第6話 九州旅行(その3)

「そげんね。奈々さんは奈美ちゃんの孫娘ね。どおりで、よう似とー。ところで、大阪からどげんしてここまで来たと?」

 私のおじいちゃんが流した涙にもらい泣きしそうになっていた奈々さんが、気を取り直しておじいちゃんの質問に答えた。

「はい、新幹線で博多まで来て、そこで筑肥線に乗り換えておばあ様の家によって、車を借りてここまで来ました」

「そげんね。なして来たと?」

 

 私は、意味不明な言語は奈々さんに任せないといけないと思った。


 奈々さんが、

「はい、私たちの研究室で開発しているブレイン・マシン・インターフェースの使い方に関して、おじい様が経験したことをお伺いしたくて来ました」

 と言うと、おじいちゃんは、

「ブレイン・マシン・インターフェースてな」

 と言った。

 

 私がその装置の仕組みを何も知らない年寄りにどう説明すればいいのか考え始めた時、おじいちゃんが、

「その脳と機械をつなぐ装置ば使うたら、頭の中で考えたことや思ったことを機械がしゃべってくるるとね?」

 と言った。私は愕然がくぜんとして、改めておじいちゃんのすごさを知った。


 全くもって専門外なのに、装置の名前を聞いただけで、それをどう使おうとしているのかまで分かるとは・・・私は、自分のおじいちゃんながら、この人は「ただ者ではない」と思った。

 実際に、私と奈々さんがいる研究室のお茶の水教授のライバルとして知られている「中洲産業大学」の田森教授と「すすきの産業大学」の敷島博士が、頭の中で考えたことをしゃべってくれるブレイン・マシン・インターフェースの開発にしのぎを削っているのである。

 

 私はこれから先は自分の出番だと思って、奈々さんに変わっておじいちゃんに話しかけた。

「僕の研究室で、寝ている間に見る夢を映像として記録できるブレイン・マシン・インターフェースを開発したのです。

 僕はそれを使って半年前に、人間は寝ている間に見たいくつかの夢の中で、最後に見た夢しか覚えていないということを証明したのです」

「そぎゃんこつ、昔から言われとったじゃなかか。ばってん、それが証明できたのはすごかな。それで、論文ば書いたか?」

 おじいちゃんがそう聞くので、私は、

「はい、僕が最初に書いた論文が『夢の順番と覚えている夢』という論文で、それで僕は学会から奨励賞をもらいました」

「そりゃ、たいしたもんや」

 おじいちんは、本当にうれしそうな顔をした。


「雄介の彼女、奈々さんっちいったかいな。あんたたちゃお互いに、すいとーとじゃろう?」 

 おじいちゃんがそう言うので、私は奈々さんに言葉の意味を尋ねた。

「奈々さん、九州弁の『すいとー』は、どういう意味ですか?」

「『すいとー』は好きという意味で、嫌いなことは『すかーん』って言うのよ。でもあなたのおじい様の九州弁は、博多弁と熊本弁がごちゃ混ぜになっているのね」

 奈々さんがそう言うと、おじいちゃんは、

「そりゃしょんがなか。福岡と熊本に四十年ずつおったからな」

 と言った。


 おじいちゃんが言った言葉の意味が分かった私が、

「今回九州に来た目的の一つは、奈々さんのご両親に会って、結婚式の日取りを決めるためです」

 と言うと、おじいちゃんは、

「そぎゃんこつね。わしはこぎゃん体になって、雄介の結婚式には出られんかもしれんけど、結婚はできるだけ早よした方がええな。

 わしもおばあちゃんも、ひ孫の顔をみとーなっちょるけんな。

 それに昔のわしんごと、『博士になるまでは結婚せん』ち言うちょったら、泣かすおなごの数が増えるだけじゃからのう」

 と言った。私は九州弁に少し慣れてきたので、いよいよ本題の熊本地震のことをおじいちゃんに聞くことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る