第19話 マイラ王女参戦

「殿下は噂話がお嫌いだとおっしゃっていませんでしたか?」


二人仲良く獄中に向かう馬車の中で、私は殿下に確認した。


両親は、殿下を私に任せて、難破事件中に滞った商売の案件を死に物狂いで片づけている。確かにこの殿下は何かと足手まといだ。だからと言って、私の薬作りの案件はどうしてくれる。店は閉まったままなんだ。早く再開したい。

殿下、そろそろ滞在に飽きないかしら。


「ううむ。私は、噂話は嫌いだと思い込んでいたが、あれは自分が主人公だから嫌だっただけで、他人の噂はなかなか面白いよね」


同意を求めないで欲しい。これから行く牢屋には、バリー男爵が閉じ込められている。私が主人公なんですけど。


正直、伯父のバリー男爵になんか会いたくなかった。


案の定、借金をなかったことにしてくれと言い出した。


「なぜですの? どうして私がそんなことをしなくてはならないんですの?」


「せっかく会いに来たんじゃないか。そのためじゃなかったのか?」


私は殿下に合図した。罪人を見てみたいと言ったのはあなたでしょう。


しかし殿下は卑怯なことに出てこなかった。


「だって、見るだけで沢山だもん。あいつと話すのいや」


「私だって。嫌」


「私たち、なかなか仲がいいじゃないか」


私は殿下をぎろりとにらんだ。


「そんなこと、ありません」


殿下は大声で笑い出した。


「宮廷では絶対に聞けないな。仲いいな、なんて言われたら、皆、大喜びだよ。歪んでるよね。私が何を言ってもうなずくんだ」


「私は宮廷に出入りしたことがございませんので」


もうすごい不敬なことをしているんじゃないだろうか。


「大丈夫。外国だからね。私の国の法律は適用されない」


私は隣国には絶対行くまいと決意した。不敬罪で逮捕されるかもしれない。


そのあと私たちは脂ギッチョンな夕食を食べ、「生クリームってさわやかでいいね」という殿下の言葉でチョコレートムースにたっぷりクリームをかけて、追加に塩味の利いたバタークッキーを食べた。


「これで甘みと塩みのバランスが取れる」


早く殿下に帰っていただかないと、色々と問題が生じる気がするわ!



しかし問題は問題を呼ぶようで、翌日私は王家からのお手紙を頂戴した。


さすがにこれには顔色が変わった。


両親とそれから伯爵様にも見ていただくことになった。


伯爵様は渋い男前で、髪は半白、スッと鼻筋の通った貴族らしい風貌の方だった。伯爵は仔細に手紙を読んでため息をついた。


「マイラ王女がお忍びで遊びに来たいと」


「ここへですか? 田舎の平民の屋敷でございますよ」


母が顔色を変えて言った。


「まあ、アシュトン王子狙いだろうが……」


マイラ王女様は二十一歳。婚活真っ最中だ。他国の王家の中でも、アシュトン王子の王家は金持ちで有名だ。なるほど。


「もしかすると、ロアン様狙いかもしれません」


母がぼそっと言った。


なんですってええ?


横のキティがクスッと笑った。


「ローズ様ったら……」


いや、とにかく騒ぎはたくさんである。


私はアシュトン王子に帰国を促してみた。

ほんの僅か匂わせても、敏感に反応するのが、この王子の長所というか短所というか。


「なに? 私を邪魔者扱いする気か」


なんで、そういう風に取るかな?


「私は、あと数か月はここにいようかと思っているんだ」


止めて。早く家に帰って。


「ここは居心地がいい。ローズもいるし、ローズは私にとって邪魔じゃない。結婚しようとも言わないし」


「平民なんだから当たり前です」


「よし。じゃ、加爵しよう」


加爵……そんな言葉あったっけ。叙爵かな?


「王家には使わなくなったタイトルがいっぱいあるんだ。女侯爵、これでどうだ」


いや、そんな話題どうでもいいので。


「でも、マイラ王女がここへ静養に来たいとおっしゃっているんです。殿下がここにおられるからだと思いますの。婚活ではないかしら。お嫌だっておっしゃってたではありませんか」


「マイラ王女?」


さすがの殿下も目を丸くした。


「今なら行き違いで帰ってしまわれましたで済みますわ」


せっかくお勧めしたのに殿下は居直った。


「これから水虫の薬と鼻毛をフサフサにする薬を作る約束じゃないか」


「ですから、殿下、鼻毛をフサフサにする薬なんか何に使うのですか?」


私は知らなかったのだが、ガゼボでお茶を(正確にはコーヒーだが)飲んでいる間中、犬猿もただならぬ仲の宿敵二人が厨房に潜んで、ガゼボの様子を窺いながらせっせと料理を作っていたらしい。


「次はキティの代わりに私が行く」


ギャルソン風に黒いエプロンにキリリと身を包み、黒髪に櫛を入れて前髪をかき上げたロアン様が銀の盆を捧げ持った。


「次は僕が」


「ヘンリーは料理に専念しろ。お前にガゼボは狭すぎる。それにギャルソンはお前には無理だ。エプロンが回らない」


「そんな……」


ヘンリー君とロアン様は、気になって気になって、厨房の窓に張り付いていたらしい。


「何を話しているのだろう」


「急速に仲良くなられましたわね。母国では狂犬と言われていたそうですのに、アシュトン王子殿下」


キティまで、厨房の常連になったらしい。厨房からは、ガゼボがよく見えるそうである。


「とっとと帰ればいいのに。マイラ王女まで来られたら大変なことになる」


「マイラ王女殿下も何か曰くがございますの? ロアン様」


「面食いでワガママだと言われている」


「それは……ロアン様が危険なのでは?」


「俺は旅に出たことになっている。ここにいるのはバリー家の使用人のロアンで、お嬢様の護衛だ」


「僕も体を絞る旅に出たことになっていて、ここにいるのは料理人のヘンリーです」


ヘンリー君の方は、あんまりロマンが感じられない気がするのはなぜだろう。


「王女殿下ですから移動に時間がかかるのでは? 別にアシュトン王子殿下に会いたいとは書かれていないので、今のうちにお帰りになれば会わないで済むでしょう。女性にまとわりつかれたくないとおっしゃっていたと伺いましたわ」


「俺と一緒だな」


ロアン様がため息をついた。



私はキティからそんな話を聞きつつも、もう、マイラ王女よりアシュトン王子が目障りで目障りで、一日も早く帰って欲しかった。この上に評判の悪いマイラ王女だなんてやりきれない。王女殿下はいつ来るのだろう? 王女様の旅だ。歩みはのろいだろう。



意外にマイラ様は来るのが早かった。




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