第20話 真実の愛
マイラ王女は、小柄で痩せていて、とても神経質そうだった。
そして私はあっという間に王女のお気に入りになってしまった。
なぜか。
自分にこんな能力があることを私は知らなかったが、私には危険物察知能力が付いているらしい。そして、爆弾処理能力までついていたのだ。
「あなたと話していると、心が安らぐわ」
私、王女殿下とお話していると常に崖っぷち状態な気分になるのですが。
彼女は精神の安定を欠いている。いつも全員から大事にされたがっている。
どこかにランダムに地雷があって、いつ踏み抜くかわからない。踏んだら最後だ。
アシュトン王子殿下はさすが王族だった。そんな王女に目もくれなかった。
ある意味、強い。鈍感なのか?
「私も結婚しなくてはと、父の国王陛下から言われておりますの。それで仕方なくあちこちのお茶会に出たりしているだけなのです。それなのに、結婚相手を探しているなどとひどい言われよう」
まあ、みんな同じようなことをしているわけだけども、王女殿下がいろいろ言われているのには訳があって、気に入った男性を見ると即座に態度が急変するのと、相手に婚約者がいようものなら父の国王に破談を頼み込みに行くらしい。なかなかに実行力があるわけだが、そのために非常に恐れられていた。王女殿下に抵抗して王家のご機嫌を損ねるのは勇気がいる。
「アシュトン王子、ちょっとくらい構ってやったらどうですか?」
アシュトン王子なら大丈夫だ。王家同士だし、アシュトン王子の国の方がずっと大国なんだから。
「え? お前はバカか」
アシュトン王子は私に言った。
「一度構えば、二度目、三度目を要求してくるに決まってるだろ。絶対に相手しない方がいい」
うむ。理屈はわかる。だけど、それならもう帰れ。
「王子殿下が帰国されれば、マイラ王女も王宮に戻られると思いますわ」
「帰らない。だって、面白いんだよ。お前の家に、様子のいい若い護衛兼使用人がいるだろ」
はて? 誰?
「なんか黒髪の。あれに興味があるらしい。マイラ王女」
「ただの使用人に?」
アシュトン王子は金髪を振りかぶってニヤリとした。
「顔さえよければ何でもいいらしいよ」
へえ。どんなイケメンかしら? 見てみたいわ。うちにそんな人いたかしら?
「今度来た時、誰がその使用人なのか教えてくださいませ」
ガゼボで恒例のお茶会をしているとき、その様子のいい若い使用人とやらが出現した。殿下が合図してくれた。
「あいつだ」
「ん?」
給仕君が流し目でこっち見た。
ぎえええ。ロアン様。なぜここに?
コーヒーが無事に置かれたところで、殿下は面白そうに私を見た。
「ずいぶん反応するね。あなたも興味があるのか。妬けるね。モテる若い給仕だな」
いえ、そうではなくてロアン様がウチの使用人になっているから驚いているのです。
「マイラ王女が身を誤るところを見に行こう」
「え? どういうことですか?」
「いいから、いいから」
ついて来いと身振りをして、王子はガゼボから移動を始めた。ロアン給仕が持ってきたコーヒーはどうするのよ?
王女殿下は朝食の間に続く外のテラスでお茶をしていた。
いつもは私が付き添うのだが、今朝はなんだか一人がいいと言い出して、変だなと思ったのだが殿下に呼ばれてそちらに付き合っていたため忘れていた。
「見つかってはならん」
殿下は、ほふく前進を始めた。朝露で服が水浸しになってしまう。夕べは雨だったし。
私はキティに合図して、殿下を朝食の間の真上の部屋のバルコニーへ連行した。
『すばらしい』
殿下が部屋に備え付けのデスクに置いてあった紙にメモした。
『丸聞こえだ』
どうでもいいので無視した。下で繰り広げられる会話の方が強烈だった。
「では、これで」
低く落ち着いた声が言った。
「待って。まだ話は済んでいないわ。私と一緒ならどんなあばら家でも夢の家よ」
「王女殿下、ご冗談を」
「父にもう手紙を送りました。ここで私は真実の愛を見つけたのです」
『真実の愛、十回目くらいらしいんだよね。そろそろ父王が根負けする頃じゃないか。バリー家の使用人風情なら、王女もろともいなかったことにすればいいし』
ひいいいい。廃棄物処理場か、ウチは。
「しかし、殿下。私には将来を誓った人がいます」
ロアン様の落ち着いた声が聞こえ、マイラ王女のハッと息をのむ音が二階のバルコニーまで聞こえた。
「あ、そんなこと言わない方が……」
殿下が思わず声を出した。
「誰?」
聞こえてしまったらしい。マイラ王女殿下の金切り声がして、王女殿下が庭に飛び出してきた。
「いやだなあ。僕ですよ。アシュトンです」
「まああ。アシュトン王子殿下、あなたでしたの」
私はいない方がいいに決まっている。バルコニーから部屋に間一髪で飛び込んだ。それに声を上げたのは王子殿下だ。責任は取るように。
それにロアン様もロアン様だ。なんでイケメンの護衛騎士兼給仕になんか化けたのだ。伯爵家の跡取りだってバレたらどうなるの?
マイラ王女が気に入ったうえ、婚約者は吹けば飛ぶような平民の娘。伯爵家の跡取りと言う点も、非常に都合がよろしい。
私は下の修羅場はお構いなく、ソロリソロリと二階の部屋から抜け出そうとした。
ああ、村はずれの薬作りの家が懐かしい。
こんな騒ぎは何もなかった。
図書室にでもこもろうかしら。ヘンリー君の気持ちが今になってわかってきた。
この世に関わると労力を使うのだ。それに何一つ思うようにはいかない。
しかし、ばたんと乱暴にドアが開き、目を血走らせたポーツマス夫人とキティと目が合った。
「いた!」
「みつけた!」
「え……何か御用でしょうか」
思わず、自分の家の使用人に敬語を使ってしまった。
「どこへ行かれるのです? アシュトン王子殿下ぎお呼びです」
下の朝食の間では、オールバックにかき上げた黒髪の青年がしょんぼり立っていた。
いつも偉そうにしてたのに、今回は相手が悪い。
薄いシャツを通して筋肉質なのがわかる。私、筋肉フェチではないけれど。確かにアシュトン殿下よりイケメンだわ。
イケメンはチラチラと私を見てくる。
だが、私は首を振った。あんなの、手がつけられない。
二人の王族は、もうすごい早口で言い争っていた。
「このロアンを連れて帰りますわ。私は真実の愛を見つけたのです」
「私も真実の愛を見つけた。だから、あなたとのお見合いは論外だ。元々、無理やりの話だったからね」
「お互いにとって、いいことですわ。話がまとまりました。でも、あなたはとても失礼ですわ。本来なら、私とお茶の一杯くらい付き合うべきでした」
「コーヒー党なもんでね」
「父に言いつけておきます」
何が何だかわからない。
この二人は、お見合いでここまで来たのか。知らない間にここが会場に選ばれたと言うことか。
「殿下はお幾つなんでしょう?」
確か王女殿下よりかなり年下のはず。この見合い?とやら、一体どう言う思惑で仕組まれたものなのか気になったので、私は傍らのポーツマス夫人にこっそり聞いた。
「お嬢様と同い年ですわ。ほら、マッスル家の方々がお嬢様の弟と間違えた方が王子殿下だったのです。偽名でバリー姓を名乗ってらしたので、誤解まっしぐらだったのです」
殿下の方がだいぶ年下じゃない。
「じゃあ、マッスル家の人達が言ってたご両親と言うのは?」
ポーツマス夫人は首を振った。
「お金さえもらえればよかったんじゃないでしょうか。マッスル家が接触した人たちは、だいぶ困っていた人たちばかりだったようですし」
なんだか話のつじつまが合っていなかったしね。そうかもしれない。
私たちは部屋の真ん中で言い争っている二人の王族に目を戻した。
それぞれが真実の愛の相手を見つけたので、相手と結婚したくないと言うなら、争いにはならないと思うのだが。
「ロアン様が頑張っておられます」
ポーツマス夫人がささやいた。
「ロアン様、頑張れ」
キティも小さな声で声援を送った。
「王子殿下、王女殿下。今回のことはお二人の結婚問題ではございますが、国の問題でもございます」
落ち着いて静かな声が響いた。
「いったん、国に戻られてこの婚儀は白紙に戻されてはいかがでしょう」
「国に戻るのはよいが、真実の愛の相手を連れてゆきたい。こんな気持ちになったのは初めてだ」
「ロアン、あなたの青い目に私は永遠を感じるの。私と一緒に来て」
「私は平民です。王室に出入り出来る身分ではございません。それに婚約者がおります。神に誓った相手です。彼女と引き裂かれたら私は死ぬでしょう」
「マイラ王女。こうまで言っているんだ。王宮に戻って父王のお許しを取ったらどうだ。どこかに相応の城でも買って暮らす方が現実的だし気楽だぞ」
私は心臓が締め付けられるような気がした。ロアン様が連れ去られてしまう?
「私も同じことをするつもりなんだ。まあ、私の方が勝算があるかもしれない。命の恩人の家の娘と結婚するのだから、父上もダメとは言わないだろう。彼女には侯爵位をつけるつもりだ」
「まあ」
ちょっと悔しそうにマイラ王女は言った。
「ロアン、あなたには伯爵の位をプレゼントするわ。そうすればどこへ行っても恥ずかしくない」
ロアン様が首を振った。
「どこかで平民の地金が現れてしまって、あなたに恥をかかせるでしょう」
マイラ王女がはっきり言った。
「それはあの泥棒猫のローズも同じよ。私の結婚相手になるはずだった王子殿下にこっそり取り入っただなんて、斬首でもいいと思うわ」
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