唐揚げ弁当

 入念な手洗いが推奨される昨今である。石けんを泡立て、指の間まで丁寧に塗りたくり、流水で洗い流す。水気を乾いたタオルで拭き取れば、隣で高らかに電子音が鳴った。

 一仕事を終えたレンジの扉を開き、湯気を立てるそれを取り出そうとする。しかし十分に暖められたそれは気安く触らないでと熱を指先に伝えて、私は思わず手を引っ込めた。しかしそれでめげることはない。

「あつ、あつ」

 爪の先でプラスチック容器の両端をつまみ、情けない声をあげながらテーブルへと運んでいく。そこには既に冷えた缶ビールが濡れた姿でたたずんでいて、銀色の皮膚を艶やかに輝かせていた。

 椅子に座り、目の前に置いた唐揚げ弁当を見下ろす。熱で蓋にぺったりと張り付いたナイロンをゆっくりと剥がし、脱がせていく。すると閉じ込められていた湯気が、あのカロリーの高い匂いとともにむわりと、立ち上った。あの食欲をそそる匂いを嗅いだ瞬間、私はいてもたってもいられなくなって、熱さを気にせずに透明な蓋を躊躇無く開ける。温められ、熱を孕んだそれを眺めながら、コンビニバイトがお箸とお手拭きおつけしますねーと言いながら袋に入れてきたそれを取り出し、ぱきり、と快音を立てて割った。そして手を合わせ、いただきますと呟くのである。

 ひとつ、それをつまむ。

 一口大に切った鶏肉に小麦粉を軽くまぶして揚げたそれは、この黒い容器に詰め込まれた世界の主役だ。ふうふうと熱を軽く飛ばし、かじりつけば軽く焦げた皮を破り、やわらかな肉が転がり込んできた。じわりと染みる熱い肉汁が舌を虐めてくるのを感じながら、咀嚼する。飲み込んでもう一口、ざくり、じゅわりと飢えと疲れに染まった我が身を喜ばせていく。

 しかし私はここで冷静に箸を握っていない方の手を、銀色のそれへと伸ばし、プルタブに指をかけた。パキャ、と軽やかな音とともに封印を解かれたそれを引っ掴み、口につける。中を満たしていた液体を火傷しかかった咥内に流し込めば、弾けるような苦みが舌と喉を伝い、胃に落ちていくのを感じる。キンとした冷たさにふうと息をつき、改めて唐揚げ弁当と相対する。柔らかなものを小麦粉で隠した唐揚げはあと三つ、つやつやと白く輝く白米は黒ごまで彩られている。ちょこんと端ですました顔をしているポテサラも愛らしく、主役が滴らせる脂を受け止める千切りキャベツももちろん残すつもりはない。

 よく噛んで食べなさい、となぜか脳裏に母の声が再生されたがとにかく、まだ腹は満たされていないので私は箸を握り、白米いただくことにした。

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