最終話 お菓子殿下の甘い彼女

 私に朝食を持ってきた二人の侍女たちは顔を真っ青にして「どうして言ってくれなかったのですか」と問うた。

 それに「余計な気を使わせたくなくて」と答えたが、二人は納得いかないようで、「ここまできて、おかしいですよ」と言った。

「私は敵国の王女だから」

 言っても彼女たちは納得しない。

「ここまで来たじゃないですか。わたしたち、なんの為にリーベル様の治療をしていたのですか? 処刑する為にお仕えした訳じゃありません」

 一人、ぽろぽろと泣きながら口にした。

 確かに、治療して万全にしたら「生きてくれる」そう思ったのかもしれない。

 敵国の王女だと忘れていた、のだろう。

 彼女たちにとって、私は「ただのリーベル」だったのだ。

 そのまま彼女たち二人は泣きながら私を抱きしめる。

「今まで、ありがとう」

 礼を述べれば、もう何もできないのだと思ってくれるはずだ。

 これが最上の別れの言葉になる。だがアメフィは来てくれなかった。

「失礼します」

 私は杖を引き寄せて立ち上がった「あ」と二人が言う。二人を見て笑うと、二人はもっと泣いてしまって、私は彼女らを置いていくしかない。

 天幕から出て、迎えに来てくれた兵士の顔を見た。

 兵士らしく。無表情のまま、私の歩調と合わせて歩いてくれる。

 この人は何を思っているのだろうと気になったが、私は瞬きする。知ったところでどうもしないか、と。

 連れられてきたのは城前で、すでに大臣たちが斬首の刑を受けていた。

 大きめな台を作り、大臣たちは中腰になりながら首だけをはねる装置に、頭を乗せて死を待っている。横には処刑人だろう、斧を持った人物がいる。

 首がはねられる、そのたびに民衆の声があがった。

 そして処される大臣たちも言い訳をしながら死んでいく。


「逆らったら死んでしまうのだぞ! お前らは、あの中で行われていた狂気を知らないから、奪われた奪われたと言うのだ!」

「それに最初は奴隷だった! お前たちを捧げるなんて思ってなかった!」


「ならお前から死ねばよかった! よくも女房をさらったな! 子どもも犠牲にした!」

「どれだけ、怯えて暮らしたか、お前たちには分かるか!」


「首をはねよ!」

「あああああああッ」


 叫び声と歓喜と、悲鳴と。

 首がはねられれば、二、三転がり、悶絶の顔が見えた。

 最後を飾るのは私だ。できれば髪を切らずに首をはねて欲しいと思いながら、最後の列に加わる。

 この髪は、あの人が好きだと言ってくれた髪だから。

 ちらりと見るとツォルフェライン側の席に、今まで会った人たちが並んでいた。

 またブレイズガルヴ王子もいる。ちょっとだけ笑ってしまう。

 無表情の彼らは、次々処刑されていく大臣たちを静かに見つめていた。

 すると大臣たちの処刑に盛り上がっていた人々は、私を見て「あれが」と口にする。ざわざわと悲鳴ではなく、戸惑い、なのだろうか。

 彼らは私を一回も見たことがないから、どういう感情を持てばいいのか。いや、


「あれがリーベルだ! 娘だ!」

「王族には死を!」

「あのクロゼルの娘か! 殺してしまえ!」


 ただしい感情に目を瞑る。

 これだ。これこそ、クエ国が再興する切っ掛けなのだ。

 思えば、この国が負けたとき「あーあ」とは思えど、国に愛情などなかった気がする。そう「終わったな」そんな思いだったと思う。


 夢のようだった。もしかしたら夢だったかもしれない。

 こうやって死ぬまで、私は幸せすぎた。


 杖を使って、ゆっくりと階段を上がる。

 結構大変だな、と思いながら上がりきると斬首する装置がなくなっていた。

 え、と思っているとツォルフェライン側から声がする。


「王女リーベルは、父の狂気を知りながら何もせずいた大罪人。斬首刑はなく、もっとも苦しむ絞首刑とする!」


 ぎぎ、と言いながら、死刑台の横に設置された斜め木の先に縄がつけられたものが私の目の前に現れた。

 丸い縄。これに首を通せばいいのだろうか。

 こつ、と杖を使って前に出る。


「お待ちください!」


 そう叫んだのは昨日の女性だった。


「王女リーベルは十歳の頃より監禁され、今までの五年間は牢獄で暮らしておりました。確かに父クロゼルが行っていることは知っていたでしょう! しかし、どうやって十歳の子どもが父を止めるのですか!?」


 彼女はツォルフェライン側に膝をつきながら請うていた。

 その背は小さく見えて、痛々しく見える。


「わ、わしからもお願い致しますっ! 逃げたものの中に、わしの村へやってきた者もおり、話を聞く限り、リーベル王女にできることはなかったと聞きました!」

「俺からもお願いします! これからクエ国が生きていくには王が必要です! かの、彼女を、リーベル王女を死刑にするのは待ってはいただけませんか!」


 そこから私の生を望む声が広がっていった。

 死を望む人たちは困惑していて、決心が揺らいでいるようだったが、


「お、王族は、死刑だ! 俺たちはコイツらのせいで酷い目にあってきたんだぞ!」

「明日連れて行かれるのか、友人は、家族は、無理やり連れて行かれて、どれだけの人間が死んだと思う!」


「その死の責任はクロゼル王だ! 監禁されていたリーベル王女には関係がない!」

「クロゼル王は死んだ! 暗黒を乗り切ったんだ! この先、クエ国には国を指揮してもらう人物が必要だろう!」

「そ、それとも、お前たちはツォルフェライン国の属国になりたいのか!」


 目の前で二つの感情がぶつかっていた。

「生」か「死」か。

 みんな、色々と考えてくれているんだ。

 ツォルフェライン国の属国になるのは分かっていると思うのだが、一応、神輿は必要ということかな。

 でもね、でも……私は決めたんだ。死ぬって。ツォルフェライン国は悪い国では、ない。むしろ、いい国だと思うよ。

 私は王様に会ったし、第一王太子にも会ったし、第二王太子にも会ってね。

 悪い人じゃないなって思ったの。

 私がいると、みな心が壊れそうになるんだよ。

 それにさ、私、十歳で幽閉されたせいで何も知らないんだよね。わからないんだ。

 こんなものを女王にするってのは無理がある。

「どうしてアイツは生きているのに、俺の大切なものは死んだんだ」てさ。

 生きているだけで呪いたくなる存在は、怒りは、次に進ませてくれない。

 心は、壊れたがってる。そうか、私は、疲れたんだ。


 一歩前に出て首に縄をかけた。


「おやめください!」


 女性は叫ぶ。手を伸ばしながら「待って」と言う。

 貴女は強い人だ。その主張で斬られる可能性だってあるのに、前に出てくれる。

 ありがとう、そう思って台をけ、


 まず、腰に手が回って後ろに引っ張られた。

 ぶつん、と太い縄が落ちていく。

 そして手が離され、私は膝で立つと、ぐいっと髪を引っ張られた。

 思っている内に上にブチッと音がして、勢いで今度は手をつく。

 何をされたか分からず、上を見ると、私の髪が宙を舞っている。


「皆の衆! 心はいずこと悩んでいることだろう! ここにリーベル王女の十五年が眠っている! 王女は死んだ! この国はツォルフェラインの属国とし、王女は我が国の監視下に置き、政治を行う! クエ国は新しき時代を迎える!」


 聞き覚えがある声が、私の十五年の髪を持ちながら叫んでいる。

 どうして、とは聞けない。

 あの夜で終わりじゃなかったのか。


「私はツォルフェライン国第一王太子ブレイズガルヴ! 王女は「死」を願い、ここにいる! それは民を捨てるのと同じ! 王族たるもの国を導くべき存在だ! だが彼女はまだ幼く、国はなんたるかを知らない! だから死を願った!」


 もう一度、どうしてと思って上を見上げた。

 太陽のせいで顔は見えない。

 縋るように立ち上がると、彼は私を寄せて肩を抱いた。


「無知ゆえに死を願ったのだ! それは逃げるのと同じ! 憎悪するものよ、本当に死を望むか! 命を尊ぶものよ、本当に生を望むか! よくよく考えよ! 彼女は、我がツォルフェライン国の」


「ああああああああ!」


 大声が聞こえて、私は顔だけ振り向いた。

 そこにはニミルがいて、なんでここに、と思うのと同時に、彼女の手に握られていたナイフに気づく。

 私はてっきり彼を狙ったのかと思って、とん、と彼を押した。

 でも、


「おまえのせいでぇええ!」


 狙いは私のようだった。

 脇腹に熱が走る。最初は冷たかったのに、急に熱くなる。


「リーティもルカラスもトラウもアークオも! 私が密告したのよ! 私が密告して死んでしまったわ! お前のせいでお前のせいで!」


 叫び声は遠く、私は彼の服に縋りながら崩れ落ちた。


「ニミルのおばちゃん!」


 民衆の中から声がする。

 あ、この声はリーティだって、すぐに気づいた。

 ニミルが大きく目を見開いている。私も目線を彷徨わせると、ニミルが言った名前の、私の友人たち全員が、こちらに駆けてくるところでルカラスは言う、


「クリズのおじちゃんが逃がしてくれたんだよ!」

 ニミルは叫ぶ。

「そん、な、あああああ!」


 それは死刑宣告だった。

 ニミルは私を見てから、私を刺したナイフで己の首を切る。

 血が、そこら中にまき散らされて、大臣たちのと混ざっていく。


「リーベル!」

「あ、はは」


 笑ってしまった。


 こういう結末か。

 王子は斬られた腹部を押さえて「しっかりしろ!」と言う。

 綺麗だ、茶が光りを帯びて金に見える。

 幸せでした。ありがとう。


   *   *   *


 ――ツォルフェライン国、一室。


「では、そのニミルという侍女の行動によって炎は収まったと」

「一時的だがな」


 紅茶を飲みながらブレイズガルヴはセリュバンに報告した。

 かのセリュバンは、ふふんと思いながら「馬で待ってたのに」と口にする。

 西にある国の定番菓子スコーンにジャムを塗りながら一口食べた。

 部屋の中は甘い匂いでいっぱいで、人によっては、うんざりするだろう。


「で、あなたは本国に戻っていいのですか」

「……当分の間はクエ国はオリヴィエの指揮下に入っている」

「ほう、彼なら軍の動きもいいでしょう」

「ああ、おかげで村々の統一や城の建て替えもしてる」


 セリュバンは目を少しだけ見開いて「建て替え?」と言った。


「共同墓地の聖堂にすると。城内で亡くなった人間も多いからな」

「なるほど、で」


 とセリュバンは口にしてベッドに眠る姫君を見る。

「あなた直々に面倒を見ているですって」と口にして、にやにやと笑う。

 それにブレイズガルヴは、むっとした顔でセリュバンを見た。


「医者はいつ起きてもおかしくないと言われたが。リーベルの心は自分が死ぬことに、ある意味、執着していた。精神的な部分で起きないのではないのか、と」

「ふぅん、ちゃんとおはようのキスしてます?」

「からかってるのか。こうやって菓子の匂いをさせているし、あー、その、お前のいう、その」

「たくさんキスしてるんですねー、お伽噺信じてるとか夢見る少年ですか」


 あの一匹狼の恋愛情緒が育ってて嬉しいですよ、とセリュバンはからかう。

 そんな彼の後ろのベッドには、いまだ目が覚めない少女が一人。

 刺されそうになったとき、彼女はブレイズガルヴが刺されると思って、彼をかばうように押した。

 自分が刺されると思うより、好きな人のことを考えていたらしい。

 しかし押したことにより自分も横にずれて、腹を刺す予定の刃物は脇腹を、深くだが、かすめて、奇跡的に内臓を傷つけることはなくリーベルは助かった。

 今はただの眠り姫だ。


「こんなに菓子の匂いばっかかがせていると、彼女が菓子になっちゃいますよ」

「……」

「いいなって思ったでしょう」

「元々甘いのに、これ以上甘くなられたら困るな」


 セリュバンは肩をすくめる。

 まさか恋愛事情がまったくない人物からノロケをもらうとは思いもしなかった。

 同級生で悪友のシフリカが聞いたら爆笑していたに違いない。


「起きるまでそばにいるつもりだ。父上たちの許可も得ているしな」

「もう好きにしてくださいって感じですよ」

「みな、そういうのだが、そんなにか?」


 ハッと笑ってセリュバンは部屋をあとにしようと立ち上がり「また来ますよ」と、言い残して出ていった。

 見送ったあと、ブレイズガルヴはリーベルが眠るベッドに腰をかけて頬を撫でた、あの時、ブレイズガルヴは彼女の髪を切ってしまった為、今のリーベルの髪は短く、やってしまった、という気持ちが少しだけある。

 しかし、あの時に止めなければ、本当に「彼女は逃げてしまう」

 自分から、世界から、だから、どんなことを言われようと、元々リーベルを助けるつもりだった。ダメだったら国外逃亡していただろう。

 髪の房を持ち上げて口づける。

 この夕陽色と同じく瞳の色も見たい。

 我が儘かなあと思う日もあったが、今まで頑張った分、この我が儘もいいだろう、なんて思っている。

 たまに一緒に寝ることもある。呼吸音と心臓の音を聞いていると心が落ち着いた。

 早く起きてくれないものか。

 また軽い食事しかできないけれど、彼女を見ながらお菓子を食べたい。

 それはいっとう甘くて愛おしい。


「さて、片付けるか」


 身の回りのことも使用人にやらせず、自分でやっている。

 それが母であるヴィリエレーシとの約束だった。


「じゃあ、リーベル。片付けてくるから待っていてくれ」


 ぴくり、彼女が動いたのをブレイズガルヴは見逃さなかった。


「リーベル!?」

「……あまぃ」


 呟かれた言葉は、少し格好のつかない言葉だったけれど、王子がそうしたのだからしょうがないだろう。


「はは、いつも甘い匂いをさせてたから。でも、きみが一番甘いよ」


 リーベルの目線がブレイズガルヴを捉えて、困ったように笑った。


「しょうが、ない、ひと」

「そうだよ、私は、ただ恋をしただけで、こんなになってしまった」

「私、あまい?」

「ああ、私……俺の一番甘い人だ」


 二人して笑うと、甘い匂いをさせながら口づけた。

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お菓子殿下の甘い彼女~お菓子のあてにしないでください!~ 大外内あタり @O_soto_uti_ATR

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