第18話 両親の帰還。王子付き
「あなたはどういうつもりなのだ」
「え? どういうつもりとは?」
「この男だ。ブヨブヨの。なぜ、こんな男に好かれるようになったのだ」
知りませんて。全然知らなかったわ。
「ローズさん、気が付かなかったってあんまりじゃないですか?」
グスマンおじさんが代弁して哀れっぽく言い出した。
「ブヨブヨだからか?」
ロアン様、そんな言い方しないであげて。マッスル一家が葬式状態になっているわ。
「ぼ、僕がもっと体を絞れていたら……トレーニングに励んでいたら……」
違いますっ。トレーニングとかなんとかいう問題じゃありませんっ。
「ロアン様がいらしたら、他の男性に目移りなんかしませんわ」
キティが要らない解説を付け加えた。
いや。ええと、ロアン様って、しょっちゅう文句を言ったり、勝手なことをしたり、やりたいことを禁止したり、すっごくめんどくさい男なんですけど。目移りというより目障りなのですが。
でも、それ言っちゃダメなやつだよね。せっかくヘンリー君を納得させたところなんだし。
一人ずついかないとね。今できることを少しずつって言うしね。
「俺も聞きたい。どうして気が付かないのか」
ロアン様が思いがけないことを言い出した。
「え?」
ロアン様がジイイと下から目線でにらむように見てくる。なんか他の人も私を見てるらしいけど、ロアン様の目力がすごくて、目をそらせない。
「どうして気が付かない」
私は途方に暮れた。
「何に?」
*******
家に帰る途中の馬車の中で、キティに説教された。
「いいですか? ロアン様は求婚されたんですよね? ローズお嬢様に」
「そうなのかな」
ロアン様が私みたいな人間に求婚するかしら? 状況的に結婚する予定みたいな話だったけど、結婚して欲しいとは言われていないのよ。しかも、話はフライング気味で、要領を得ないと言うか。
「そうに決まっています! ロアン様は、しょっちゅうバリー家に来てらしたでしょ?」
私はうなずいた。あんまりしょっちゅう来るんで、ずっと下っ端だと信じていた。まさか、伯爵家のご子息とは思っていなかった。
「ローズ様が好きだったんですよ。だから、自分の手の届くところに起きたがったんですね」
だって、下女として家に置いておくとか、危険だから家にいろとか。
キティはこれまでのいきさつを聞くと、ため息をついた。
「ああ、ロアン様、ヘタレ」
「ヘタレ?」
「これまでずっと、女性から付きまとわれてきたので、どうやって伝えたらいいのかわからないのね。ヘンリー君の方がよっぽど度胸あるわあ」
引きこもりって、そういうタイプの人の意味だったの?
なんか今までの認識が覆されるのですが。
「でも、これからは本当にどうなるでしょうね? お嬢様が結婚を了承してらっしゃらないなら、これまでなら伯爵家の力が圧倒的でしたから、伯爵様さえ説得できれば、ロアン様とご結婚なさることになったんでしょうけど」
「どういうこと?」
「そうなんです。お嬢様には詳細が伝わっていないかもしれませんが、ご両親は難破の時、積み荷より人命を優先されたのです」
「普通、そうじゃない?」
「そんなことないですわ。だって、自分たちだけならボートで船から脱出出来たらしいんです。でも、料金も取らず乗せてやった人間の命を優先して、沈没しないように積み荷を捨ててしまったんですって。航海では先のことは読めません。最善を尽くさなくても助かったかもしれないでしょう。ましてや自分たちの命は絶対安全だったのですから。それでも、人を優先したのです。その中に、ローズ様と同い年の隣国の王子様が含まれていたんです」
「状況によりけりだと思うけど」
「船長に人を助けろと怒鳴ったそうです」
「なるほど」
船の操舵のやり方の方は両親にはわからないだろう。だけど、方針は船長に伝わった。乗っている人たちにも伝わったんだ。
なぜ船賃を払わないで乗ろうとしたのかとか、どうして積み荷を捨てたら助かるのかとか、色々疑問が出てきたが、細かいことは聞かないことにした。多分、キティも知らないだろうし、彼女はなんだか感動してハンカチで涙を拭いているところだったからだ。
「それで、明日戻ってくるとき、隣国の王子様もご一緒されるそうです」
「えええ?」
先にそれを言って欲しい。
隣国と言えば、大国。経済的にも文化的にも発展している。その王子様と言えば賓客中の賓客だろう。
「お忍びだそうですので、表立っては国王陛下も手を出せません。隣国の国王陛下からは好きにさせてやってくれと言われておりますので、ローズ様におかれましては、ぜひお話し相手なりとなられて、おもてなしくださいませ」
王子様の接待役。重責。
明日売る分の薬はどうしたらいいんだ。私は途方に暮れた。
翌日、私は両親に久しぶりに再会できた。ものすごくうれしかったし、ほっとしたのだが、横には背の高いとても細い少年が一緒に来ていた。
彼は両親と熱心に話をしていた。
「さあ、アシュトン殿下、娘のローズでございます」
うわあ……アシュトン殿下、変人。
一目でそれはわかった。
肩のところで切りそろえられた金髪は金属のように輝き、青玉のような目をしていた。それだけ聞くと、結構な男前のように聞こえるが、その目は落ち着きなくキョロキョロしていた。
さすが、親の反対を仕切って、貧民と旅に出るだけあるわ。
「ローズでございます」
私は王侯貴族に対する礼を取った。しかし、殿下はチラリと一瞥したに過ぎなかった。
「ホホホ。ローズはとても面白い目に合ってきたのですわ。親の私たちがいない間に、命を狙われたそうですのよ」
母は小太りでとても陽気な人だ。しかし、この王子様には歯が立たなさそうだ。娘の不幸を利用する作戦に出たと見た。
「殺人事件ですか」
王子殿下はきらっと目を光らせると、一歩踏み出した。やべえ、こいつ。殺人事件好き?
しかたない。まあ、お茶でもと私は彼を誘った。
「マズいものは要らぬ。それに私はコーヒー党だ」
さすが王子。言いたいことはハッキリ言う派ね。
こうなったら、背に腹は代えられない。
「殿下は、どんなものが好きですか?」
「女性にいろいろまとわりつかれるのは好まない」
そんなこと聞いてない。
「ギトギト背脂系ですか? それともアッサリ系?」
私は詰め寄った。
「えっとー、食いでのある方がいいかな?」
私はキティを呼ぶとヘンリー君を非常徴集した。料理人として。
「コーヒーは淹れ方が大事ですので」
こんなややこしい性格の殿下の機嫌を損ねたらたまらないわ。両親もえらいものを釣りあげてきてくれたものだ。せっかくの親子の感動の再会がめちゃくちゃだわ。
私は庭を案内し、ガゼボに陣取った。
王子殿下は、女性とガゼボに座るのは嫌いだそうだ。だけど、ベンチで日に当たるのも嫌なんだそうで、かといって室内で女性と二人きりは身の毛がよだつらしい。
「女性嫌いだなんて、一体何があったのですか? 殿下」
しばし、アシュトン殿下は黙っていたが、色々な被害届を出し始めた。
曰く、二人きりになった途端に手を握られたとか、想いが伝わらなかったと自殺未遂を起こされたとか、媚薬を飲まされて3日間下痢でトイレから出られなかったとか、面倒くさいので婚約者を決めたが蛇蝎のごとく嫌われて浮気されて心中を図られたとか、とにかくいろいろあった。
「それでローズ嬢の殺人事件とは? 誰を殺したのだ?」
それだけいろいろあって、これ以上殺人事件に興味湧きますかね? それに私が殺人したのではなくて、私は被害者です。
「死体予定だったのか」
アストン殿下は頭はいい。しかし、気が短い。しかも話をショートカットする。結論わかったら、すぐ飽きるし。
「そうか! その男爵を見に行こう」
あかん。なんで見に行きたいんだ。私は見たくありません。
「そんなこと言わずに」
「私の従姉妹のエリザベスとリンダならいつでも見れますよ」
「ダメだ。そんなもの、見に行ったら関心があると思われるだろう!」
わかりました。お説ごもっともですわ。
仕方ない。私は使いをロアン様のところに走らせた。牢屋は伯爵家の管理下にある。
キティが耳元でささやいた。
「恋人を鬼のようにこき使う悪女のようですわ」
やめて、キティ。アシュトン殿下は耳がいいのよ?
「え? 悪女? 何のこと?」
殿下はまた目をキラキラさせながら乗り出してきた。
「殿下、キティは殿下のお嫌いな女性、しかも噂好きの侍女ですのよ?」
「どうでもいいよ。悪女ってどういうこと?」
キティが黙っていると殿下は言い出した。
「僕は隣国の王子だ。無礼があったと言えば、侍女の一人や二人……」
キティは震え上がって、洗いざらいしゃべってしまった。
「二人とも、このローズ嬢にほれ込んで、言うことなら何でも聞くと。よくそういう話は物語の中では読むが、実物が見れるわけだな」
「恋人のローズ様に呼ばれたら、驚くべき速さでやってきます」
キティも余計な論説付け加えなくてよろしい。
「それを、わかってて呼んだんですのよ? しかも、気が付きませんでいたとかいうんですのよ」
「魚心あれば水心とか以心伝心とかいうけど、全然通じなかったわけだなっ」
言ってるそばから、絶妙に淹れたコーヒーが届いた。
「ね? 殿下がガゼボについてからさほど経っておりませんでしょう? ほら、あそこに見えるブヨブヨしたのがヘンリー君ですわ」
やめて。その紹介の仕方。
町のはずれで小さなお店を。 buchi @buchi_07
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