第5話 父を探して

 城内に入る前の夜、今夜も来るよ、と約束してくれたブレイズガルヴ王子がやって来た。やあ、と軽く私に挨拶して、寝ている私の横に座った。


「昼間はすまなかったね」

「い」


 いいえ、そんなことはありません。

 でも、と私の中で渦が「逃げる気か!」と声を出している。

 幽閉されていた時は静かな声だったのに、こうやって保護してもらってから声が大きい。何度も何度も私を責め立てて、お父様の叫び声が聞こえた。

 逃げるつもりはない。この首が落ちるまで。


「実は明日の城内探索にわたしは同行できないんだ」

「うう?」

「……わたしも迂闊だったが、きみに近づきすぎてね。周りがわたしとの噂をしているんだ」


 噂? と思ってブレイズガルヴ王子を見る。

 そして、ああ、と納得がいった。この人は私と会いすぎた。


「お菓子の会を開いているだけなのだがね」


 いや、それもどうだ。お菓子の会なんて始めて聞いたよ。

 そして懐から指くらいだろか。細長い、茶色いお菓子が出てくる。

 パキンッと折って私に見せてくれた。


「これはパンでも食パンという四角く長いパンの端を揚げた物なんだ。これも砂糖をまぶして、ラスクというんだよ」


 そう言いながら私の分のお菓子を仕舞い、私の髪を撫でながらサクサクと食べて、その顔は、ちょっと常軌を逸していたと思う。

 なんで撫でながら食べるんだ。そして、嬉しそうに笑う。


「ああ、おいしいなあ。瞳も前より輝いて見える」


 よかった。少しは回復してるんだ。

 いや、いいのか? 安心していいのか?

 ブレイズガルヴ王子は食べ終わり、また懐から布を取り出すと手を拭いて落ち着いたらしい。

 いい人なのになあ。こういうところ残念すぎる。

 思っていたらブレイズガルヴ王子が立ち上がり、私のそばによって頭を持ち上げてから腰に手を回すと、自分の膝の上に私を乗せた。

 私の頭は彼の肩に乗り、まさしく抱っこされている。

 ブレイズガルヴ王子の頬が私の額に寄せられた。


「まだまだ軽いなあ。もっと食べないとね、早くきみとお菓子を食べて、お話をしたい。そしたら紅茶を飲んで笑い合いたい」


 右手で私の皮と骨の手を取り、左側の手は私の肩を支えていた。

 笑い合いたい、か。

 この人の耳にも、死刑の言葉は入っているはずなのに未来を語るのは非常に滑稽に思えた。

 もう無理なんですよ、私は死刑ですよ。

 

 例え隣国の王子だとしても、クエ国の民衆に「殺さない」という選択肢は、まず、ないだろうに。みな恨んでいる。村々を何個も壊滅させただろう。

 どれくらいの兵士や使用人を殺しただろう。

 ああ、頭の中で悲鳴が聞こえてきた。


「リーベル?」


 そう言われて、はたと気づいて顔を上げる。

 相変わらず素敵な人だ。茶の瞳が綺麗。なでつけた茶と金の髪も綺麗。

 何と言っても顔が整っている。第一王太子だと言っていただろうし、妻もいよう。

 こんなことをしていいのか。私を抱き抱えるなんて、本国の奥さんに失礼だろう。

 でも、暖かいよ。

 泣けたら、人間っぽいのに。


「明日はオリヴィエとアメフィに斥候の二人と、レディングスの五人になる。間に合えばセリュバンという魔術を研究している人物も入るから計六人だね」


 ブレイズガルヴ王子が何かを噛み締めた顔になる。

 自分がついていけない、というのもあるけれど、レディングスがいるのが気になるのだろう。一悶着あったことだ。何をするか、言うか、気になるのかもしれない。


「オリヴィエがいるから平気だと思うのだけど、彼は武官の中では硬派でね。いや、情に厚い民の思いを一番に考えているから暴走しがちだ」


 あの人は私を探して天幕まで来た。早く処刑を進めたかったのだろう。

 行動は分かる。先に私を殺しておけば、大数は安心する。

 多くの国民は、私が幽閉されていることなんて知らない。父と同じく狂った研究をしていた化け物だ。


「あ、オリヴィエはね。武官に支持されているんだ。だからレディングスのことも、抑えられると思う。怖くはないよ……いや、わたしが何言ってもダメだね」


 ブレイズガルヴ王子は顔を曇らせた。

 戻ることを決めたのは私ですよ、と言いたかったのだが伝えられるのが、


「ああ、あ」


 細い腕を動かして、彼の頬を撫でることしかなかった。

 

「……リーベル」


 王子は私を抱きしめた。痛くはない。包んで大切なもののように力を込めて、ああ嬉しい。この人に抱きしめられるのは、嬉しい。


「早く、きみとお茶会を開きたいなあ」


 この人といると声が遠くなる。

 別れの未来でも、この人と未来を語る、それくらいは許されてもいい、と思った。


   *   *   *


 その日は、多分日付が変わる時までブレイズガルヴ王子がいてくれたと思う。

 とりとめないツォルフェライン国の話や家族の話をしてくれる。

 おそらく側近の人が知らせにくるまで、私を膝の上に乗せて語り、嬉しそうに身振り手振りで教えてくれた。

 朝、起きて城に行く憂鬱は、それほどない。

 アメフィが来て、朝食をとってから天幕に来たのはレディングスと斥候をともなったオリヴィエ王子で、表情は硬い、と言っていい。

 私とアメフィ以外は鎧に身を包んでいる。

 白いシーツで私を包んでアメフィは外に出た。

 日射しが眩しい。

 思えば天幕の中で過ごしていたのだから、初めて外に出た時と一緒か。

 ざわざわと「あれが?」「小さくないか」「大丈夫か?」と声が聞こえる。

 ツォルフェライン軍人は優しいなあ、そんなことを思った。もっと侮蔑、というか気味が悪いとか言われると思ってた。

 城に入る前に、前を歩いていた四人が剣を抜く。と、


「ちょっと待ったアアアアアア」


 ちらりと見えたのは馬の綱に必死にしがみつく、誰かだった。

 一瞬で、あ、この人がセリュバンさんだと分かる。


「はぁはぁぼ、ぼく、ぼくも、どうどう同行します」


 見るからに疲弊して、大丈夫かなと思ったが、馬から下りて、近づいてきた兵士に馬を任せると着ていた服を整えて、しゃんと背を正す。

 すでに面白いところを見てしまったので「ふふ」と声が出た。

 それにアメフィが小さな声で「面白い人ですね」と同意してくれる。


「馬が苦手なのに、よく来れたなセリュバン」


 オリヴィエ王子の呆れ声が聞こえた。同じ事を考えていたのか、ちょっとだけ皆がまとっていた緊張感が薄れのが分かった。

 

「今回の件に関して、魔術局の人間として解明すべき部分が多すぎますから。皆が、行くという前から城には突入するべきと進言するつもりだったので」

「自分の身は自分で守ってくれよ?」

「一応、剣に自信はありますから」

「いくか」

「ああ」


 オリヴィエの声に対して、レディングスが答えた。ここは親しいらしい。

 順は斥候、レディングス、オリヴィエと真ん中に私、横にセリュバンさんで、縦に二人一人四人という形で進むことになった。

 門扉を門の近くにいた兵士が開けて、城に入る。

 つんっ、と血の臭いがした。しょうがない。


「地図は」

「ここに」


 斥候がレディングスに見せる。こちらから見えるのはレディングスが地図を正しく持ち、自分たちがいるところを確認しているらしい。

 入ったばかりだが、城は挺して立派なものだ。一歩間違えば、無駄に彷徨うことになる。

 次にレディングスが見たのは私だった。

 顔は険しい。あの時に捕らえられなかったのが、どうも引っかかるらしい。


「わたしに貸してくれ」


 そこにオリヴィエ王子が入る。ブレイズガルヴ王子から話は聞いているし、壁に、なってくれるらしい。

 レディングスの顔が固まったが「こちらです」と口にした。

 開かれた地図は、私から見て綺麗で正確なもの。豪華絢爛としても、流石に部屋の配置までは変えられない。


「まずは、この大広間ですね」

「いい」


 それに「ない」と答える。

 大広間は客人を待たせるために作られていた。

 だが爵位持ちなら個室に待たすことが多い。

 震えてしまう腕で、大広間、客室、手洗い場を差して「いい」と返し、謁見場で「うう」と口にする。


「謁見場だな」


 そういえば血の臭いがする割に死体がない。片付けたのだろう。

 父と私の名を出して命乞いをする人はいなかったのか。悪評は他国まで響いていたはずだ。

 剣を持ちながら謁見場に入る。


「どちらです?」


 と、オリヴィエ王子が言う。

 私は王座を差して「う」と言えば、セリュバンさんが続いて「うしろですかね」と口にする。

 その通りだ。

 斥候の二人が連れ立って確認しに行くと、少し待ってから「ございました」と聞こえてレディングスが進み、後ろを私たちが進む。

 階段を少し上がったところで「使われてないと思います」と斥候が告げる。


「何故だ?」


 レディングスの固い声が響いた。


「埃が溜まっています。足跡もない。使われてはおりません」

「ここではないか、次を話せ」

「レディングス」


 オリヴィエ王子が咎める。彼女は一応王族ではあるし、きちんとした態度をしろ、ということだろう。

 私は王族もなにもないけどな、て思うけど。


「ふぅむ」


 そんな声を出したのはセリュバンさんだ。どうも気になることがあるみたいで、使われていないと言われた場所をくまなく見ている。

 彼を気に留めず、次はと私は指を差す。

 王座から見て右がいわゆる台所や使用人が使う部屋。左側が王族や関係者、客人をもてなす場所で中庭もある。

 そういえば中庭の花々はどうなったのだろう。

 季節毎に綺麗な花々が咲き誇っていた。


「うう」


 次は客室とお父様とお母様の部屋に私の部屋を指した。

 確認が終わると全員で移動し、ひとつひとつ確認していく。しかしどれもが使われている痕跡がない。流石に険しい顔が浮かぶ。

 そんな中、セリュバンさんはやっぱり「ふむふむ」と口にして抜け道を何度も確認していた。


「リーベル王女、他には」


 必死に思い出しながら「図書室」にあることに思い出した。一つの書物を押せば、取っ手が出て扉にるのだ。

 すぐさま、地図に手を伸ばして図書館を指す。

 では、行く場所が決まったところでセリュバンさんが口を出した。


「では、ぼくは反対のことを聞きましょうか。隠し部屋はありませんか? クロゼル王が「実験」していた部屋です」


 言われて「そうか」とオリヴィエ王子が言う。昨日のアルフガルド王の言葉を思い出した。城の中にいるのではないか。それが本当なら抜け道より隠し部屋にいる方が確率は高い。

 だけど「実験部屋」と言われて心がざわつく。


「レディングス、城内にいたものや出入りしていたものに尋問したか?」

「ブレイズガルヴ王子が率いる軍が捕縛して尋問し、大体のことは聞いたと」

「内容は」

「城内に残っているもの、人、などの部屋を軽く調べたと。そのあとは抵抗した者を片付け、地図などの作成をしたと言っておりました」


 ふむ、とオリヴィエ王子が瞳を彷徨わせた。

 逃げ道か隠し部屋か。


「セリュバン、何故そのような事を聞く?」

「簡単ですよ、巨人を作った場所を調べたいのです」


 巨人? 初めて聞く単語に私はアメフィを見た。アメフィも分からないのか、首を振り、セリュバンさんに目を向ける。


「その様子ですと、リーベル王女は伝承自体知らないようですね」

「あの大きさのものが城内で作られたと?」

「全てではありません。あの系統の人体錬成なら核があれば十分です。核を作り、それを外で発動する。発動するには、そこに大勢の人間がいればいい、まあ、そんな、ところでしょう。ついでに言うなら禁忌が書かれた書も見たいですね」


 セリュバンさんはにやりと笑っていたが、私は分からず「あああ?」と声を出す。


「だから、クロゼル王が城内にいる、というのも半信半疑なんですよ。とりあえず、地上では発動するものがいる、というのは掴んでいるし捕まえてもいる。ただ、そう最後に現れた透明の巨人が気になるのです」


 おそらく人を使っていない巨人です、とセリュバンさんは締めくくった。

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