第16話 伯爵令嬢になりました

「身分?」


私は平民だ。だが、ロアン様は言った。


「富豪の娘なんだ。こんなところに住んで、誘拐されて身の代金を要求されたらどうする? それこそ、みんなが迷惑するぞ?」


「こんなところに人がいるだなんて、誰も考えませんよ」 


私は口答えをしたが、ロアン様の言うことは正しい。

でも、ここにある薬を作る道具を自分の屋敷に持ち帰らなきゃいけないのよ。


「今日は大事な話があるんだ」


ロアン様が言った。


「明日、お前の両親が帰ってくる」


「えっ?」


私は騎士様の顔を見た。


めちゃくちゃホッとした。よかった。


もう、これで安心だ。


「よかったです」


もう、言葉がなかった。帰ってくるとは聞いていたが、やっぱり心配だったのだ。


「それどころではない。お前の両親は、立派だった」


「どういうことですか?」


「難破の時のことだ。船なんかどうでもいいと言い出したのだ。人の命の方が大事だと。あの船はバリー商会のものだった。船と積み荷はどうでもいいので、人命を真っ先に考えろと命じた。船は壊れ、積み荷は浸水して価値がなくなったが、乗っていた貧乏人たちは助かった。お前の両親は貧乏人たちの願いを聞き入れて、わずかな金で船に乗せてやったのだ」


両親はいつでも偉かった。


「損害は相当なものだ。だけど、両親も知らなかったことだが、その乗せてやった人々の中に隣国の王子アシュトン殿下がいたのだ」


誰、それ。


「王子だ」


名前からして王子でしょうけど、そんな人がなぜ両親のチャーター貨物船に?


「どうして、貧乏人のふりをして船に乗っていたのですか?」


「お前に似てるんじゃないか? 無茶をするというか、下手な冒険心があるというか」


ロアン様は皮肉を言った。

それ、不敬ですよ!


「家でじっとしていれば、何不自由ない暮らしが待っているはずだ。噂だが、外に出てみたいと親の反対を押し切って出て行ったそうだ」


私はそんな無謀な真似はしていない。家出をしたのはちっとも得にならない結婚を強いられたからで、ちゃんとした理由があった。あのままではバリー家は乗っ取られてしまう。ジェロームが正式な夫になったら、いくら両親でも無理だ。バリー男爵家を生涯養い続けなくてはならなくなるだろう。


「両親は私に縁談があるようなことをほのめかしていましたわ。はっきりとは言いませんでしたけど。でも、その相手は多分ジェロームではなかったと思います。私がジェロームと結婚していたら、さぞがっかりするでしょう」


「まあ、その意味では、冒険心があって大変に良かったよ」


ロアン様が妙な誉め方をした。


「それでね、その外国の王子様を助けた件だが、ご両親の国王陛下夫妻が大変感謝されて、バリー商会の会長は隣国の伯爵になることになった。爵位を与えられたんだ」


「爵位?」


私は耳を疑った。

爵位はそう簡単にもらえるものではない。

ロアン様も同じことを思ったらしい。


「うん。この国ではあまりそんな話は聞かないけれどね。隣国には名誉伯爵とかいろいろあるらしい。勲章のようなものらしいな。宮廷やそう言ったところでは、伯爵並みの扱いを受けられるとかで」


私には想像がつかなかったので黙り込んだ。


ロアン様も同じく黙り込んだ。この国にはない発想なので勝手がわからないらしい。


「まあ、そんなことで、あなたは伯爵令嬢になったのだ」


「え?」


私はびっくりして顔を上げた。


「ことによるとご両親はそちらの国に移られるかもしれない。高潔な行いで王子を助けたとなれば、商売にとってもきっと有利に働くだろう」


そうね。父が伯爵になれば母は伯爵夫人。そして私は伯爵令嬢だわ。


「爵位はあった方がいいからね。娘のあなたもより良い縁談が望めるかもしれないから、きっと一緒に行くように言われるだろう」


私は絶望的な顔になって、ロアン様を見つめた。


お店が遠くなっていく。


「あなたが遠くなって行く」


ロアン様がなんだか暗い調子で言った。


よく見ると、顔色が悪かった。それから、さっきから、あなた呼びになっている。


「今度ばかりは本当に伯爵から言いつかった。あなたを警備するようにと」


ん? ちょっと待って。じゃあ、今までは保護しろとは言われてなかったってこと?


ロアン様はだんだんと打ちのめされたような顔つきになっていった。


「あなたを伯爵家の本邸へお連れするようにと言われていた」


なんですって?


「じゃあ、どうしてロアン様の別邸へ?」


いよいよ打ち萎れてロアン様は言った。


「だって、本邸は母上の目があるから」


なんだとぉ? どう言う意味だ?


「うまい具合に、ちょうど両親が留守だったので……俺の別邸に」


ええええ。何言い出すの!


「……でも、嫌われてたくなくて」


はああ?


「あなたの両親が出かける前に、許しを願いに行ったんだ。伯爵をようやく説き伏せて結婚を許してもらったところだった」


結婚?


「ローズが好きだった。必ず結婚しようと心に決めていた。式場の予約の日時は候補日を選んで、ドレスは母上のドレスメーカーにお願いしたいと」


突然の告白……?


ちょっと待って! 本人は? 本人の意向は? 


「相思相愛の二人だと両親を説き伏せた。だから、いいかなって」


誰と誰が相思相愛なの? 何言ってるの? いいかなって何がいいの? もしかして、私の勘、当たってた? ロアン様の方が、ジェロームより危険だったの?


「バリー商会は国内でも有数の大商会だ。その娘が伯爵家に嫁いだところで、ウチが金目当てとそしられるのが関の山で、羨ましがられるのがせいぜいだ」


勝手に話を進めないでください!


「だが、こうなってしまっては……」


ロアン様は、襲撃後の家に唯一残った私のイスに崩れるように座って頭を抱えた。


「あなたはきっと隣国に行くだろう。バリー商会は隣国にも支店がある。今度のことで、バリー商会の当主は裕福なだけではなく、立派な身分がついた。隣国王家と言うバックも付いた。大勢の貧しい人たちを助けたことで評判も爆上がりだ。それにあなたは美しい……」


え? わあ、褒められちゃった?


「俺だって、一目見た時からどうやって手に入れようか、毎晩考えた」


えっ? 一足飛びに今なんて言った?


ゾオオオ。誰か助けて。この人、変態です。


「こんなきれいな人を誰も捨ておかないだろう。きっと大勢の男たちが……」


バタンと音がして、急に外が騒がしくなった。

普段なら怯えるところだけど、今回ばかりは助かった。

変態とさし向かいはイヤ。


「ローズさん!」


ヘンリー君の声だった。


忘れてた。


ヘンリー君の真剣な求婚の最中だった。ほっぽらかして、出て行っちゃった。そのあと、忘れてた。


「ローズさん、無事ですか?」


ああ、この騎士様だけじゃなかった。

もう一人いたの忘れてたわ。


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