第9話 ヘンリー君の手作り料理

それにしても、かわいい女の子が一人で店を切り盛りしているのを見て心配になったって、ヘンリー君、人の心配をするような身の上ではないと思うけど。


でも、そうは言えない。かといって、おかげさまで助かってますとも言いにくいよね。

最初のころはもたもた走って行って商品にぶつかって薬瓶を全滅させたり、うっかり客に殴られそうになって私が割り込んだり、こいつさえいなければ案件が続出した。


まあ、現在は、もたもた走る身のこなしは相変わらずだが、体はだいぶ絞れてきた。

以前は私の方が力持ちだったが、今は私の二倍くらいの荷物を運ぶ。

お客様の気持ちがわかるようになって、機転も利くと言っていいくらいだ。この間なんかお客様から褒められると言う奇跡的な案件が発生した。


「時間を持て余しているなら、ほかの店で働いたらどうですか?」


私は最近のヘンリー君を思い起こした。


「もうほかのお店でも立派に通用すると思います。修行を積んでここの市場の跡取りになるのでしょう?」


「ヘンリー君には兄がいる。もう結婚して子どももいて、立派な後継ぎとしてみんなに知られている。筋肉すごいし、あのバリー商会とも付き合いがあるくらいだ」


こんな時に引き合いに出されるバリー商会! 

自慢じゃないけど、ウチの商会は、このモレル伯爵領のみならず広範囲で商売を営む立派な商会なのだ。

マッスル一家の誰かとも、家のパーティで会ったことがあるのかもしれない。ヘンリー君が引きこもりで助かった。道理で顔を知らないわけだ。バリー商会の娘だとばれたら危険だ。


「両親はヘンリー君には甘い。ヘンリー君があなたを気に入っているので、頑張っているんだと理解している。だからむしろ逆だ。応援してくれると思う」


マッスル商会の家族構成を聞いて、私はうっすらとマッスル商会のことを思い出した。


いつだったか、筋肉隆々とした男性とドレスを着ているのにごついのがはっきりわかる夫人、それに息子だと言う筋肉隆々とした若い男を紹介され、「マッスルです」と3人で声を揃えて名乗られて噴き出さないようにするのに苦労した記憶があった。


噂では次男は虚弱で好きなようにさせていると聞いた。それがこれか。ヘンリー君か。


グスマンおじさんがもじもじしながら付け加えた。


「ヘンリー君はローズさんのおかげで変わった。ご両親はチャンスだと思ったらしい。どんなに貧しい娘でもマッスル商会がバックアップするから、ヘンリー君を一人前にして欲しいと頼まれている」


なんだとう? 誰が貧しい娘だ。私を誰と心得る。バリー商会の一人娘。マッスル市場なんか比べ物にもならないのよ!


……と正体をばらすわけにもいかないので、私は結構ですと簡単に断った。


「でもね、若い娘が一人住まいは危険だよ。まあ、護衛だとでも思って薬草摘みでもさせたらどうかね」


「薬草摘みをする護衛ですか」


護衛は、薬草摘みなんかしないと思う。それに武術に長けているのでは?


「薬草摘みで日に当たったらヘンリー君も健康的になるだろうし、それにヘンリー君、料理と掃除ができるんだ」


そんな便利な引きこもり、聞いたこともありませんが?


「ヘンリー君のサクランボのパイとレモンスフレ、シュークリームはプロ顔負けだそうだ。あと、パウンドケーキも絶品だそうだ。両親は、一応スイーツの店を出すように勧めたらしいんだが、本人が自分に自信がなくて」


ほう?


「というのは家族は全員、鶏のささ身と卵白、乳製品とかナッツくらいにしか関心がないうえ、スイーツは目の敵にしているそうで。スイーツ作りには自信を持ちにくい環境だと思う。あ、野菜は食べるそうだけど」


「それはまた、なんでそんな食事を?」


かなりの偏食のような気がする。


「体つくりの為だ。家で甘いケーキの匂いをさせると支障が出るらしくて離れで作っているって。ヘンリー君自身は脂ギトギトの食事が好きらしいが、それがまた両親からの非難される理由らしくて」


私は脂ギトギトの料理は大好物だ。


「最近は体を絞りたいと言い出して、一家が大喜びしてる。やっとわかってくれたかって。それもこれもローズさんのおかげだと大感謝している」


次々にもたらされるグスマンおじさんの珍情報。


「家族のマッスル体操にも参加し始めたらしくて、会長がとてもうれしそうだった。あとは少し体を焼いてくれたらいいのにとおっしゃってた。薬草摘み、やらせてみては? そのあと食事を作ってもらって帰ってもらえば?」


何かグータラ生活に背徳感を抱かせる一家だなあ。


「薬の荷物だってここまで持ってくるの重いでしょ? ヘンリー君、体を鍛えることならなんでもすると思う」


いや、実はその件に関しては本当に限界を感じていたのよね。

決まった量だけしか売りませんと宣言したものの、やっぱりあれだけの人数が押し寄せるようになれば、さすがに多少は薬を増やさなきゃと思う。


でも、持っていくのが大変で大変で。


「ね? 馬車を雇えば高いし、家で馬の世話なんかできないでしょ? ヘンリー君なら何キロ持たせても修行だと思って一生懸命運んでくれますよ」


話がウマ過ぎる。


「そのほかにコンポートやジャムを作ってくれます。コーヒーの淹れ方にはこだわりがあって少々小うるさいらしいけど」


小うるさいくらいでないと、おいしいコーヒーになりませんよ!



仕方がないので、私はヘンリー君を家に連れて帰った。


「台所はここですか?」


ヘンリー君はぶよぶよしながら狭い台所に体を押し込んだ。よく入ったな。


「夕食にはスープと鶏のローストを作ります。ブーケガルニ持ってきました」


「ええ。じゃあ私は薬作っているから」


私はヘンリー君に見つからないように二階に退散することにした。


「パウンドケーキ作って持ってきました」


途端に目がキラッと光った。パウンドケーキは好物だ。


「私、薬作りするので、入ってきてはダメよ。でも、ケーキとコーヒーはいただくわ」


よし。二階で思い切りダラダラしてやる。


「夕食のデザートはアップルパイに生クリーム添えです」


私は出来るだけ気がなさそうにうなずいたが、成功したか自信がない。

難関のパイ生地を突破してくれるらしい。

わー、楽しみ。アップルパイ大好き。


夕食時になると、素晴らしい料理が私を待っていた。


美味しそう!

美味しそうなんではなくて、美味しいわ! いや、ほんとウマイわ!


なんてことだ。一人暮らしで培った私の料理の自信は木っ端微塵だ。


「ヘンリー君、すごい! 美味しい!」


「ええ? 本当ですか? 僕はこれ、好きなんですけど、家族からは高カロリー高脂肪で非難轟々なんです」


「こんなに美味しいのに?」


ヘンリー君は寂しそうな顔になった。そして、自宅に帰って行った。


「家で食事しないといけないんで」


事情が事情なだけに、そうそう引き留めるわけにも……って言うか、この料理、一人前しかないの。

ヘンリー君は、最初から自分は食べるつもりはなかったらしい。家でササミを食べなくちゃいけないらしい。


うーん。そう言われれば仕方ないよね。

私は、ヘンリー君が帰るや否や、お行儀なんかほっといて、バリバリ食べ始めた。うまいっ。


家庭料理の素朴さを残しつつ、味にひねりとメリハリを効かせたプロな味わい。これがヘンリー君の脂肪の源か!



「おっ? おいしそうじゃない!」


ガチャリとドアの音を派手に立てて、なんと騎士様が不法侵入してきた。


私はスプーンとフォークを両手に持ったまま、あまりのことに目を見張った。


めっちゃナチュラルに入って来た。


なぜ?

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