第14話 最終手段

 最後の命題、奈々さんを「青い海の伝説」仕様の恋愛判定機にかけるには、どうすればいいか?

 一番簡単なのは、奈々さんが私の部屋に来た時に奈々さんを部屋に泊めて、奈々さんの頭にヘッドギアをかぶせるという方法であった。

 だが、最近の奈々さんは私の部屋の掃除に来ても泊っていかなくなったので、奈々さんをどうやって泊めるか?

(それには、奈々さんに大好きなワインを飲ませるしかないな)

 と私は思った。

 

 大学に設置されたブレイン・マシン・インターフェースは、改良に改良を重ねた結果、今では1トン以上の重さになっていた。これを大学から私のアパートに運ぶのは不可能なので、脳波自体を無線LANで、ブレイン・マシン・インターフェースに飛ばそうと考えた。

 今のネットの技術で、そういうことができるか?

 

 そのようなコンピューター関連の知識は、C男が最も詳しかった。なにせC男は、D子と『お医者さんごっこ』をする一年も前からパソコンを操作していたということだった。

 私はC男に研究室に来てもらい、脳波を無線LANで飛ばせるか、飛ばせないかの相談をした。

 C男の見解は、『絶対に無理です』であった。


「河村さん、それよりこの機械に、性差は出ないのでしょうか?」

 C男がそう言うので、私は、

(性差か、あり得るな)

 と思った。

 「タイタニック」では男が犠牲になり、「青い海の伝説」では女が犠牲になる・・・映画もドラマもそう設定されているのは、それが一番つじつまが合うからである。

 恋愛判定機に性差が出るかどうか?

 私は、早速それを確かめることにした。

 

 科学者として大切なことは、人の意見を聞いて、可能性があることはすぐに試すことである。


 私とC男は交代で、「青い海の伝説」仕様の恋愛判定機にかかった。

 

 私の結果は・・・奈々さん目掛けて飛んで来た銃弾の盾になり、私はその弾に当たって体が後ろに吹っ飛んだ。

 

 C男の結果は・・・D子の前で仁王立ちになり、C男は武蔵坊弁慶のように立ち往生した。

 立ったまま死ぬ、体がでかい彼にとって、それは最もふさわしい死に方であった。


 これで恋愛判定機に、「性差」は出ないことが分かった。


 C男にいつも影のようにぶら下がっているD子は、その日も一緒だった。

 D子は、私とC男が議論している、

(奈々さんにどうすれば「青い海の伝説」仕様の治験を受けさせられるか?)

 という話を聞いて、

「いっそのこと、奈々先輩をだましてしまいましょう」

 と言った。

「だます?」

 私がそう言うと、C子は、

「二か月前までやっていたイブニングセミナーを開いて、私たちに、奈々先輩とエメラルダス先輩から脳の機能や神経の役割について話してもらいましょう。

 夜の十時くらいになって少しお酒が入ったら、奈々先輩、いつもあのリクライニングチェアで仮眠をとっていたから・・・そしたら奈々先輩を恋愛判定機にかけられるでしょう」

 なんというアイデアというかだまし! 私はその手段に感心した。


 「イブニングセミナー」とは、多くの研究室で行われている学生だけの勉強会で、ドクターやマスター2年の上級生が、その年新たに研究室に配属された卒研生に、研究の進め方について話したり、輪講をして、後輩の知識を増やすと共に、仲良くなるためのセミナーである。

 

 そのセミナーでは、ピザを食べたり、ビールを飲むことも許されていた。

 奈々さんの場合は、「銀だこ」とワインであったが・・・


「今年の卒研生は、C男とD子とZ郎か、でも、Z郎はバイトがあるかもしれないね」

 私はそう言って、Z郎のことを思いやった。


 Z郎は母子家庭の子で、高校までは新聞配達のアルバイトをしながら、コツコツ勉強して京阪大学に入った苦労人だった。彼は銀河鉄道スリーナインの星野鉄郎を思わせるブ男で、夢しか持たない貧しい学生だった。Z郎は大学に入ってからは、毎日、午後七時からコンビニでアルバイトをしていた。

 

 すなわちZ郎は、同じ研究室にいるA君の対極にいるような学生であった。

 

 奈々さんと私は、Z郎が「お茶の水研」に配属された当初から、

「Z郎君がちゃんと大学を卒業できるように、出来るだけ援助しようね」

 と話していた。援助すると言っても、彼にお金を渡すのは彼を惨めな気持ちにさせるだけだから、それ以外のことをやってあげていた。


 『卒研についたら、夜のバイトは禁止』という、どこの研究室にもある決まりも、Z郎だけは大目に見てやろうというのが「お茶の水研」の合意であった。

 奈々さんもZ郎を可愛がっていた。奈々さんはZ郎の頭に触りながら、ヘッドギアの採寸を何度もしてやり、ヘッドギアへの電極の配置は原則本人がするところを、バイトに行ったZ郎の代わりに奈々さんがしていた。


 男の嫉妬とは恐ろしいものである。

 この頃、アパートに来ても泊まらなくなり、恋愛判定機の結果を「どうせ、夢でしょ」と吐き捨てるように言った奈々さんに、私は、

(誰か好きな男でもできたのか?)

 と疑いの目を向けるようになった。

 

 その点、Z郎は、『年下、ブ男、貧乏学生』という、奈々さんが好きになる三要素を兼ね備えた男であった。


 D子が奈々さんに電話して、次のイブニングセミナーは、明日の午後八時からやることに決まった。エメラルダス先輩は用があるらしく、来られないということであった。

「河村先輩がいたら怪しまれるから、河村先輩はアパートで待っていてください」

 私は、D子の指示に従うことにした。

(いよいよ、明日決行か)

 私は一抹の不安を覚えながら、明日を待つことにした。

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