第8話 九州旅行(その4)

 おじいちゃんを老人ホームに訪ねた夜、私と奈々さんは、おばあちゃんの家の近くにある「ホテルAX福岡糸島店」に宿泊した。そこは朝食のバイキングをお腹いっぱい食べても、一人五千円で泊まることができた。

 

 ホテルで朝食を済ませて、奈々さんの実家がある若松に向かう前に、私と奈々さんは、おじいちゃんとおばあちゃんのところに挨拶に行った。

 

 老人ホームの面会室でおじいちゃんに会うと、おじいちゃんは、

「若松に行くとや。わしも行きたかばってん、こげん体になっとうとを奈美ちゃんには見せとうなかもんね。奈美ちゃんに、ごめんっち謝っちょってな。

 六十年前、奈美ちゃんが白いパンツ見せてくれたとき、本当言ってわしは奈美ちゃんにハメたかったけど、ハメられんやったからな・・・」

「おじいちゃん、そぎゃんこつ言わんごとして」

 私にはなぜか、九州弁がうつっていた。


 おばあちゃんは、「糸島高校前駅」で私たち二人を見送ってくれた。

 と言っても、おばあちゃんの家から駅までは三分もかからないので、散歩がわりだったのかもしれない。

 駅までの道を歩きながら、おばあちゃんが、

「両家顔合わせは、いつ、どこでやるの?」

 と聞くので、私は、

「何、それ?」

 と言ってしまった。

 

 おばあちゃんは、

「昔はね、プロポーズしてOKがもらえたら、それぞれのご両親に会って結婚の許可をもらい、それから『両家顔合わせ』と言って、両家の親御さん同士を会わせていたのよ。結婚相手の家がまともだったら、それで両方の親は安心するでしょう。

 あなたたちは、ひいおじいちゃんやひいおばあちゃんのその上の世代、そうね、百年前もお友達同士だった家だから、それは必要ないかもしれないけどね。

 そしてお仲人を決めて、九州では『嫁もらい』をやって、結納や婚約式をして、それから結婚式というように段階を踏んでいたのよ」

「どうしてそんなことをしていたと思う?」

 これには私も奈々さんも答えようがなかった。

 

 おばあちゃんは、

「これはみんなならわしで、本当にしないといけない事は、何一つないんだけどね。新郎新婦に、『こんな面倒くさいことをしないといけないなら、二度と結婚式なんかしたくない』と思わせるためよ。つまり、離婚防止策ね」

 と言った。私と奈々さんは、おばあちゃんの言うことをなぜか納得した。


 糸島高校前駅から若松の深町へ行くにはいろんなルートがあるが、一番早いのは、筑肥線で博多まで行って山陽新幹線に乗り換えて小倉に行き、タクシーを使うかレンタカーを借りて、車で若戸大橋を渡るか若戸トンネルをくぐって若松に行くというルートであった。

 私たちは新大阪への帰りも小倉駅から新幹線を使うので、小倉まで行ってレンタカーを借りることにした。


 新幹線こだまの中で奈々さんが言った。

「ユウちゃんのおじいさん、とんでもない人だね」

「ごめん、奈々さんのおばあちゃんのことで、とんでもないことを言って」

 私がそう言って謝ると、奈々さんは、

「そうじゃなくて、とんでもない発想力と好奇心を持っているってことよ。さすがに材料工学や環境科学の分野で有名になっただけのことはあるわ。

 それに、本当は優しい人よ。私のおばあちゃんが本気で好きになったのが分かるし、もしも若い頃のあなたのおじいさんがいたら、私もユウちゃんじゃなくて、おじいさんの方を選ぶわ」

 私にとっては散々であったが、私は相手がおじいちゃんなら仕方ないと思った。


 私は小倉でレンタカーを借りて、奈々さんと一緒に若松に行った。

 若松の小田山にある奈々さんの実家で、飲めや歌えの大歓待を受ける前に、私は、

「私は、河村雄介と申します。娘さんを私に下さい」

 と、奈々さんのご両親にちゃんとご挨拶をした。

 

 奈々さんのお父さんは、奈々さんのおばあちゃんが産んだ息子で、それまで続いていた、いわゆる女腹による婿養子ではなかった。奈々さんにも弟が二人いるので、私のおじいちゃんと奈々さんのおばあちゃんの結婚をはばんだ婿養子の慣習は途絶えていた。

 婿養子だった奈々さんのおばあちゃんの旦那さんは、十年前に他界していて、奈々さんのおばあちゃんも車いす生活をしていた。ただし、奈々さんのおばあちゃんは、バリアフリーに改装した自宅で生活していた。


「ユウちゃんのおじいちゃん、私のことを若い頃のおばあちゃんと見間違えて、泣いてたよ」

 奈々さんがそう言うと、奈々さんのおばあちゃんは、

「尚ちゃんのお兄さん、元気にしていましたか?」

「誰が尚ちゃんのお兄さんよ、ユウちゃんのおじいさんでしょ! ユウちゃんのおじいさんもおばあちゃんと同じ、車いす生活よ。そうだ、ユウちゃんのおじいさん、『六十年前に奈美ちゃんと一緒になりたかった』って言ってたわ」

 

 奈々さんがそう言うと、奈々さんのおばあちゃんの目から涙が溢れてきた。


(セックスどころか、キスもしていないのに、六十年前の人のことを思って泣けるなんて、この人たちは、どんな恋をしていたのだろう?)

 私は二人に感心し、その時代に思いをはせた。


 私と奈々さんの結婚式の日取りを決めるのは、とても簡単だった。私の両親の都合のいい日から奈々さんのご両親も都合がいい日を選ぶだけだった。

 そしてその日は、来年の三月二十六日に決まった。

 それは京阪大学の卒業式の翌日で、その日だったら、大学の友達はまだ大阪にいるはずだし、私の就職が内定している会社の人達をほとんど招待しなくていいからであった。

 

 結婚式場は、「都ホテル京都七条」にした。これは、両家の親族や高校時代までの友達がいる「鎌倉や東京」と「若松や小倉」の中間地点だからである。もちろん大阪在住の仲間も来やすい場所であった。


 若松にいる奈々さんのご両親に会って、決めないといけなかった結婚式の日取りが決まると、私と奈々さんは、「恋愛判定機」についておじいちゃんが提案したことを確かめたくなり、お茶の水教授からいただいていた一週間の婚前旅行を早めに切り上げて、大学に戻ることにした。

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