第14話 その実……
正直、他人にとって、こんなに面白いパーティーはなかったかも。
あくまでも他人にとってはだけど。
「ローズ嬢。踊ってください」
片膝ついて麗々しく手を取ることじゃないわ!
でもなー。ロアン様みたいな美しい男に誘われると、うっかりホイホイついて行きたくなる心理って、困るわあ。
私は青筋を立てたまんまのロアン様と五回踊り、ベッタリ張り付かれ、メチャクチャ疲れた。
確かにロアン様はイケメン。ダンスはまるで夢のよう。しかし、体力の限界ってものがあってですね……
久しぶりに私の顔を見て驚いた様子の友人たちと話をしたかったし、目をまんまるにしている遠縁の人たちに説明もしたかったけど、そんな余裕はなかった。
「ローズ。君と初めて踊る日に、あんな不愉快な話を聞かされてとても残念だ。まるで俺がお前を待ち伏せしてたみたいじゃないか」
そう言われると……偶然にしてはよく出来すぎた話ですよね……今、ちょっとそんな気がしてきました。もしかして、本当に待ち伏せしていたのでは? そんなことないよね?
「気を取り直して。踊ろう。婚約者同士なのだから、遠慮はいらないよね」
どこでもここでも、遠慮は大事ですよ! ロアン様! ちょっと! みんな見てるじゃない。止め、止めー。
「さ、飲み物だ。次の曲が始まったら、もう一曲。ふふふ」
流れに逆らいたいと、家出まで敢行したのに、自分の都合ではなく、他人の希望に流されている気がする。気のせい?
パーティーの間中、ジェロームは、私と接触を計りたいらしく、そばに寄ろうとするが、ロアン様と忠実な使用人たちがそれを阻んだ。
「さらわれるだろう」
ジェロームは意外に危険な人物だった。認識していなかった。
「こんなパーティ会場で、あんなことを言い出すとは。伯爵家が怖くないのだな」
いい度胸だ、と続くのかと思ったが、違っていた。
「アホだ」
パーティーは終了し、私はロアン様と伯爵家の別邸に戻ったが、別邸は物々しい雰囲気に包まれていた。
いつもより出入りする人の数が多く、それも武装した男ばかりだった。
「ロアン様。お言いつけ通り」
そのうちの一人が、ロアン様を見つけると走り寄ってきて、かしこまって膝をついた。
「よし。準備は完ぺきだな。さあ、疲れたろう、ローズ」
私は何が何だかわからないまま、ロアン様の顔を見上げた。
「部屋に戻りなさい。キティが待っている」
私はこの屋敷の年を取った使用人に手を引かれ自分の部屋まで送り届けられると、キティが緊張した様子で待っていた。
「何があるの? キティ」
「今晩はここから出てはいけないそうです」
「明日売る薬はどうするの?」
キティは首を振った。
「それどころではございません。なんでも捕り物があるそうです」
「捕り物? 誰かを捕まえるってこと?」
「だんなさまが言うには、今夜か明日の晩、お嬢様をきっとさらいに来るだろうって」
多分、ヘンリー君の話ではないな。ジェロームのことだ。
「お嬢様、まずは着替えを。ダンスパーティでお疲れになったでしょう」
私たちは黙りがちに着替えをした。この家の老女も手伝ってくれた。
「しっ」
突然、キティが指を唇に当てて言った。
キティは窓を見ている。私たちは外から見えないように気を付けてこっそり外を覗いた。
貧相な馬車がガラガラと出て行く。
それまで黙っていた老女が口を開いた。
「おとりです」
「おとり?」
「中に若い女性の姿の人形が乗っています。周りを男たちが人目に立たないよう囲んでいます。万一、バリー男爵家があの馬車に手を出したら、捕まえる気なのですよ」
「そんなものに引っ掛かるかしら?」
私は首をひねった。
「バリー商会の資産は莫大です。万一あなたと結婚すれば、全部、バリー男爵家のものになる。言うことを聞かないようなら殺されるでしょう」
老女、怖い。
「私はドネルの妻です」
私はひっくり返りそうになって老女を見た。
彼女はカツラをむしり取り、ニコリと笑った。
「ファニーじゃないの!」
ドネルの奥さんは、ドネルより頻繁に会っていた。元は私の家の使用人で、ドネルが見染めて妻にしたのだ。そのために、うちへのお使いには気安いので、彼女がよく来ていた。
「おばあさんに化けたのですよ。ここへ来たのがバレないようにね」
「はい。私もいつ気が付くかと思っていました」
キティもにやにやしながら言った。
私の家の忠実な使用人たちが戻ってきてくれている。あと、二週間すれば両親も帰ってくる。
「来てくれてありがとう」
私は言った。心からうれしい。
「さあ、お嬢様。人に見られてはいけないので窓のそばを離れましょう。ロアンさまは一挙に解決を目指してらっしゃるのですよ」
「何をですか?」
「バリー男爵家の始末をです。資産の着服や、バリー商会の名前を騙った借金などもありますが、それ以上にお嬢様をつけ狙っている」
彼女たちは口々に言った。
「バリー家の長男と無理やりでも結婚させれば資産が手に入るので、お嬢様の身辺を狙い続けているのです。いつ襲ってくるのかわからないので、今晩のダンスパーティを仕組んだのでしょう。もう、伯爵家の手の中にいるんだぞと知らしめるために」
「じゃあ、あの馬車は?」
「今晩、だんなさまは婚約を公表し、ジェロームにお屋敷から出て行けと告げました。早くあなたをさらわないと、本当に結婚してしまうかもしれません」
「いや、平民の娘とそれはないと思うけど」
私がブツブツ言うと、ファニーは言った。
「ですけど、今日のロアンさまは本気でした。誰もが、ロアン様はお嬢様に夢中なのだと感じ取ったと思います」
演技派なの?
「とにかくここはロアンさまにお任せして、お嬢様はお休みなさいませ」
私はベッドに追い払われたが、なかなか寝付けなかった。
ロアン様は本当に私と結婚する気なのだろうか。
ジェロームたちは、本気で襲撃してくるのかしら。
でも、いろんなことが起き過ぎて、私はいつの間にかうとうとして眠ってしまった。
そして起きた時にはすべてが終わっていた。
朝食の間に降りていくと、目の下に隈を作ったロアン様が待っていた。
「おはよう、ローズ」
「おはようございます」
疲れているようだが、いつにもまして偉そう、得意そうである。
「宿敵ジェロームは現行犯逮捕した」
「は?」
私は口の中でつぶやいた。何の罪で?
「誘拐罪だ。正確には誘拐未遂罪だが。そのほかに器物損壊罪、住居不法侵入罪、それから今後詐欺罪の適用を考えている」
思い出した。
この辺り一帯の司法をあずかっているのはモレル伯爵家だった。
当主は公正な人物と評判が高く、そのおかげで安心して住めると人が集まってきた。例えば、ウチのバリー商会も王都ではなくここに本拠地を置いている。領主の気まぐれで突然課税されたりしないから安全らしい。以前にドネルがそう言っていた。
しかし、次代の当主はどうなのかしら。罪を捏造しそうな勢いだけど。
「お嬢様、お久しぶりでございます」
礼儀正しく近寄ってきた人物がいた。ドネルだ。
「久しぶりです。ドネルさん。私が勝手にいなくなってしまって迷惑を掛けました」
ドネルは中肉中背の中年男で、一見頑固そうに見えるが、常識人でいい人だった。彼は私のこの言葉を聞くと大きく目を見張った。
「とんでもございません。お嬢様がお屋敷にいらっしゃらなかったので、私たちはそれを最大限利用しました。無理な金銭の要求をされても、お嬢様がイエスとおっしゃらない限りお受けできませんで全部断ってきました」
ドネルの奥さんのファニーも口を添えた。
「そうでございます。私どもはお嬢様が市場で薬を売って大人気になっていることはよく存じていましたが、バリー男爵には、お嬢様のお加減はいかがですかと事あるたびに聞いておりました。男爵が困っているのが楽しみでしたわ」
なぜ、知っているんだろう。疑問だわ。
「ええと、でも、夕べジェロームは私が家出をした時の様子をよく知っているみたいだったわ?」
ちょっと不思議だった。
ロアン様が口を挟んできた。
「俺が2日ほど前にドネルに言ったんだ。ジェロームにお前の居所を教えてやれって。あいつ、アホなのでいつまで経ってもお前を発見出来ないんだ。いい加減、イライラしてきた」
え? え?
「私がバーバラの着付けをするときに、バーバラに教えたのですよ。もちろん夕べじゃありません。もっと前です。悪事の証拠なんか作ればいいんですよ。私たち、関係のない借金取りにどれだけ悩まされたことか」
ファニーはお怒りだった。
「ジェロームは要領の悪い男でなあ。一人では何もできなかった。家の場所まで教えてもらって、女一人かっさらってしまえば済む話なのに、いつまでもウジウジしていた」
ドネルが言った。
「だからバーバラを焚きつけたの。邪魔なローズを監禁するか殺せば、あなたがあのバリー商会の跡取り娘になれると教えたの。もちろん、そんな露骨な言い方はしなかったけど、バーバラにすれば死活問題よ。エリザベスやリンダより優位に立てるんですから。きっとジェロームに聞いたままをしゃべったに違いないわ」
情報を与え過ぎなのでは? 夕べ私は悪女寸前のところまで追い込まれた気がする。
「お前の悪口を言われるのは、不本意だかな。ドネルに言われたんだ。あいつがお前を悪く言えば言うほど、自滅するって」
ロアン様は不満そうに言い、ドネルの奥さんのファニーさんがなんだか楽しそうに言った。
「とにかく、ジェロームは教えられた通り、町の裏通りの店に入って、銀貨百枚で女をさらえと契約したわ。証拠も残っている。家の扉もぶっ壊したし、薬瓶は全滅させたわ」
ひいいいい。私の薬瓶がああ。
「薬瓶なんかどうでもいい。ジェロームは牢屋に入れた。余罪を追及している。なお、男爵も拘束した。なぜ、ローズ嬢を探さなかったのか、バーバラという女にローズを名乗らせたのか、拷問で吐かせる」
あなた方にやり過ぎという言葉はないの?
「何を言っているんだ、ローズ」
突然ロアン様が抱きしめてきた。
「危ないところだったんだよ? 夕べ馬車で家に帰ったら汗臭くて洗濯の行き届いていない服を着たむさくるしい男たちに捕まって簀巻きにされるところだったんだ」
簀巻きってなんだろう。
「そんな計画を立てた連中は、法の裁きを受けてしかるべきだ。お前は優しいから、そんな生ぬるいことを言うんだ。俺に全部任せなさい」
ジェロームさん、頭悪そう。完全にロアン様たちに乗せられてそうだけど?
「それなのに、拷問ですか?」
「まずは、初歩編から。色々あるよ」
『拷問百科』という本を見せびらかしながら、ロアン様は悪そうに言った。
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