カクテル(未満)

 ちょっと付き合ってよ、ととんでもない時間にアパートの扉を叩かれた時には本気で殴ってやろうかと思った。錆び付いてはいないが使用感のある鉄の扉をガンガン、と無遠慮に叩く音に文字通りたたき起こされ、慌てて開ければふにゃふにゃとした顔で笑うFの顔を見た瞬間に、Sはカッとした頭で彼の胸ぐらを掴んだ。

「何時だと思ってんだ……!」

「そんな大声出さないで、ご近所さんに迷惑かかるでショ」

 ほらほら、と何故かこちらを宥めてくるFにSはいよいよ拳を握ったが、締まりの無い顔面にそれを叩き込んだとてまたヒドイだのナンデだの喚かれるのを予想出来たのか、Sは靴箱に置いていた鍵を引っ掴み、彼の胸ぐらを引っ掴んだまま、外に出た。


 今夜はおごりね、と手渡された度数の低い缶カクテルを差し出されたのは、徒歩五分にも満たないこぢんまりとした公園だった。午前四時、当然自分たち以外の人影はなく、申し訳程度に点灯している街灯が、遊具を寂しく照らしている。

 調子外れの鼻歌を零しながらFはブランコに腰掛けた。子ども用のそれに大の大人の尻はもちろん窮屈で、それでもゆらゆらと揺れながらFはカシュ、とそれだけ聞けば気持ちの良い、プルタブの音をさせた。

「これね、期間限定。夏のトロピカルカクテル」

 ご機嫌に缶を見せつけてくるFはここに来るまでに相当飲んでいるらしい。彼が持つビニール袋は、空き缶を入れる以外の活躍をするかもしれない。

「それで」

 何の用だ。同じ缶のプルタブを雑にあけながら、Kは問いただした。軽く煽ればトロピカルの名にふさわしく、甘ったるく、どこかケミカルな味がする。酒を呷っていたFは、Sの詰問に眉を下げ、大げさにため息をついた。

「用がなければ会っちゃいけないなんて、冷たいと思う」

「…………」

 いよいよ馬鹿らしくなってもたれかかっていたブランコの支柱から身体を起こせば、慌てたようにごめんってば、と謝罪が飛んできた。

「会いたいって言ってもこの時間じゃお前、会ってくれないじゃん」

「誰だってそうだよ」

 吐き捨てるようにKが返せば、そうだけどぉ、とFがブツブツと口の中で言葉を転がす。しかし、はっとした様子でKを見上げた。

「こんな時間までなんで起きてたの」

「…………」

 Fの問いに黙って酒を呷る。この程度のアルコールでは、酔うに酔えない。ねえ、と答えを急かすFを無視して、やや白みだした地平線の向こうを、Kは睨みつけている。

「もしかして寝られなくて――」

「…………うぜー」

「それなら言ってくれればいいのに! 連絡くれたらオレ、いくらでも」

「自惚れんなアホ」

 Fの言葉を罵倒で遮る。うう、としょげた彼をちらりと見やり、そして空になった缶を手持ち無沙汰に、潰した。

 じゃあせめて夜明けまで一緒にここでいてよ、ラジオ体操が始まる前には帰るから。Fの弱々しい声には何も返さずに、支柱にもう一度もたれかかる。中途半端なアルコールでぼんやりしだした頭のまま、躊躇うことなく白む空、ただ一点に輝く星に、Kは舌打ちをした。

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