第12話 治験(その2)と思ってもいなかった映像
二人目の治験者は、奈々さんの一つ年下の医学部の院生で、彼女は研究室のアイドル的な存在だった。
彼女は栗色の長い髪がよく似合う、「クイーン・エメラルダス」を思わせる美人だった。左頬に傷があれば、まさに「クイーン・エメラルダス」なのだが、残念ながら彼女の頬に傷はなかった。
奈々さんが言うには、『エメちゃん(彼女)には薬学部の博士課程に在籍している恋人がいて、彼のためにお弁当を彼の研究室に届けるのを日課にしている』ということであった。
B子さん(本当は、その美しい顔に似合ったキラキラネームだが、治験者は本名を伏せ、記号で表すことになっているので、こうしておく)に奈々さんがヘッドギアをかぶせて、
「エメちゃん、どうせ夢なんだから、どんな結果が出ても気にすることはないわ」
と言った。
恋愛判定機には、「これは夢だ」と思わせないための仕掛けが施してあるが、奈々さんはそのことには触れなかった。
B子さんの治験結果の映像は以下のような、涙なしでは見られないものであった。
B子さんは、彼氏が
「
健君は、『僕は、世界を救う博士になる』って言ったじゃない。私はあなたが「博士」になるのを楽しみにしていたのよ。
そして、博士になった健君のことを、ずっとずっと支えていこうと思っていたわ。
でも・・・わ、私の目は、もうかすんできて、あなたがそうなるのを見られそうにないけど、き、きっと、く、雲の上で、あなたが立派に目的を果たすのを、み、見ているわ」
そう言い終わると彼女は、握っていた彼氏の手を放した。
彼女の栗色の長い髪が海面で大きな輪になって広がり、それはすぐに落ち葉をはく
「なんだ、予想通りじゃないか、面白くない」
私がそう言うと、奈々さんは、
「それだったら、こんな機械、いらないじゃない」
と言った。
次の治験者は、京阪大学の「お茶の水研」に今年配属になった、C男とD子のカップルだった。D子はファニーフェースのコロコロした感じの小柄な女の子で、C男はがっちりした体格の男の子だった。二人が研究室に来るときは、いつもD子がC男の腕にぶら下がって入って来るような感じであった。
C男とD子は家が近く、生まれた病院も同じという、不思議な縁で結ばれていた。幼稚園に入ると二人はすぐに『お医者さんごっこ』をして、将来を誓い合った。
しかし高校に入学した直後、D子は他の男に告られて、その男と付き合い始めた。それでもC男は、ひたすらD子のことを思っていた。
やがてD子を誘惑した男が他の学校に転校していなくなったので、C男とD子はよりを戻し、それまで以上に仲良くなった。
C男の映像は私と同じで、筏の上で泣きじゃくるD子を見ながら、C男は海の中に消えていった。
問題は、D子の映像であった。
映像の中でD子は、初めの内はC男と筏を譲りあっていたが、やがてD子は筏に乗り、C男が海に沈んでいくのを泣きながら見送った。
悪夢を忘れさせるために楽しい夢を見せるには、インターフェロンが分泌する箇所を刺激するだけで、どんな夢を見せるかという設定はしていない。
D子が見た楽しい夢は、C男と北海道旅行をしている夢だった。その夢の中でD子はC男の腕にぶら下がり、摩周湖の「中島」を見て、はしゃぎまわっていた。
私は、タイタニックの設定では、C男もD子も相手を助け、自らは海に沈んでいくものだと思っていた。しかし、D子は違っていた。そして、その後に見た楽しい夢との矛盾・・・この謎を解明しない限り、恋愛判定機は完成したとは言えなくなる。
恋愛判定機に映っていた映像を公にするのは、恋人同士の仲を裂くことになりかねないないので、やってはいけないことである。二人の仲を探るのも、慎重にやらなければならない。
そこで私は、C男にそれとなく振ってみた。
「C男君、デカプリオの『タイタニック』は、観たことある?」
するとC男から、D子が夢の中でとった行動の疑問がたちまち解ける返事が返ってきた。
「あの映画、D子が大好きでね。特にデカプリオが演じるジャックが凍って海の中に沈んでいくシーン、僕はビデオで、いやという程あのシーンを見せられましたよ。
そしてD子は、『こんなことが起こったら、C男は私のために犠牲になってくれるかしら?』と聞くんですよ。犠牲にならないなんて言える訳ないですよね」
これは刷り込み効果というものである。D子のC男に対する気持ちは「タイタニック」仕様では判定できず、「青い海の伝説」の設定が必要だということが分かった。
私は、まだ恋愛判定機にかかっていない奈々さんに、治験者になってほしいと申し入れた。
「私は、いやよ」
奈々さんはそう言ったが、
「僕もやったのだから、お願いします」
と何度かお願いすると、
「そうね、私もどういう行動を取るか見てみたいからね」
と言って、恋愛判定機にかかった。
その結果、奈々さんは筏の上で泣き叫びながら、海に沈んでいく私を見送った。
治験結果の映像は本人には見せてはいけないことになっていたが、奈々さんが『どうしても』と頼むので、私はそれを彼女に見せた。
奈々さんは、私が海に沈んでいく映像を見て、
「どうせ夢でしょ。私、二度とこの機械にかからないからね」
と言って、研究室を出て行った。
(これはどういうことだ? 「タイタニック」の音を集めて編集するくらいでは、刷り込み効果は起きないはずなのに・・・奈々さんは筏の上で泣き叫んでいたから、そこは、海に沈んでいく彼女さんを笑いながら見送ったA君とは違うのだけど・・・)
私はそう思い、急いで「青い海の伝説」の設定を準備した・・・それがもっと恐ろしい結果を示すことも知らないで・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます