第6話 最期の場所
私は分からなくて色々と視線を送ったがツォルフェライン国との戦争に『巨人』というものが使われていた。と理解はできた。それがどんなものかは分からなくて、最後はセリュバンさんに瞳を向ける。
アルフガルド王が言っていたのは、このことかもしれない。順序よく話したいところを、とりあえずは先にお父様を捕まえたい。そういう思いがあったのだ。
その巨人は人体錬成で作られた。これだけで私の中に黒いものが泥のように出てくる。
「う、ウゥゥ」
「リーベル様?」
今、暴れる訳にはいかない。ここにはあの人がいない。
あの優しい声が、泥の声が上書きしようとする。
「アァァア」
なくなれ、いなくなれと何度も真ん中に伝えた。
顔が、ブレイズガルヴ王子の顔が浮かんで、熱くなったそこが冷えていく。
「うぅ」
アメフィが「大丈夫ですよ」と声をかけてくれた。
何度か大きく吸っては吐いてを繰り返していると落ち着いてきて、アメフィの肩に私は頭を預ける。
「とりあえずは図書室に行こう。抜け道を全て潰すのも隠し部屋を見つけるに重なるだろう」
オリヴィエ王子はセリュバンさんに向けると「それもそうですね」と言って、私たちは図書室に行くことになった。
城内に入ってどれくらい時間がたっただろう。休みなく続くのは斥候の二人は職業柄、疲弊しているだろうし、どこかで休むのがいいと思ったが、私は口に出来ない。
そうこうしている内に図書室について、ゆっくりと扉を開く。
天井まで伸びた大きな本棚が目の前に広がった。
懐かしい。昔、上の方にある本が読みたくて梯子を使って登ったのはよかったのだけど、下を見たら地面が遠くて、怖くなりすすり泣いていると、私の姿が長時間いないと気づいた城のものたちが大勢で探し出しはじめ、あの時、見つけてくれたのは、お父様だった。
『リーベル、そのまま動いてはいけないよ。父がすぐ行くからね』
……お父様、おとうさま、おとうさま、どうして?
ぎゅうと身体を縮める。
思えば、いつも困った時はお母様よりお父様が解決してくれたことが多い。
「どちらになります?」
は、としてオリヴィエ王子を見た。
図書室の奥を指して、私たちは警戒しながら進む。最後の棚まで来ると、さっきと同じくオリヴィエ王子が私を見る。
アメフィが棚沿いに歩いてくれて、目的の本のところに来たら「う」と一言出す。
動く手で私たちより上の本を手にするけど、押すほどの力はなくて、すぐに引っ込めた。これで十分に伝わるだろう。
「少し、離れていて下さい」
そう言ったのは片方の斥候の人だった。左右に人を分けて、本を押すと取っ手が、出てきた。それを引くとギィと音とともに扉は開かれた。
「うっ」
「くっそっ」
「ここか」
アメフィとレディングス、セリュバンさんが口々に言う。
扉の先からは血の臭い、すえた臭い、目的の部屋を見つけたが、それぞれが顔を、顰めて鼻と口をおさまえる。
「わたしが先に参ります。他のみなさまはこちらに」
「は、いきませんよ。ぼくはついていきます」
レディングスの声にセリュバンさん重ね、
「わたしも責任があるからな。おまえたちはここにいてくれ」
と、オリヴィエ王子が斥候の二人に言った。そうして私たちにも目を配ったが、私はお父様がいると思うと行きたかった。
その気持ちを、アメフィは汲んでくれたらしく「わたしもいきます」と私を再度、抱きしめる。
「流石に罠はないだろう。何度も使われているはずの道だ」
レディングスがちらりと床を見て足跡を確認したようだ。
「アメフィたちは一番後ろに。わたしとレディングスが先頭に立つ。真ん中はセリュバンに任せる。いいな」
反対の声はない。
そのまま忍び足で進むと、ほどなくして扉もない部屋が見えてきた。
臭いがきつくなってくる。
レディングスが手を上げ、壁に背にして懐から何かを出すと、部屋の中にちらちらと向けて、また手を上げて自ら一番に入っていく。
続いてオリヴィエ王子が入ったが「くそッ」という短い罵倒が聞こえ、その次に、セリュバンさんが入ると、こちらでも分かるぐらいに眉を顰めた。
「女性のみなさんには酷い光景です。見ない方がいい」
「……覚悟してまいりました」
アメフィの声は少しだけ震えている。
私は彼女の服を引っ張って首を振った。無理をして欲しくなかった。その変わり、セリュバンさんに手を伸ばす。
「王女殿下もお辛いかと」
首を横に振る。
真剣な顔をしたつもりだ。そのまま手を伸ばしているとセリュバンさんではなく、オリヴィエ王子が私を抱えてくれる。
「よろしいですね」
私は頷いた。
そうして三人で部屋に入る。うっと迫り上がるものを我慢する。
部屋の壁には人が吊されていた。全裸の男女交互に隙間なく手に大きな釘を刺され彼女、彼らの心臓から一線、股まで裂かれている。そのまま臓物が、ぶら下がっていた。そして部屋の四つの隅には首が置かれている。
どの表情も苦悶のまま凄惨な最期であったと分かった。
下に目をやると床には奇妙な図形が書かれており、囲むようにした真ん中の台は、人が横たえられるほどの、台座がある。台座からはおびただしい血が流れており、そして横たえられるであろう真ん中部分を囲うように、何かの臓器があった。ひとつひとつ丁寧に台座の下と、台座の上の縁に並べられ、縁の四隅には大きい蝋燭がある。
気が狂っていた。
主にここが臭いの元なのだろう。
セリュバンさんが台座まで歩いて何かを確認していた。
私はオリヴィエ王子に辛いことをさせるとは思いつつも、服を引っ張り、セリュバンさんに続くようお願いする。
すぐに分かって、私を抱え直して真ん中に台座に近づくと、真ん中だけぽっかりと何もない。だが「何」があったのか、容易に想像できた。
私は上から下まで見て「証拠」を手に入れたい。
ここにお母様がいた証拠が。
だが、見つからない。落胆の色を見たセリュバンさんは「いえ」と口にした。
頭部があっただろう場所に毛が何本かある。それは私の髪色と同じだった。
「実験は成功しなかった、というところですね。ぼくは先に進みたいのですが、みなさんはどうされます?」
「抜け道なのだ。行くしかあるまい」
セリュバンさんの言葉にレディングスは応えて、剣を握り直していた。
そうして出るとアメフィが待っていて、オリヴィエ王子から私を移動させる。
「リーベル王女、わたしたちは先に行きますが」
こくりと私は頷いた。アメフィには部屋を通る際に目を瞑ってもらい、オリヴィエ王子に手を引いてもらっていた。
また進んでいくと同じような部屋の入り口があり、レディングスが同じ手法で部屋を確認する。
この時もレディングスは顔を顰めた。
セリュバンさんはどんどん中に入り「ここは核の実験室だったようです」と中から声がした。
「こちらも見せられませんね。簡単に言えばバラバラ死体です。それが何個も転がって肉塊になってます」
それでも確認したくて、もう一度オリヴィエ王子にお願いして中を見せてもらう。
酷い光景だった。人の形はないが、臓器や何か合わせた肉の塊。ぶくぶくと音をたてるガラス瓶の何か。皺くちゃな肉塊が液体の中に入っている。
また大きめの石らしき物が何個か転がっていた。
セリュバンさんは中をぐるりと見渡してから、机を見つけたらしく、歩いて行くと本を三冊ほど持ってくる。
「目当てのものか?」
「なんとも。中を見てませんから。でも本はこれだけですね。見たところ、ここは何かを作ろうとした研究場というところでしょう。大きな魔力石もありますし核作りはここで行われていたと思います」
私は悲惨な光景もそうだが、ここで多くの人がなくなり、何よりも、笑顔で実験をしている父の顔が浮かんでは消え、笑い声が聞こえれば浮かび、死んでしまった人の叫び声が聞こえる。
震えはなかった。
どこかで想像していたのかもしれない。
笑える。涙も出せたら流していただろう。
「あ、あは、ああ、あ、あああ」
「リーベル王女?」
「はは、ははは、ああ」
勝手に目が見開いて嗤う。
『巨人』が倒されたのであれば、最後の父の悲願は消えたのだ。
今頃、母の死体を持って必死に逃げているだろう。
あんなことをしといて、あんなことをしておいて!
「あははははは、あははは」
私の声が止まらない。嗤いが終わらない。
心の底から嗤える。
その時、オリヴィエ王子の腕の中から飛び出してきたアメフィの腕の中に変わる。
「リーベル様、リーベル様、リーベル様!」
彼女は何度も私の名前を呼びながら、嗤う私を強く抱きしめた。
その内、嗤いも収まってきて身体から力が抜ける。
力が抜けて、何を考えるべきか分からなくなった。
「……ここで二人は待っているんだ。この先を見てくる」
オリヴィエ王子の声が聞こえて、ぎょろりと私は彼を見る。
「っ」と彼が口にしたのが分かり、なんてざまだと思った。
「私も覚悟してきました。出口まで一緒にいきます。中途半端なことをしてしまったら、リーベル様も後悔されます」
沈黙が降りて来て、それ破ったのはレディングスだった。
「リーベル王女は最後まで見る権利がありましょう」
皆、お互いを見て首を縦に頷くと、最初と同じくレディングス、オリヴィエ王子が前に進み、次のセリュバンさんの背を見ながら歩いていくと、前方が明るい。
その明るさは階段らしきものを映し、出口が開けっぱなしなのが分かった。
同じ隊列のまま階段を上りきる。
風が心地よい。
土と草と木々と、それと衣服と何か丸い物。
丸い物には穴が空いていて、私には何か分からなかったが、セリュバンさんは何か分かっているみたいで触りに行った。
残った私たちは無造作に、地面に散らばった服の前に来てレディングスが危険がないか確認してから「大丈夫です」と口にした。
それが何か、私は遠くから見ても分かっている。
よく見た衣装、棺に置かれた時の服、装飾品。
「二人分、か?」
オリヴィエ王子が服を探ると指輪が出てきた。それはクエ国の国章で、もう一つ、同じく国章が掘られている腕輪。
「……そうか、最後の最期で」
オリヴィエ王子は私の沈黙が何か分かったようで、また服を地面に置くとレディングスに布で包むよう言い渡した。
私はここを知っている。逃げ道だと思っていなかったが地上から、よく来た。
仲の良かった友達や従者、お父様やお母様と出かけた場所。
父は、ここに逃げてきて懐かしいと思っただろうか。
私は無性にあの人に会いたくなっていた。
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