているところを見たことがある。胴体・首・腕・脚をほぼ覆っているが、関節部は露出していたり軟質素材で作られていたりして動きをなるべく阻害しないようになっている。それに、かっちりとしたヘルメットと視界の広いゴーグルが付いてくる。やっぱり、素人がダンジョンに挑むってことだし、これくらいの防備は必要よねー。


 私は丁度いいサイズの防具を選んで着て、武器庫からは刀を手に取った。品質はさほど良いわけではないが、悪いわけでもない。ってか、講習で様々な人の手に渡ったにしては、傷も少なくきれいな方である。まぁ、α層の上階にいるモンスターしか倒してないからもあるだろうけど。


 横を見ると、長門さんは既に防具を着ており、手には長槍を持っていた。それは危なくないように天井に向けられている。


「へーっ、長門さんは槍を選んだんですね」


「そりゃあね、α層の上階とはいえ、モンスターは怖い存在ですからな。なるべく遠距離から倒したいのですが……。我輩は弓を使ったことがなく……、仕方なく槍を手に持った次第であります」


「うん、それはいい選択だと思いますよ。私、どっかのテーマパークで弓道の体験をしたことがあるんだけど、全然当たらなくて……」


 私がこう言うと、長門さんは「それはそうですよねー」と言わんばかりにちょっと苦い顔をした。ってか、ここに弓を置いても、受講者にはスキルによる補助なんてないだろうし、弓道かアーチェリーをやったことがある人しか使えないよな……。いや、逆にそういうのをやったことある人ならいいのか?


 武器と防具の準備が終わった私たちは、更衣室の出入り口近くで待っている小南さんの前に立った。彼は白く光る宝石が先端にはめ込まれた長い杖を持っているが、服はスーツのままだ。まぁ、彼がどれぐらい戦えるかは知らないが、少なくともα層なんぞ楽勝、といった感じなのだろう。


 そして少し待つと、他の受講生もやってきた。彼らが手に持っている武器は、長剣・短剣を二本・斧……。特殊部隊みたいな防具を身に着け、ファンタジーみたいな武器を手に持った面々……。ちょっとミスマッチな気がするが、これもダンジョンの日常風景なのだろう。


 小南さんは、グループの全員が集まったことを確認すると、


「皆さん準備ができましたね。それでは、これからいよいよダンジョンへの中と移動します。ダンジョンの中には他の冒険者もいますので、適宜挨拶をば。一応、モンスターを倒す場所は決まっており、そこには他の冒険者が入らないようになっています。それでは皆さん、移動しましょう」


 と言って、更衣室を出ていく。私たちも彼に続いて更衣室を出る。


 私たちが更衣室を出ると、小南さんは一旦カウンターの前で止まり、


「一応言っておきますけど、このセーフエリアには様々な施設があります。こちらが総合受付、困ったことがあればそこにいる人に聞いて下さい。そしてこちらが簡易素材売却所、ダンジョン内で取れた素材のうち、売り先に困るものはこちらでお売りください。まぁ、大抵の冒険者はここを使うことになるでしょうが。で、その横にあるのが鑑定所、関東圏内では10人ちょっとしかいない鑑定スキルを持った人が、所持スキルなどの鑑定を安価でしてくれます。講習が終わった後にでも鑑定してもらうといいでしょう。最後に、この部屋の角にあるあの施設は、売店です。持ってくるのを忘れたものなどは、ここで買ってください」


 と、セーフエリアにあるいろんな施設の解説をしてくれた。私はあまり気にしてなかったけど、いろんな施設があるもんだなぁ。いつか使うかもしれないし、覚えておこう。


「それでは、皆さん、これからゲートをくぐりますよ。私についてきてください」


 小南さんはこう言うと、首から下げている名札を、ゲート――ダンジョン入口の前にある、大きな自動ドアのようなものだ――の横にいる係員に見せる。すると、係員は眼前にあるパソコンを操作し、ゲートを開いた。さて、全力で「ダンジョンに初めて入った人のふり」をしますか。


「おおおおおおぉおぉぉおおぉおお……」


 あっ、長門さんが私の腕を掴みながら震えている。……これは前途多難だなぁ。

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