機械仕掛けの海

 ずん……ずん……といった、緩慢な地響きが足の裏に伝わるのを感じながら、それを眺めていた。

 曇天に鈍く輝く王冠――のような屋根には荒波を征く舟、海月の揺蕩う水面、大洋で遊ぶ鯨の絵画が、ほの暗ささえ感じる天気の中でも燦然と輝いている。しかし、その下、豪奢な王冠も含めた巨大なガゼポの中は、重々しい鎖のカーテンが帷子のように護っていて、外からの興味を防いでいた。

 ずん……ずん……

 地響きは重く、大きくなっていく。ゆっくりと、一定で、大地を踏みしめるかの如き音は、こちらに向かっているようだった。重々しい行軍にも似ている。

 私は思わずそちらを見た。象である。象、一軒家ほどもある象、物言わぬ象、今の空と同じほどにほの暗い肌に皺を刻んだ、硬くしかししなやかな肌の象。その肌の隙間から、歯車を覗かせた、機械の象。

 ずん……、と私の目の前――王冠を持ち、鎖帷子を着たガゼポの側で、象は立ち止まった。

 象は暫く停まっていた。あの高らかな咆吼をあげることも、前脚を振り上げて一層大きな地響きをたてることもなく、ただ歯車が噛み合う音をさせるだけで、そこに佇んでいた。一寸、そうした後にそれはゆっくりと、長い鼻をぐっと持ち上げ、その図体には似合わない繊細さで鎖帷子、その一端を摘まみ上げ、ゆっくりと引いた。

 じゃらじゃらと鎖帷子のカーテンは引かれ、中が露わになる。ガゼポの正体は回転木馬であった。珍しい、無骨な鉄骨の二階建てだ。更に珍しいのは、〝木馬〟ではない。少なくとも一番上のそれらは、遠目から見ても馬ではなく、いや、馬もいるのだが、海の住人を模したそれに見えた。


 夢だ、ままよ。私は回転木馬に足を踏み入れた。外からぐるりととりまく階段をのぼれば、遠目から見えた階だった。ハリセンボン、海馬(けしてタツノオトシゴではない)、海蛇、帆船、蒸気船が、乱雑に見えながらも極めて整然としながら、列を成している。がうん、がうん、と重々しい音をあげながら、機械仕掛けのそれらが、誰も乗せずに回っているのだ。誰がなんの為に、これを稼働させているのか分からないがとにかく、彼らは鉄の腑に従って、首を振り、尾を軋ませ、巡っている。

 本来回転木馬とは、愛らしい音楽が鳴り響いているものだと幼い体験から記憶しているのだが、なにぶん全て鉄と木で出来たものだからか、音楽は奏でられている気配はすれども、稼働音のほうが目立つ。もう一度下に降りてみると、一階と思っていたものは地下までぶち抜いていて、空中に巨大な魚、地下の底――つまり海底には、ダイオウイカやカニ、オウムガイや潜水艦がやはり設計に従って、ぐるぐると底を巡っていた。宙に吊られている巨大な魚はお世辞には可愛らしいとも言えず、不揃いで鋭い牙が生えているし、目がぎょろぎょろとしてまさに泳いでいる。

 小さな子どもがこれを喜ぶかどうかはともかく、魚の中には座席が埋め込まれていた。

 がうん、がうん、海を象った回転木馬は、私がそれを眺めている間にも巡っては停まり、停まっては巡る。歯車が軋む音の合間に、溺れて息絶え絶えのような音割れの曲が流れ、魚たちは鈍く、ぎこちなく、泳いでいく。まるで抜け出せない海流の中、もしくは、鎖帷子のヴェールに包まれた水槽の中を永遠に、機械の音をさせながら。


 ずん……ずん……と地響きは、遠ざかっていく。

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