第15話 事件は終わって?

バリー商会の娘ローズは、両親が行方不明になった途端、財産目当ての親族のバリー男爵一家が自宅を占拠し虐待されたが、モレル伯爵家のロアン様が彼女を救い、二人は恋に落ち、結婚することになった。ロアン様はバリー男爵一家を家から追い出して、ローズ嬢に返した。


この話を聞いた時、私はうなった。


そうかもしれない。でも、唯一違うみたいな? その恋に落ちたってところ?


釈然としなかったが、バリー男爵家の成り行きには満足だった。


超スピード解決だった。裁判速過ぎ。


ジェロームは誘拐罪で投獄され、バリー男爵は商会の名をかたって多くの金品をだまし取った罪に問われた。


まあ、誘拐は未遂だし、詐欺罪はそこまで刑が重いわけではない。死刑なんかにはならない


罪に問われたこと自体、男爵家としては家門に傷がつく衝撃的な不名誉なのだが、それ以上にジワジワ彼らを苦しめたのは、賠償金問題だった。


元々住む権利などなかったバリー家の屋敷を乗っ取った件は重視され、すぐに家を出て行くように命令された。また賠償金の支払いを命じられた。

何の関係もないバリー商会の名をかたって借金したことも、罪は罪だが、それより返済金が莫大な額に上った。調子に乗って借りまくったからである。


「売るものも何もありません」


みじめそうにバリー男爵は答えた。男爵の領地は猫の額ほどの土地で、特産物もない。何のうまみもない土地で、誰も買わないだろう。家屋敷も手入れがされていない古い建物で値はつかないそうだ。道理で我が家に来て大喜びしたわけだ。


「私のドレスを返してちょうだい」


これは本当にムカつくわ。人のものを勝手に使わないで欲しいわ。


「返す時にはしっかり洗濯してちょうだい」



「俺が間に入ってやろう。あんな手合いとお前が直接話す必要はない」


ロアン様が仲裁を買って出た。ジェロームは誘拐罪と殺人未遂で投獄されていたので、牢屋に入ったままだったが、残りの4人は元の家に戻ったそうだ。

執事や女中頭のポーツマス夫人が必死になって、バリー男爵家の爪痕を消そうと家の清掃や家具の位置を戻す作業に入っていた。


「その間、お前はここに入ろ」


私はロアン様の家にいるように命じられたが、問題のジェロームをはじめとするバリー男爵家がいないなら、私は元の自分の屋敷に戻ればいいのじゃないかしら。


「おぼっちゃまに許可を取ってから、戻ってくださった方が」


「もちろんロアン様には感謝しています。でも、ようやくこれで自分の家に戻れるのです。これ以上、ご厄介になるわけにはまいりません」


そう言われると、ロアン様の使用人たちは黙った。当たり前だ。


私は堂々とロアン様のお家を出て、家路についた……ように見せかけて、途中で馬車を降りて、自分が借りた小さな家に帰った。


考えてみたら、あのダンスパーティの日から三日経つ。

その間、マッスル市場の店は閉めっぱなしだった。


私はそのことがずっと気になっていた。


だって、私にとって、この小さな家と市場の店はとても値打ちのあるものだったからだ。


これまで、よき令嬢としてたしなみを身に着け、舞踏会場で目立って、よき婿を見つけて結婚して、子どもを産むよう期待されていた。


でも、人生はそれだけじゃないらしい。

家出は楽しい。

作った薬を売るのは面白かった。みんなが私の薬に期待してくれた。

医者にかかるだけのお金がある人ばかりじゃない。私の薬は、医者にかかるのとは比べ物にならないくらい安かったから、みんなが喜んでくれた。

お客様が私を待っている。グスマンおじさんも、娘の火傷跡が治ってとてもうれしそうだった。医者にはさじを投げられたとも言っていた。

商売での成功は、ダンスホールで容姿を誉められることより、ずっと強く私の興味をいたのだ。


家は思っていたよりひどい荒らされようだった。


私の家の玄関のドアは斜めになっていた。きちんと閉めることはできないだろう。

部屋の中も荒らされていて、薬だなも、ロアン様が言っていた通り、ガラス瓶が割れて床に散らばり、ひどいありさまだった。


私は残骸を見てがっかりしたけど、気を取り直した。

掃除すればいいのよ。高価なじゅうたんなど敷いていない部屋でよかった。


それから薬の材料を持ち出して、明日の分の調剤を始めた。


もう、私の店をみんなは見放したかもしれない。だけど両親が帰ってきたら、私は店を続けることを相談してみようと思う。


そういえば、母はこの旅に出る前に、帰ってきたらあなたの結婚について考えなきゃねと嬉しそうに言っていた。

縁談でもきたのかな。

頑張って店を戻さないと、世の中の波に飲み込まれてしまう。結婚とか、お付き合いとか、いろいろあるよね。自分のやりたいことができなくなっちゃう。


薬瓶の残りがないか家の中を探し回った。割れていないガラス瓶がいくつか見つかった。全然足りないけど、あるだけ詰めていこう。

明日の分の薬くらい有りそうだ。


明日、市場に売りに出てもきっと売れない。三日も貼り紙もなしで店を閉めていたら、お客様は誰も来ないだろう。

でも、開け続けたら戻ってきてくれると思う。


ものすごく疲れたので、もう寝ようと寝室に入ったら、そこも荒らされていた。


「行くところもないしなあ……」


私が帰ったら、ポーツマス夫人は大歓迎してくれるだろうけど、私を市場に出してくれないだろう。


「形だけでもどうにかして、あとは明日にでもなんとか」


その時、私はギクリとした。下の階から足音がする。


店のことばかり考えていて、すっかり忘れていた。玄関は開いている。正確にはドアが壊れてて閉まらない。誰でも入れる。


人の気配がする。私は食事用のナイフを握り締めた。


「どこだ?」


男の声がする。ぎゃー、怖い……はずだが、聞き覚えがあった。


ハアハア言いながら出現したのは、騎士様……ではなくてロアン様だった。


「あっ、見つけた」


ロアン様は私を見て叫んだ。


「ロアン様……何しにきたのですか?」


泥棒でなくてよかった。だけど本当に何の用事かしら。

ロアン様の存在はいつでも私の心をかき乱す。いつだって失礼だけど、この人が一番友達に近いかもしれなかった。


「お、お前なぁ……」


お前はちょっと嫌だな。せめてバリー嬢とか。平民に嬢付けが嫌か。領民だし。


ロアン様は黒髪を振り立てた。


「なんで黙って出て行く」


「言いましたよ? 家に帰るって」


「お前の家は、バリー家の屋敷だろう!」


「私の家はここです」


ロアン様はなんとも言えない顔つきで私を見た。


「なぜ、屋敷に帰らない」


「改修中なのですよ。執事や女中頭に迷惑をかけるわけにはいきません」


私は適当なごまかしを言った。


「お前が主人の家なんだ。お前のために改装している。迷惑なんかじゃない」


すごく真っ当な返事が返ってきた。

真っ当すぎて返しに困る。


「ポーツマス夫人やキティが聞いたら泣くぞ」


「私、家事って本当に大変だなって思ったんです」


私は語り始めた。


「私には自分が借りた家があります。これは私のものです。ここなら自由に暮らせます。家事を手抜きしても誰も何も言いません。礼儀作法をあれこれ注意されません」


「お前……よっぽど家でダメ令嬢だったのか。きっと小うるさく躾けられるのが気に入らなかったんだな」


ダメ令嬢ではないと言うのに!


「まあ、強いて言うなら、いい子でいるのは嫌だったかも知れませんが」


一人暮らしって気楽だよね。


「なあ、女が結婚したがるのは、誰かの夫人になれば、自由になるからだ。女主人だからな。使用人にとって主人は夫じゃない。家に長くいて、家事を取り仕切る妻の方だ。子どもの母になれば、子どもや乳母は母親の言うことを聞くだろう」


すぅーっと頭から抜けてく理屈だった。私は結婚したい訳じゃないので。


「私にはこの家があります」


思わず言った。


「ここで暮らします」


「どうして? 俺の屋敷じゃダメなのか?」


「モレル様」


モレル様と正式な名前で呼ばれて、ロアン様は何も言われる先から身構えた。


「ダンスパーティで婚約者扱いしてくださってありがとうございました。でも、私は平民です。本当の婚約者になることはできません」


「みんな、俺が本気だってことを知っている」


「ご両親の伯爵夫妻はそうは考えないでしょう」


ロアン様はぎくりとした。その様子を見て、私は両親の了承を取っていないのだと察した。


「ロアン様が真剣だったとしても、同じでしょう。結婚は同じくらいの身分の者同士の方が安心です。誰からも批判されない」


私は身分なんか気にしないけど、そう言う義両親ばかりではないでしょう。


「お前の両親が帰ってきたら、お前は富豪の令嬢に逆戻りだぞ? こんな家に住むような人間ではないはずだ。大体、玄関、開きっぱなしじゃないか。不用心だぞ?」


「こんなあばら屋、誰も人がいるだなんて思いませんよ」


「バカ」


ついにロアン様が言った。


「ネコだとしてもひどすぎる。自分の身分を考えろ」




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