第21話 ヤバい話

その日のうちに、それぞれの父王に真実の愛の報告の為、二人の王族は大急ぎで旅立った。


「まだ、正式な求婚がまだだったね、ローズ」


アシュトン殿下が私の額に自分の額をこすりつけて言った。


「すぐに戻ってくるよ。ローズ嬢のそばで私は安らぎを得た。一生手放したくない」


数メートル先では、マイラ王女がロアンにキスをせがんでいた。ウザい。


このお別れシーンいつまで続くの? にわか伯爵令嬢とその家の使用人では王家の王子と王女に逆らうことは叶わず、されるがままだった。

だが、ふたりとも、なんとかその日のうちに別々の方向向かって大急ぎで馬車を走らせて行き、私たちは茫然とそのあとを見送った。



この喧噪の数週間は何だったのだろう。


ふと後ろを振り返ると、母がいた。


「ローズ、大変だったわね。でも、もう大丈夫よ」


「おかあさま! でも……」


「大丈夫よ」


「そう。私たちが介入しなかったのは、その間に隣国の王家や王家に近い人々に連絡を取っていたからなんだ」


父も寄り添ってきてくれた。


「お前はあの面倒な二人とトラブルも起こさずよくやった」


私はマイラ王女殿下が私を斬首すると言った言葉が忘れられなかった。


「マイラ王女に斬首と言われたなら、とても気に入られたと言う意味なんだよ。大体火あぶりか油ゆでって言いだすんだから」


ええっ? それ、全部死にますけど。


「斬首してくださいと陳情されたら、きっと国王陛下はよっぽど気に入ったんだなって驚くと思う」


お気に入りのランキングの方法がちょっといやだな。


「アシュトン殿下の本心はわからないな。彼は複雑な人だから」


父が言い出した。


「だけど、私はお前を守るよ。難破事件に巻き込まれていた間は何もできなかったけど、これでも近隣数か国をまたいで商売をしているんだ。どうにかなる」


玄関がザワザワした。


「モレル伯爵がおいでです」


伯爵は息子に向かって怒っているようだった。


「マイラ王女の前に出て言ってはいかんと言ったのに!」


「使用人のふりをしたんですよ。それなのに」


「ローズ嬢の目にも留まるかもとか考えたんだろ。このバカ」


あら、伯爵、言葉が乱れていますわ。


「もし、ローズ嬢に結婚の申し込みをして……」


伯爵が言い出した。


「まさかしていなかったのですか?」


母が驚いたように尋ねた。


「私たちがいない間に婚約したと聞きました。ですからてっきり……」


「完全な息子のフライングですじゃ。まあ、事情はあったのです。バリー男爵の息子のジェロームがローズ嬢と結婚しようとたくらんだのでね。息子と婚約したことにすれば、どんな結婚相手も遠慮すると思ったのですが……」


超強力な隣国王子が登場したわけね。遠慮のカケラもない王子殿下が。


「アシュトン王子殿下が、私なんかと結婚したがっているだなんて、全然気が付きませんでしたわ」


私は言った。


この言葉に、その場にいたポーツマス夫人やキティ、それから母が私の顔に目線を移した。


ロアン様がつかつかと近付いてきて、手を取った。


「ローズ、話がある」


そのまま私はガゼボのある庭に連れ出された。生温かい視線に送られて。



*****


翌朝、私はげっそりしながら起き出した。完全な寝不足。


だって、ロアン様から解放されたのがもう夜中前だったんだもの。


この話し合いで、ロアン様は早期の結婚を主張した。


「アシュトン王子が本気だったらどうするんだ」


ううう。ほんと、どうしよう。

アシュトン王子と一緒に、至る所のスキャンダルを追い続ける人生はイヤだ。


「いや、アシュトン王子、それだけの人ではなさそうだけど」


でも、王族が大変なのだと言うことはわかった。あとアシュトン王子の行動、普通は奇行って言われるよね? 王族の間では、より一層マズいのでは?


「ええと、父の話によると、あの二人は王族の中でも超有名人らしいから」


「はい?」


ロアン様は困った顔をした。


「他の人たちは、まあ、あそこまで個性的じゃあないらしい」


フツフツと怒りが湧いてきた。


「そんな危険物同志を結婚させようだなんて、誰が思いついたんですかね?」


「めんどくさすぎて、頭が回らなくなっただけじゃないかな」


なんなの! それ。


「で、今の情勢だと、早めに俺とあなたが結婚するのが一番無事だと思うんだ」


ロアン様が早口で言い出した。


「俺も危険なんだ。マイラ王女は言い出したら聞かないからね。アシュトン王子どころじゃないよ。俺のこと、すごいイケメンだって言うんだよ」


イケメン自慢のロアン様が、自分のイケメンっぷりに本気で困っていた。


私はロアン様を眺めた。


ウチの制服ではない街の洒落たカフェで最近流行りだとか言う黒のシュッとした格好をしている。

髪も庶民風に、わざとらしくちょっと乱して何やらカッコ良さげである。


「そりゃその格好で王女様の前にわざわざ出てきたら、食いついてくださいみたいなもんでしょう。なぜ、そんなカッコして我が家に潜入したんですか?」


私の前では饒舌なロアン様が黙る。


「じゃあ、俺がマイラ王女に連れ去られても構わないって言うの?」


「え?」


えーっと……


いや、ダメ。


アシュトン王子と話しててわかった。上には上がいるもんだね。

ロアン様、とっても勝手だって思ってたけど、勝手じゃないよね。

悪口ばかり言われてた気がするけど、そうじゃないよね。


マイラ王女につきまとわれてた時……本気でイラついたわ。


それから……ロアン様はかっこいい。


「こんなに次から次からライバルが出現するだなんて。ヘンリー君くらいなら、余裕だと思ってたけど、アシュトン王子までやって来た。アシュトン王子、変人臭いから大丈夫かと思ったけど、ローズの順応性が高すぎて、王子を落としちゃったの見て、俺、自信なくしたわ。俺は見た目しか取り柄ないから」


「そんなことありません! ロアン様はすてきです」


私は思わず口走って、手で口元を押さえた。しまった。言っちゃったよ。


ロアン様が目を丸くして、それからふわぁっと微笑んだのが見えた。


*****


そこからは思い出すのも恥ずかしい。


それに誰も迎えに(止めに)来なかった。なんでだろう。


次から次へと繰り出される愛の言葉。

暗いからって、ロアン様、何を言うの?


朝、自分の部屋で思い出して困った。


部屋から出るのも恥ずかしいな。

まあ、なんだ。これまでだって、ロアン様のお屋敷に泊めてもらったことあるし……


朝食の時間になったけど、なんだか悪いことでもしてる気分であまり行きたくなかった。でも、部屋にこもっているのはもっと変だ。


食堂は両親がそろって満面の笑みだった。


「?」


「あの王子、王女がいなくなってくれて本当に良かった」


あ、そっちの話。


「それにアシュトン王子のせいで、無事の帰宅を喜びたかったのに出来なかった。本当だったら大パーティーでも開きたいところだったのに」


「そうよ。私たちもあなたが大変だったことを帰り道にドネルからの手紙で知って、怒り心頭でしたよ」


ああ。その通りだわ。


「普通なら家出なんか推奨しないけど、いい判断だった。ジェロームのヤツめ」


父は相当怒っているらしかった。


「ローズは心配しなくていいのよ? お父様が帰ってこられた以上、ジェロームにはふさわしい罰を受けてもらいますからね」


母がとても優しく言った。


父の手元にある書物のタイトルは、『リンチ大全』だった。よく見ると副題がついていた。『法に触れず相手を死に至らしめる方法から嫌がらせまで』


見なかったことにしよう。


「アシュトン王子は、あんなことがあったのだから、いったん王宮に帰って無事な姿をご両親に見せてあげなさいと勧めたんだが……」


父がちょっと渋い顔で言い出した。


「ちょうどドネルからの手紙を私たちが読んでいるのを見てしまってね。王子殿下が相手なんで、王子に危険がないことを伝えなくてはならなくて、読んでもらったんだ」


余計なことを。


「ところが王子はザマァ小説の愛読家でね」


「なんですか? そのザマァ小説というのは?」


父が説明してくれたが違和感ありまくりだった。


「私も王子に勧められて読んだけど、まあ……」


父は言葉を濁したが、母は愛読者になったそうである。


「それで王子は現場を確認したいって、ついてきちゃったんだよ」


そのせいで私がバリー男爵の顔を見に行かなきゃならなくなったのか。


「邪魔者はいなくなったし、うちわで盛大なパーティーをしたいわ」


母が言い出した。


気持ちはわかります。私もそんな気分です。家族パーティーですね。


「バリー家の当主は健在だと知らしめるためにもね」


母が付け加えた。


ん? ちょっと規模が大きくなったな?


「伯爵様もお招きして……」


「ロアン様とローズの婚約披露を当家も行わないと行けないからな」


えっ?


「今朝、ロアン様が来られて手筈を整えていかれた」


えっ? げっ?


「式は来月。新居はロアン様がお住まいの伯爵家の別邸。何度か泊まったことがあるそうだな?ローズ」


「勝手知ったる屋敷ですから心やすいと思いますと言ってらしたわ」


母がホホホと笑った。なんか誤解してる?


「大評判を呼んだ小さな薬草店を経営していたそうだな、ローズ」


今度は父が真剣な表情になって言い出した。


「結婚すれば伯爵夫人だが、薬作りは素晴らしい事業で伯爵家にとっても名誉となるでしょうと、ロアン様は言っておられた。医者にかかれない貧しい人々を救う道になると」


私は今度、火傷に効き目があった塗り薬を高級お肌用クリームとして、富裕層向けに超高値で売る計画を練っていたんですけども? 貧乏人?


「続けてよいと寛容だった」


「ロアン様は、五年も前から婚約を申し込んで来られてたので」


「ご、五年?」


私、十一歳とか十二歳だったのでは?


「冗談かと思ってたけど、本気だったのねえ。ホホホホ」


なにそれ怖い。すごく怖い。


「さあ、忙しくなるぞ! 先ずはパーティーだ。表向きは帰還パーティーだが、婚約披露も兼ねている。式までの間が短いからな。早くしないと。ロアン様は、式は明日で、婚約式はその後でもいいと言っておられたが、段取りが悪いから」


頭がついていかなかった。その婚約式は意味があるのかしら。


母が笑いながら言った。


「今日から、ロアン様のお家へ引っ越すことであなたと話が決まってると言われたのよ。でも、朝ごはんが済んでからにしてくださいって、頼んだの。それでもいいわよね?ローズ」

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