辺境にて

「生まれながらに竜騎士であるというわけではない」

 立てかけていた槍を掴む。独り言にも似た男の呟きをその傍で控えていた青年は静かに聞いていた。

「竜騎士の素質がある者がいる。それだけだ。馬を駆る騎士も、歩兵も、弓兵も、その素質を鍛え上げてこそだ。お前もそうだっただろう、クラウス?」

「はい、スヴェン様」

 軍営の中を歩いて行くスヴェンを見て、兵士達は頭を下げる。彼らに軽く手を上げながら、二人は軍門をくぐり出た。そこには二騎のドラゴンが行儀良く佇んでいる。一匹は赤い鱗に金の角が雄々しい。もう一匹は赤い竜より若いのか、やや小柄で白い鱗を輝かせていた。角も、まだ生え替わっていないのか木の幹のように黒々としている。

 ドラゴンたちは二人を見るなり、軽く足踏みをした。世話をしていた兵士が慌てて宥めるのを苦笑いし、スヴェンは赤い竜に歩み寄った。

「よく眠れたか、バート」

 赤い竜――バートが身を低くする。彼につけられた鐙に飛び乗り、槍を持たない手で手綱をとった。踵で鱗を軽く叩けば赤い竜は歩を進め、そして羽ばたいた。土が煙り、瞬く間に空へ。眼下の軍営はみるみるうちに小さくなり、自分に付き従うように、クラウスが乗った白い竜も羽ばたき、飛んだ。すぐに追いついて、同じ風に乗る。

「新兵たちは」

「この先の山あいに盗賊の根城があります。どうやら翼竜を手懐けているようで、歩兵と弓兵では少々手強いと」

「竜騎士のひよっこと相手としては不足無しだな。翼竜で遊ぶ盗賊どもにやられるようではこの先やっていけまい」

「私もそう思います」

 風に乗り、山へ向かう。古い砦が見える。上空、竜とワイバーンが飛び交っては攻防を繰り広げていた。

「いつでも命じてください」

 クラウスが静かに乞う。戦場は美醜というものを重きにはおかないが、この青年の眉目は美しかった。白鱗の竜を駆る美しい騎士はさぞ芸術家の格好の餌食になるだろうとふと考え、思わず唇を歪ませた。

「このまま様子を見る。いくらか犠牲が出ても良い。良い頃合いで突っ込め。お前なら肩慣らしにもならんだろう」

「心得ました」

 クラウスが手綱を引けば白鱗の竜が羽ばたき、高度を上げる。砦に向かう一人と一匹を見送り、スヴェンは顎を撫でた。

 バートが不満げに唸りを上げる。己は戦えないのか、と訴えているのが分かった。

「お前がいけば砦がぶっ壊れちまうよ。演習にならんだろ」

 スヴェンが笑いながら相棒の首筋を叩く。手綱を少し引いてやれば、ゆっくりと上昇しだした。

「なあに、すぐにここもきな臭くなるさ。もう少しの辛抱だ……不思議じゃねえか、ただの盗賊風情があの量の翼竜をオモチャにしてやがる。裏があるぞ、バート」

 砦を眺める。翼竜が一体、落ちていく。その上空で、小さな竜の影がきらめいていた。

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