第11話 治験(その1)

 お茶の水教授は、パ ソコンに録画されていた映像を見て、

「完成したようだね。早速コーディネーターに来てもらおう」

 と言って、どこかに電話していた。

 

 教授が電話をかけた相手は、「産学共同開発室」で、大学発ベンチャーを担当する部署であった。その部署には、企業の研究所や特許室にいた人で定年退職した人や、会社のそう言った部門にいた人で出世の道を断たれて会社を辞めた人が、大学の非常勤職員として在籍していた。


 十分ほどしてお茶の水教授の部屋にやって来たコーディネーターは、佐々木という人だった。

 

 佐々木コーディネーターは、「恋愛判定機」の映像を見て、

「これは、他のものにも使えますね」

 と、言った。

「それは、どんなものかね?」

 と聞いたお茶の水教授に、佐々木コーディネーターは、

「例えば、『うそ発見器』みたいな使い方ができますね。警察が犯人とおぼしき人を捕まえても、証拠がなくて口を割らなかったら、その内に釈放されるでしょう。

 この装置を使って仲間と強盗に入った夢を見させて、隠したお金や埋めた遺体がどこにあるかが分かったら、逮捕できますからね。夢そのものは証拠になりませんが、発見された金品や遺体は証拠になりますからね」

 これには私も、「なるほど」と思った。


 早速特許を取ることになり、どういうレベルのベンチャーにするかが教授と産学協同開発室の間で話し合われた。それは、機械として売り出すか、大学内にベンチャー企業を立ち上げるかという議論であった。

 これまで大学発ベンチャーとしてもてはやされた企業も、その九割が二年以内に消滅しているので、最近では大学も大学発ベンチャーには消極的になっていた。


 そんなお金儲けの話より、私は「恋愛判定機」の治験をやりたくなった。

お茶の水研究室に所属している卒研生や大学院生は、みんな自分専用のヘッドギアを持っているので、すぐにでも治験は可能であった。

 「恋愛判定機」には治験に協力してくれる学生の彼氏や彼女の「声」が必要だが、これは携帯電話で一言か二言、話してもらえば、これを録音して、後は生成AIがどんな会話でも合成してくれる。


 まずは、プレーボーイを自称しているA君。

 彼は隣の町で一番大きな総合病院の理事長兼院長の長男で、医学部の学生だった。

 A君は頭もよければ顔も良く、京阪大学の近くにある二つの短大の短大生や、「四菱銀行」や「みずは銀行」の女性銀行員を、とっかえひっかえして遊んでいた。

 

 彼は一穴主義の雄介をある意味尊敬していたので、治験に応じてくれた。

「先ずは彼女の声を装置に取り込みたいから、彼女と携帯で話してくれる?」

 私がそう言うと、A君は携帯の電話帳を私に見せて、

「どれにします?」

 と言った。

 私は、「誰に」ではなくて「どれに」と言ったA君の言葉から、彼は女性を人間としてではなく、射精の道具としてしか扱っていないのではないかと思った。

 

 彼の携帯電話の電話帳には男の名前がずらっと並んでいて、女性と思われるのは、「千草」という教育学部にいる彼の妹と「奈々先輩」の二人だけであった。

 A君が研究室のゼミに出てこない時は、いつも奈々さんが

「何、寝ぼけてんの。今日はゼミよ」

 と電話していた。

 そして「先輩」という呼称がついていることから、A君と奈々さんが変な関係でないことは明らかだった。それに奈々さんは、こんなタイプの男が大嫌いだった。


「男ばかりじゃないか」

 私がそう言うと、A君は、

「彼女の携帯の番号を本人の名前で登録する男がどこにいますか? 寝ている間に、携帯のアドレスチェックや通話履歴のチェックをされたらヤバイでしょ」

 と言った。私は、こいつは俺と住む世界が違うのだと思い、

「とにかく、直近まで付き合っていた彼女に電話してくれ」

 と、A君の携帯をスピーカーモードにしてA君に電話させて、A君の彼女の声を装置に取り込んだ。


 A君の「恋愛判定機」の治験結果は、火を見るより明らかであった。


 A君の見た夢は・・・

 A君はいかだに泣いてすがり付く彼女の手を振り払い、冷たい海に沈んでいく彼女を、彼は筏の上で笑いながら見送った。

 

 フェリーが転覆したのは彼の責任ではなく、彼が筏を独占したのは誰にも見られていない。

 

 おそらく彼は夢の中で、

(これで口うるさくてやきもちやきの女と、あと腐れなく分かれられる・・・)

 とでも思ったことだろう。

 

 私はこんな男でも、「思ってもいない、とんでもないこと」が彼の身の上に起こったら、大化けするかもしれないと思い、それを願うだけであった。

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