第7話 帰る場所

 ブレイズガルヴ王子の顔が見たい。

 あの茶色の瞳が見たい。

 セリュバンさん曰く地上から城までは、そんなにかからない為、森の中を抜けて帰ろうということになり、レディングス以外は地上かな返ることになった。

 出入り口に斥候を待たせているからだそう。

 誰もがもう一度、あの光景を見たいとは思わないし近づきたくもない。

 この道すがらセリュバンさんは巨人のことついて話してくれた。

 またクエ国が何をしたかったのも。


「人体錬成が禁忌なのはご存知ですか?」


 私に向けられた言葉に「い」と答える。

 実は知らず、恥ずかしい限りだが言葉は分かるので「いい」とセリュバンさんの言葉を促す。


「人体錬成とは大量の人間を犠牲にして作る人形の兵器や今日語った核を頭に設置し強力な光線を放つ巨人など、様々です」


 大量の人間、と聞いて最初お父様は、お母様を生き返させることに執着していた。巨人など作る必要があったのだろうか。


「今回、クエ国がしたかったことは、巨人によるツォルフェライン国の支配です。何故ならクエ国には「使える人が殆どいなかった」からです。つまり、実験に必要な、人間を確保したかった」


 なんの為に、とは言えない。

 お父様の中には、いつでもお母様がいたから。

 あの部屋を見れば分かる。儀式の祭壇であれ以上の人間が必要とは到底思えないがお父様には必要だったんだろう。


「巨人で我々の住む場所を奪おうとしたのでしょう。しかし、はっきり申し上げますと、それは土台無理な話なのです。我が国の軍はクエ国の境界で待機していましたから、いつでもクロゼル王を止めることができたからです」


 しかし、とセリュバンさんは続ける。


「問題は巨人をどうするかでした。操る人間がいると言われれば、その者を殺せばいい。しかし、殺したとして巨人が死ぬか分からない。むしろ暴走して、ツォルフェラインを焦土にする可能性もある」


 ので、


「こちらも同じく光線が出る装置を作り、核を壊すことに成功しました。三体全ての巨人の核を壊し、脅威を取り除いてクエ国に突入」


 あの倒れるような三つの音は、その巨人で、銅鑼の音は侵攻の合図だったのか。

 そして兵士の慌てようも分かる。最初からツォルフェライン国に勝てるとは思っていなかったのだ。

 いつかいつかと待ち続け、負けるのを待っていたのかもしれない。

 私はオリヴィエ王子が持つ、ある白い布を見る。あそこにはお父様の服とお母様の服がある。


「この三体の内、二体は『人間を大量』に使った、まあ、赤黒いものでした。内部には無数の人間が浮かび、制作したのが容易に分かったのです。しかし、最後の巨人は違いました」


 セリュバンさんは私を見た。どう言えばいいと言うよりも、困ったような儚げなげに私を見ていた。


「現場には二人分の衣服と核だけが残されていました。この透明の巨人は、私が考えるに「完璧」な巨人と考えています。今の魔術の学問からして到底信じられない話です」


 非科学的な話をしたくはないのですが、とセリュバンさんは続けて、


「ツォルフェライン国のみでの話になってよかった。他の国が見れば少数の人間で、再現可能、と知られますからね。いや、でも、理屈は分かりません。二人分の魔力で巨人を作ることなど不可能なはずですから「想い」なのでしょうか」


 前を歩いていたオリヴィエ王子は立ち止まって、手に持っている袋を見る。

「想い」そんな曖昧なもので出来たのならば、今までの犠牲はなんだったのだろう。

 みながみな恐怖の中、生きてきた理由は?

 たった一つの思いを貫いた先にあったのは?

 お父様の想いは? お母様への犠牲は?


「いやはや、魔術というのは難しい。研究し甲斐のある学問です」


 セリュバンさんは目を伏せた。非科学的な話は、そこで終わった。

 そこからは、その巨人が倒されてツォルフェライン国の軍が侵攻したこと、最初にブレイズガルヴ王子の軍が到着し、まだ残っていた「反抗」する軍人たちを排除したこと。次にオリヴィエ王子が二方から攻め入り、逃亡したものたちを捕らえたこと。

 私を保護したこと。

 被害にあっていた村々にツォルフェライン国がクエ国を支配した、という話をし、「安心」させた。


「衣服が残っていても、どうにか生きてはいないものか」


 オリヴィエ王子がセリュバンさんに向けて、口を出したが、セリュバンさんは首を振って、


「巨人には『魔力』が必要です」


 決定打だった。私の両親は死んだ。狂気の中で死んでしまった。

 オリヴィエ王子は私のことを思ってくれたのかも知れない。

 これでは責任を取る人間は一人しかいないから。

 ああ、あの見晴らしがいい出口を思い出す。あそこは国境が近い丘にある展望台のような場所で、何人と出かけたか、何人と食事を共にしたことだろう。

 みんなが生きているか分からないが、もう、あそこに行くことはない。

 誰もいなくなるのだから。


「おや、城の側面に出るようですね」


 先を歩いていたセリュバンさんが口にすると、森を抜けて王城が見えてきた。

 その壁に沿って歩けば正面に出る。

 ひょっこりと顔を出せば、すでに戻っていたのかレディングスがおり私たちを待っていたようで、


「ご無事で」


と、声をかけてきた。


「森やら何やらはすべて調べ尽くしていたからな。どこに出て帰るかは予想できた。レディングス、これからわたしは父上のところに行く。一緒に来てくれ、実験場なるものの話をしなければいけないしな」

「なら、ぼくも行きましょう。巨人の話をしなくては」


 オリヴィエ王子にセリュバンさんと続き、視線は自然に私の方へ向く。


「……お休みになられた方がいいでしょう」


 提案したのはレディングスだった。最初に会った時より別人のようだ。粗野な人と思っていたけど、ブレイズガルヴ王子の通り、情に厚い人なのだ。

 あの時は、村の惨状を知って、早急に片付けないといけないと思っていたのかも、知れない。

 私を確保したと触れ回れば「安心」する人は大勢いる。

 アメフィは、びっくりした、という顔をした。まあ、そうだろう。


「では、わたしはここで失礼します」

 

 軽く足腰を下ろして挨拶をすると、そのまま、私を天幕へ連れ帰った。

 ここまで付き合ってくれたアメフィに「ああ」と告げて、頬を撫でる。


「……リーベル様」


 椅子に座らせてもらう。

 アメフィは落胆の色を見せて、


「ついていくと、言ったのに。申し訳ありません」


 私はもう一回「ああ」と言ってアメフィに向かって手を伸ばした。

 あんな場所、見たらおかしくなる。

 それにアメフィは実験場で、私を抱きしめて名前を呼んでくれた。

 私の手をアメフィは優しく受け止める。

 あの時、おかしくなりそうな私を助けてくれたのだ。

 何も、悪くない。


「あ、う、あ、め、ふ」

「リーベル様、お言葉が」


 ゆっくり、単語で「あ、め、ふ」と言う。

 自分でも不思議だった。

 何度もアメフィの名を呼びと彼女は涙して私に抱きついた。


「言葉の、練習しましょう! 今なら、きっと何でもできます」


 大丈夫です、とアメフィは言う。

 うん、言葉が喋られなければ、私が断罪される時に何も出来ないからね。

 その日は昼食を取ってから、アメフィが作ってくれたひらがなの紙を使って、声を出す練習をした。

 意外にも上手くいって濁音がついているものは喋れなかったが、大体の言葉は口に出来た。やってみるもんだな。

 こんな身体だから、何も出来ないと思い込んでいたのかも知れないし、周りの侍女たちも、そう思っていたんだ。

 夕食、私の食べるものは少し増えていた。粥はそのままだったが、果物を潰したものが増える。でも、味がしない。

 おいしいですか、と聞かれて、どうしようもなく頷いた。

 嘘は心苦しかったが、彼女たちが喜ぶのを見ていたい。献身的な看護に、少しでも報いりたかったのだ。

 その日は、そのまま寝ようと寝台の横になって、うとうとと瞼がくっつきそうになる。このまま寝ていいが、悪夢を見そうだなと予想した。

 アメフィがやってきて光りを消すのかと思ったら、少しだけ光りを絞るだけで、天幕は淡い光りを出したまま。何故かと顔を向けたら、アメフィは笑い、席を外す。

 あ、と思う。

 近づきすぎたと言ったのに。

 待っていたら、がさごそと音がして「一般兵士」が入ってきた。

 軽い鎧を纏い、黒髪のそれは誰とも知らない兵士。えっと思いつつ身体を捩ろうとする。私を殺しに来た人か、と思ったら、


「私だよ、リーベル」


 と、囁かれて、誰かと気づく。

 何をしているのか、という目線を送ると、兵士は笑い、口にする。


「実はね、アメフィには一般兵士の恋人がいて毎晩会いに来ているっていう噂を流してもらったんだ。それがなんだって話かも知れないけど、父も見ない振りしてくれているみたいだから」


 それから一般兵士は胸元から石を取りだして見せ、

「変身石っていうんだよ」と言う。

 ちゃんと見てみると、瞳は私の大好きな茶色だ。髪色が変わっただけで体格もそのまま。髪色と兵士の服だけが違う。

 これは、これでどうなのだろう。私の天幕に用があるのは、ごく一部しかいない。


「今日は大変だったと聞いたよ……そんな言葉じゃ足りないかな」


 ブレイズガルヴ王子にはブレイズガルヴ王子の仕事がある。なにせ第一王太子なのだから、次期国王としてやるべき仕事はいっぱいだろうに。

 装備を脱ぎ、彼は昨日と同じく私を抱きかかえて、話もせずに抱きしめた。

 頭に手を置いて私の髪を梳かす。五年分の髪は長いから途中までだけど、何度も何度も頭と髪を撫でながら、子どもをあやすようにゆらゆらと動く。


「あ、あ」


 と、いうとブレイズガルヴ王子はこちらを向いて、なに? という顔をする。


「ふ、れ、い、す、か、る、う」


 一字一字できるだけ綺麗に口にすると、彼は目を見開いてぐっと私を抱きしめた。

 そして、


「なに? リーベル」

「お、か、し、は」


 ブレイズガルヴ王子は目を丸くして、ふは、と笑う。


「あるよ。今日は母の故郷のコルトルコ国のお菓子だ。砂糖そのものみたいで、口の中ですぐに溶けてしまうんだ。これならリーベルも食べられるんじゃないかな」


 私を抱きかかえたまま懐を探り、手にしたのは言われたとおり、砂糖みたいな四角い形をしたお菓子だ。


「全部はダメだよね」


 の、言葉に私は頷いた。流石に、まだダメだ。

 首を振ると、腰の備え付けの小さなカバンからナイフを取り出して、一角部分だけ切り「これならどうかな?」と言う。

 まあ、これなら平気だろうと私は頷いて、小さく口を開ける。

 コロンと入ってきたお菓子は、舌の上ですぐに溶けてしまった。

 驚いているとブレイズガルヴ王子も一口で食べて、


「ん~おいしい。リーベルもおいしかったかい?」


 そう聞かれて頷いた。ごめんなさい、味が分からないんです。

 でも舌の上で、すぐ溶けたのは分かったから、すごくおいしいお菓子なんだろう。

 こてんと私は彼の肩に頭を預けた。

 今日は大変でした。でも、あなたを想うと大丈夫。

 壊れそうな私を、助けてくれる人がいて想ってくれる人がいて、なんて贅沢なのでしょう。あなたも私のこと、好きですか?

 私はもう、あなたを忘れることができません。


「リーベル、眠いのかい?」


 でも、あなたが生きていく世界が続いていくなら「処刑」だって怖くない。


「寝ていいよ、私はもうちょっとだけ、きみを抱きしめていたい」

 ああ、嬉しいなあ。最後に幸せものになるなんて、すごい幸運だな。

 私は目を瞑って、いい人の体温を感じていた。

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