第11話 選ぶこと

 伝令兵を掴み上げそうになって拳を下ろす。

 謹慎中だった。この兵士に何を言おうと「何もならない」

 大きく息を吸って吐いてから、


「わかった」

「はっ、失礼致しました」


 唸るように声を出して、彼を追い払う。

 身体は今もぐるぐると不確で揺れた足元とダンスしている。


「セリュバン」

「おっと、ぼくに意見を求めないでください。納得しないでしょう? やっちゃっていいと思いますよ。ぼく、後悔するよりやっちまえ派なので」

「……」

「まあ、王族のしがらみ云々は世界共通ですし、行動次第じゃないですかね。それなら、まあ、馬を用意しておきますね」


 そのままセリュバンは天幕を出て行ってしまった。

 ちらりと見えた外は、眩しいほど明るくて人が行き来している。ここだけ抜き取られたようでブレイズガルヴは椅子に座り、見張り友人もいないのに机に脚の乗せた。


「リーベル」


 目を瞑り、ぐっと拳を作り額にあててから数秒、すっと目が開き、もう一度、


「リーベル」


 と、確かに決意するように名前を呼んだ。


   *   *   *


 夜はすぐに来る。

 まだドレスを着ていたいと言ったら、二人の侍女は嬉しそうに「おやすみなさい」と言い、天幕の外に出て、隣の寝室に行ったことだろう。

 いつも明かりを絞ってくれるアメフィがいないので、立ち上がり、近くに置いてから、ぼんやりと灯っている光りを見ていた。

 ちらちらと映るのはブレイズガルヴ王子の顔だ。どうして出会ってしまったのだろう。

 出会わなければ、自分の「死」を望む。こんな気持ちにならずにすんだのに。

 最初から人の目をジュレみたいとか言って、汚い私を抱き上げ看護室まで連れて行ってくれた。毎夜、会いに来てくれた。そのたびに、私を見ながらお菓子を食べて、分け合って食べて、思えば、おかしな人を好きになったもんだ。

 だからこそ、王族ではない彼の振る舞いを見て考えたからこそ、この姿を許してくれる人はいるのだろうかと思ったのだ。

 甘いお菓子を食べる私。

 王子は、どんな私が欲しかっただろうか。

 いや、初志貫徹。あの人は私を見ながらお菓子を食べたかったのだ。私と、一緒に。

 明日の死刑。急なのは、丁度、遺族が揃っているからだろう。

 昼間なのは、各村々には早朝を持って話が行き渡り、もっと人が増えるかもしれない。

 私の死を望む人たちかあ、と私は横になった。監禁の時から言われ慣れていた「死」に、何を感じることはない。

 ただ自分が死ぬ番になっただけ。

 うん、大丈夫。

 王族は死に絶え、ツォルフェライン国の属国となり……そのあとは知らないや。

 勉強で習ったっけなあ、と私は寝台に寝転がった。

 ザッ、と足音がして、私は目線を送る。

 早めの暗殺かな、と思っていたら、天幕を捲るのはブレイズガルヴ王子で、


「どうして」


 そう言うや、彼は明かりを消して私に覆い被さった。


「きみを逃がせるほど、俺は大人じゃなかったみたいだ」


 今日は月明かりが、とてもとても明るくて、少しだけ恨んだが、この人のことを、ちゃんと見れるのはいいと思う。

 熱い手が身体を舐めるのが心地よかった。

 もう心残りは、私には、ない。

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