傲慢

まあこの職についていると色んな生徒を見るんでねぇ。あんだけ荒れていた奴がひょっこり顔を出してきたと思えば、きっちりした髪の毛で、スーツをビシッと着こなしてやがんだよ。まあ逆もしかりもあるんだが。

 そう、あれは二年ぐらい前だ。新学期も始まって浮ついた空気もおさまった頃、二年の坊主どもが中庭で騒がしくしてやがった。

 あんた男気じゃんけんって知ってるか? 勝った方がジュースや飯を奢るってやつだ。まあそれが学生にとっちゃあ数百円の菓子でも勝っちまえばどえらい出費になるんだが、とにかくあの坊主どもはゲラゲラ笑いながらやっちまうんだなあ。

 可哀想に、勝ったのは気弱な坊主だ。同級の奴らに小突かれても怒鳴られても何も言い返せねえ、所謂いじめられっ子という奴だよ。その日も周りの奴らに無理矢理参加させられたんだろうな、んで、周りの奴らは仕込みをしていたワケで……そういうことだ。

 あの年頃の悪ガキは加減をしりゃしねえ、青くなってる坊主にやれ男気だ、全員ぶんの飯を奢れと詰め寄ってんだよ。俺も見ちまった手前、まるっきりそしらぬ振りっていうのもどうなんだって事で声を掛けようとした。だがその前に同じ二年の坊ちゃんがそいつらに向かって集団で彼を囲んで何をしているのだの、賭けはよくないだの、正論を説きやがった。その坊ちゃんはこの校区では有名な地主の息子でな、頭も良くてそれでいて謙虚ないい子で、そう所謂優等生という奴さ。悪ガキどももその坊ちゃんには拳も振り上げられねえ。暫く問答を繰り返した後しらけてどっかに行っちまった悪ガキどもを満足げに見て、大丈夫かい、とまるで正義の味方みたいに坊主を助け起こしたんだ。

 で、そいつなんて言ったと思う? 

「僕は弱い者が苦しんでいるのを見過ごせないんだ。また何かあれば言うのだよ、あいつらは僕には叶わないから」

 どうよ、年頃特有の傲慢さが滲み出てしょうがねえ。それをまったくの善意で言うもんだから、タチも悪い。それを聞いた坊主のあの、顔、おう、覚えているよ。俺があの立場だったら胸ぐら掴んで、そいつを殴り飛ばしてらぁな。

 その後は何もなかったんだが、ついこの三月に、卒業してなぁ。悪ガキどもも、その坊主も、この一年は受験って奴に追い立てられてたぜ。優等生の坊ちゃんは……ああ、秋頃ぐらいから来なくなっちまった。理由は分からんよ、担任も首を傾げてたぐらいだ。それでも色んな言づてをしなきゃなんねえからって、同級の生徒にプリントを持たせて家に寄越さねぇといけねえ。

 それがあの、気弱な坊主だったんだよなぁ。二学期終わりの日に、偶然出くわしたもんだから今はお前どうしてるんだって聞いてみるとな。学校に来なくなったAクンにプリントを届けにいきますって答える坊主に、へえ、そりゃあえらいねえ、と褒めてやったら何て言ったとおもう?

「弱い者が苦しんでいるのを見過ごせないので、当然です」

 にっこり、そう笑って、それじゃあさようなら、また明日って帰っていったんだよ。悪ガキに苛められていたあの気弱な坊主だがぜ。

 人間、どうなるか分からねえもんだなぁ。

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