お菓子殿下の甘い彼女~お菓子のあてにしないでください!~

大外内あタり

第1話 美味しそうと言われました、逃げたいです。

 三回の轟音と鳴り響いた銅鑼の音に私は目を瞑った。

 負けた。そう感じとる。

 その内、ツォルフェラインの軍が来てクエ国は終わるだろう。

 これでよかった。捕まるであろう父と私は処刑され、国はツォルフェラインの物と

なるだろうし、まだ正気の国民も助かる。

 今の父は狂乱し暴れているかもしれない。十歳で監禁されたから、間違いがなければ五年ほど、父を見ていない、はずだ。石壁の傷が間違ってなければ。

 体感はどこかに行って、今が何月で何日も分からない。

 その間も人体錬成を続け、国民を殺し続け、逃げれば死罪、材料とされ、国民の、恨みも溜まっているだろうし、考える限り、全裸で市中引き回しもありえる。

 でも、それでいいと思った。

 私が父を止められなかったせいで「こう」なったのだから。

 いつ死ぬんだろう。高い塔の上で私は石畳に寝転がった。

 私の指先は赤黒い、最初の頃こそ逃げだそうと必死で、初めて爪が剥がれ、痛みに

涙した。何度も父を呼び、侍女を呼び、門番の兵士に語りかけた。

 でも、逃げることはできない。

 みながみな、心を壊していった。壊すとどうでもよくなって流されていく。

 私も、すぐに諦めた。それは正気に戻った父が一度だけ来てくれた時、何度も「お前はここにいてくれ、生け贄にする前にここにいてくれ」と散々と泣いたから。

 食事はパンとスープだけ。それが五年間。

 私の身体は痩せ細り、長時間立つのも辛くなっていた。

 頬もこけた、髪もしらみで汚い、目も落ち窪んでいることだろうし唇はカラカラ。服だってボロ切れ、臭いだろうし、これが王女ですと言われて「はい、そうですか」

なんて誰も言わない。

「はやく、死にたいなあ」

 きっと父と死ねるだけでいい方だ。無駄に生きる? そんなの出来る訳ない。

 そんなことを思っているとがやがやと五月蠅くなって扉が開いた。

 見たこともない兵士。五年も閉じ込められてたし、知らなくて当然か。


「早く、こいつをツォルフェラインに差し出せ! 俺たちだけでも助からねえと!」


 正しいな。でも王女としての価値があるかと言われたら「ない」と思う。

 ツォルフェラインの軍が何をするか分からない。

 多分、貴族や爵位を持っているやつらは必死だろう。

 父が気が狂った分、政治を自分たちで行い甘い汁を啜ったはずだから。


「ふふ」


 久しぶりに声が出た。


「なにがおかしいんだよ! 親子揃って気が狂ってやがる! 来い! あっちの軍は

どうなってる!?」

「多分、第一王太子の軍だ!」

「くっそ、汚えな!」


 私の身体は兵士らしい男に軽々と持ち上げられて、ちゃんと立てないと見るや、引きずり、階段を降りていく。

 石段に足が当たるけど、痛くもない。痛覚までなくなったのかと、また「ふふ」と

声が出た。


「気持ちわりい!」


 引きずる男は侮蔑の眼差しで、一回だけ、こちらを見て、前に直る。

 それからは初めて見るものばかりだった。

 前までは質素であったはずの謁見場は宝石で彩られ、あの白い石の柱はなんだろうか。とりあえず、金をたくさん使ったのは分かる。

 大臣たちは見栄だけでも良くしたかったのだろう。

 引きずられて、目の前の扉が開いた。

 熱い。熱い。空気が「苦しい」


「だ、第一王太子のブレイズガルヴ様とお見受けします!」


 パカパカ音がしていたのは馬か。

 目が痛かった。まだ痛覚あったなと私は明後日の方向を考えていた。


「そうだ。おまえたちは何をしている?」

「ここの門衛でございます! こ、これは王女リーベルで」

「なぜ、そのような格好なのだ」

「あ……え……お、王クロゼルは、長い間、この娘を監禁していたのです!」


 ぐい、と引っ張られて大地に転がる。砂なんて久しぶりだ。


「なぜ、と聞いても、おまえたちは答えを知らなそうだな」

「え、あ、も、元々門衛であった我らは王の行為に反対だったんです! しかし逆らえば実験の材料にされてしまう! 恐ろしくて何一つ出来ませんでした!」

「それがどうした」


 しゃん、と音がした。それが何か分からないが、兵士たちが「助けて下さい!」と

口にしたのは分かった。

 やっと目が慣れてきて、私は上を向くと馬がいる。馬がいて人がいる。

 逆光で、ブレイズガルヴ、王子の顔は見えなかったけど、殺されるのかな? とは

思った。だったら、起きないと、と手に力を込めて立ち上がろうとした。


「……リーベル、そのままでいろ」


 そういえば、名前を久しぶりに呼ばれたな。


「たす、たすけてっ! たすけっ」


 兵士の声がしたと思ったら静かになった。

 また、しゃん、という音が聞こえて、

「王に仕えていたものはできるだけ殺さず捕縛しろ!」

 と、声がした。


「リーベルと言ったな」

「ひ、姫様から離れて!」


 ブレイズガルヴという人の声がしたと思ったら聞き覚えがある声が聞こえて、私は顔だけ上げる。この声はニミルだ。私の侍女のニミル。

 わあああっという声が聞こえて、逃げなかったんだ、と、生きてたんだと、顔を、少しだけあげて目を向ける。

 昔は恰幅のいい人だと思っていたのだけれど、今や痩せている。多分だけど。

 もう昔の記憶は曖昧だ。


「……捕らえろ」

「あ、離してっ、姫様! 姫様! ニミルです! ああ、姫様!」


 周りにいた兵士たちが、剣を持っていたニミルを捕らえて膝をつかせる。

 剣はどっかにいってしまった。


「どうか、どうか、ブレイズガルヴ様! 姫様、リーベル王女は、父君に長い間、

監禁されていたのです! 罪はございません!」

「決めるのは我らと、あなたたち国民だ」

「ああ、分かっております、分かっております、だけどリーベル様だけは、どうか。この老婆の首を捧げます。この老いぼれは、姫様が監禁されていると知りながら、

何もせずにいた大罪人でございます」


 辺りに沈黙が落ちる。

 ニミルは泣いていた。

 ずっと気にしてくれてたんだなあ、バカだなあ、捨てればよかったのに。

 私は、そう思いながら顔をブレイズガルヴに向けた。

 声を出そうとしたけど、


「あ……う……ニ……ア」


 上手く、さっきみたいに出なかった。

 一応、ニミルは悪くない、逃がして、と言いたのに。


「衛生兵はどこにいる」

「この街の境にいるはずです」

「大量の水と病人用の着替えを持ってくるよう指示を出せ」

「はっ」


 なんとなく、このブレイズガルヴが私を見ているのが分かった。

 会ったことないしなあ、だって私、十歳の時に監禁されたでしょ?

 社交パーティに出たっけか? というかブレイズガルヴは何歳なんだろう。

 とりとめないことを考えながら、いつ捕らえる為に起こされるんだろうと考えた。


「リーベル」

「……あ、あ」


 声が出ない。どうしようかな。腕をもぞもぞ動かしたけれど、なんの「行為」にも

ならない。

 ニミル……お父様……お母様……。

 そういえば、リーティにルカラス、トラウ、アークオはどうしたんだろう。

 そうだ、騎士のクリズは?

 だんだんと思い出してきた。生きているのかな。


「きみの瞳はジュレのようだ……!」


 何言ってんだろう、この人。

 跪いた、この顔のいい人は、私のこけた頬を触りながら感激している。

 ジュレってなんだっけ、思い出せないな。

 でもこの人、嬉しそうなのはなんだろう。

 王女って信じてないのかな。ニミルがいるから保証はあるのに。


「食べれそうだ……!」


 とりあえず、この人からは逃げたいな、と思いました。

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