第16話 1 ppm

 気が付くと私は、しゃがんだままの奈々さんと抱き合って泣いていた。

「もう大丈夫みたいだね。僕たちは引き上げるか」

 キャプテン・ハーロックがそう言って、エメラルダスの肩に手をやった。


「エメちゃん、なぜ、ここにいるの?」

 奈々さんがそう聞くと、エメラルダス先輩が、

「D子ちゃんから携帯に電話があってね。大変なことになりそうだから、できれば研究室に来てほしいって。たまたま近くのレストランで彼と一緒にいたから、間に合ってよかったわ。

 実はね、先週の薬学部の教授会で、けん君に博士号が下りることが決まったのよ。それで今日は、二人でお祝いをしていたの。

 イブニングセミナーに来られなくて、ごめんね」

 

 私は、キャプテン・ハーロック先輩に、

「健介先輩、おめでとうございます。それから、本当に有難うございました」

 と、お礼を言った。


 気が付くと、C男とD子もそこにいた。

 

 C男はお茶の水教授に電話したそうだが、教授は、

「『夫婦喧嘩は犬も食わない』と言うから、ほっときなさい。

 あの二人は喧嘩した方がいいよ。

 人間同士は機械と違って、ちゃんと口に出して言わないと、分かり合えないということが分かるだろう」

 と言って、取り合ってくれなかったそうであった。


 私と奈々さんは、C男とD子にもお礼を言って、引き上げてもらった。


「今、三か月だって。昨日病院に行って、確かめてもらったの」

 私の大好きな奈々さんがそう言った。

(三か月と言えば・・・あの糸島のホテルでできた子か)

 と、私は思った。


 その昔、おじいちゃんの妹の尚江さんがお腹が大きな状態で結婚式を挙げることになったので、私は両親から、そうならないように注意されていた。

 そのため私は、奈々さんに基礎体温を測って排卵予定日をカレンダーに書いてもらって、愛し合うときは、その日から離れた日に必ず市販の避妊法を三つ組み合わせて使っていた。

 糸島のホテルに泊まった日も、奈々さんの排卵予定日ではないはずだったけど、避妊はちゃんとした。


 それぞれの避妊用具や避妊薬にはどれも、「これ一つで、99 % 避妊できます」と書いてある。それを三つ組み合わせても妊娠する確率は百万分の一、すなわち1ppm。 

 

 百万回しないと子供ができない確率である。

 

 そんなあり得ないことが起こったのは、私のおじいちゃんと奈々さんのおばあちゃんの怨霊おんりょうによるものとしか思えなかった。二人ともまだ生きているので怨霊とはいえないが、六十年の歳月をかけた恋の情念の強さと深さを私と奈々さんは思い知らされた。

 

 私と奈々さんは福岡市内で「両家顔合わせ」をして、その日に入籍することになった。

 もちろん糸島と若松から福岡市に、車いすごと人を運べるタクシーを手配した。



 これはフィクションであり、実在する個人や団体とはいっさい関係ありません。

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