第17話 ダブル求婚をいい加減にしていたらツケが来た

そのあとも、ドタバタと足音がした。

おかしいな。ヘンリー君一人ではないみたいだ。グスマンおじさんが一緒かな?


「ヘンリー、ローズ嬢はどこだ」


甲高い男の声がした。そして、二人、いや三人、ではなくて四人の男がドヤドヤと狭い部屋に入ってきた。


だいぶ絞れたけど、やっぱり横幅タップリのヘンリー君、その後ろから日焼けして筋肉隆々な中年男性、さらにもう一人日焼けして筋肉隆々な若い男性、そのうしろからグスマンおじさんが不安そうに顔をのぞかせた。


「あっ、君は誰だ。ロ、ローズさんに乱暴を働くなら容赦しないぞ!」


ヘンリー君がロアン様を見つけて叫んだ。


「お前が?」


ロアン様はタプタプのヘンリー君を鼻で笑ったが、その後ろの二人が黙っちゃいなかった。


「うちのかわいい息子に手を出したらただじゃ済まさないぞ」


一人が腕をまくって筋肉を見せびらかしながら叫ぶと、もう一人がぴったりした服の上からも分かるように胸筋を動かした。


「そうだ。かわいい弟なんだ」


最初はとにかく焦りまくったが、この時点で私は主人公役を降りた気がした。


もう、勝手にやってください。


四人はにらみ合いをしているが、私は悪くない。て言うか、ほとんど関係ないと思う。


「ローズ嬢は私の婚約者だ」


私にしゃべる時と全く違って、落ち着いた低い声でロアン様が言った。


「なんだと? 婚約者だと? 君は誰だ」


ヘンリー君が応酬した。

ヘンリー君、成長したねえ。ロアン様に口答えするだなんて。私はほっこりお茶を飲みながら観戦している気分になった。


「モレル伯爵家のロアンだ」


まあ、一応、決着は見たかな。領主の伯爵家、最強。

部屋には沈黙が広がった。


だが、一時の沈黙のあと、ヘンリー君が叫んだ。


「街の市場の売り子と婚約するのか、あなたは」


「そうだ、そうだ。ローズ嬢の両親は近くの村の羊飼いだぞ?」


「え? 薪集めしてるって聞いたけど?」


「俺は、日雇いで農作業を手伝ってるって聞いた」


なんだか情報が錯綜さくそうしているな?


しかし三人が一斉にロアン様の方を向いた。


「とにかく、伯爵家のご子息が、そんな街の市場の売り子と結婚だなんて考えられない」


「誰が市場の売り子なんだ」


ロアン様がのんびり問いかけた。そして付け加えた。


「ローズ嬢はバリー商会の一人娘だ」


「「「「「はああ?」」」」」


グスマンおじさんも参戦してきた!


「聞いてないし!」


ロアン様以外の全員が、私の貧しい身なりをじろじろと見た。


「そ、それにご領主様のご子息が婚約されただなんて、聞いてないぞ」


「ローズ嬢も……もし、それが本当なら、嘘をついてたってことか?」


そういや一度ご結婚は? と聞かれたことはあった。尋ねたのは、グスマンおじさんだったけど。老婆の格好が面倒くさくなってきて、だんだん適当になってきた頃だ。なんで、婚約の有無まで聞くのかなあと思ってたけど、そういうことか。ヘンリー君の差し金だったわけね。


「嘘なんかついてませんわ。だって、了承していな……」


私の言葉に、おっかぶせるようにロアン様が話し出した。


「婚約発表は、先日の伯爵家のダンスパーティだったからな。それまでは公言していない」


「え?」


マッスル家の三人が顔色を変えた。


マッスル市場の経営者ともなれば、伯爵家のダンスパーティに招かれて当然だろう。

わざと招ばなかったのね、ロアン様。マッスル商会にちょっと失礼じゃない?


マッスル家はどうしてなんだろうと思っていたに違いない。そして今、思い当たることが出てきたのだろう。


「お家騒動でローズ嬢は自邸を出なくてはならなくなった。従兄のジェロームが彼女との結婚を狙っていたからだ。伯爵からの指示で、私はローズ嬢の護衛をしていたんだ。まあ、薬作りは彼女の趣味だし、バリー男爵家は執拗だったからいい隠れ蓑だと思って放置していた。昼間、マッスル市場のようなところでローズ嬢に手を出せば、市場の警備が駆けつけるだろうし、夜は伯爵家に来てもらって母の下で過ごしてもらっていた。婚約はバリー商会の両親があんなことになっていたので、宙ぶらりんで発表できなかった」


ロアン様は堂々と三人に言った。点々と嘘が混ざってるけど。


「ローズ嬢を警備してくれたことについては感謝するよ、マッスル殿」


マッスル市場のオーナーは筋肉をピシッとさせた。


「しかし、ご子息の我が婚約者への求愛はちょっと困りますな」


「しかし、ローズ嬢のお話通り、難破船にはローズ嬢の話とぴったり合う学生がたった一人が乗船していたのです。年も同じでした。名前をたどるとその通りだと両親が言うもので……」


これは私が悪かった。グスマンおじさんに薬をもっと作れと言われたもので、その場しのぎの嘘をついてしまった。


「申し訳ございません。まさか、ヘンリー君がそんなつもりだったなんて少しも気が付きませんでした。その上、そこまで好都合に何もかも符合する人がいただなんて」


「少しも気が付かないだなんて、ローズさん、あんまりな……」


なぜかグスマンおじさんが小さい声で言った。


気が付くわけないじゃない。しかしまたもや外がにぎやかになった。どうやら馬車が着いたらしかった。しかもキティの声がする。ロアン様が言った。


「迎えを呼んだんだ。明日、バリー家の当主が戻ってくる。あなたのことをひどく心配していた。こんなところにいることがバレたら、確実にご両親に怒られるぞ」


まずい。絶対に叱られる。


キティがキョロキョロしながら、私の家に入ってきた。ロアン様を見つけて、それはもうにっこりと挨拶し、初対面のマッスル一家にはちょっと驚いたようだが、侍女のキティでございます、ローズお嬢様をお迎えに上がりましたとか言っている。

マッスル家の三人は目を見張っていた。


「お嬢様、どうしてこんなところにいらっしゃるのです? お母さまに叱られますわよ? 早くお家へ戻りましょう」


「ええと、薬を作る道具を取りに来たのよ」


私はごまかした。


もう、いいや、面倒くさい。

あとはロアン様に任せようっと。ヘンリー君とマッスル一家はロアン様が言いくるめてくれると思う。

この家にいると次から次へといろんな人がやってくる。

両親がいれば、誰も来ないよね。


「迎えが参りましたので、帰らせていただきますわ」


好都合だ。帰っちゃえ。


「待て」


ロアン様が冷たい声で呼びかけた。


ギクリ。なんか怖い。







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