硝子のこころ

 恋をしたいよ、とその人は言った。

 向かい合ったテーブルの上で、夏の名残のようにふつふつと沸き立つサイダーが透明なグラスの中で揺らいでいるのをじっと見つめた後。

 それなら1700度以上の熱がいるねと言ってみた。

「そんなに」

 そんなにも高い熱がいるんだと驚いたように目をぱちくりとさせて、それから唇をへの字に曲げた。黙りこくって、言葉の意味を考えている。

 勿論、それぐらいじゃないと君の心は熔けないでしょう。

 固く冷えて涼しいような、寂しい心音しかさせない君には必要だよと言ってのける。そうすれば君は恋をして、どろどろに熔けることができるだろうねと。

「恋をすればどろどろに溶けて、あんたは息を吹き込むように愛をのたまってくれるんだろうかね」

 グラスからツウと滴る汗を指で拭いながらその人は目を伏せる。どこか茶化すような声色は、古い冷房の不安定な音に混じって白々しい。

「愛を吹き込んでくれたら、熱されて赤くなった私のこころはぽこぽこと膨らんでいびつな形になるんだろうね。それからどうする、ちゃんと丸く整えてくれるのか、それともいびつなままで冷や水に突っ込むのか。どうするんだろうな、あんたは」

 伏せていた目をのろりと上げて、こちらを試すように見つめている。水滴で濡れた指先をついとこちらに向けて、なあ、と小首を傾げた。

「あんたの愛でいびつになったら、どうする。それそのままを愛でてくれるのか、それとも間違えたと床に叩きつけるのか」

 さあ、その時になってみないと分からないよと答えれば、その人はがたんと立ち上がった。

 ひどく不満げな顔で、ガラスのように綺麗な目を僅かに濡らしながらこちらを睨んでいる。それがどうにも好きでいて、私は濁った目を細め、唇を歪ませるのだ。

 粉々になった君の心、その欠片を拾い集めて、きらめいた過去で彩られた君の心を作るのもいいね。

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