第22話 アシュトン王子とその他

冗談ではない。


昨日はプロポーズされて、オーケーしただけだ。ロアン様がイケメンすぎて。つい、ホイホイと。

後悔はしていないけど。


両王家の出方がわからないので、出来るだけ早く式を挙げて正式なものにしたいとロアン様から言われたけど、来月なんて聞いてない。


「あら、いやだ、お母様。そんなはずないでしょう? そんな先のこと、全然考えていませんでしたわ。結婚なんて……」


それに大体、ロアン様のお屋敷にお泊まりなんて、ただの避難。誤解されてますわ、とか言いたいことは山ほどあったが、父に遮られた。


父は真顔だった。


「だがね。アシュトン王子は本気っぽかった。それにマイラ王女は、今頃、ロアン様との結婚を国王陛下に願い出ているだろう。王家はマイラ王女を持て余している。彼女の気に入りの、若い使用人の正体が伯爵家の嫡男だとわかれば、ロアン様は絶対絶命だ。伯爵と伯爵夫人からも切実にお願いされた。マイラ王女は王宮でも色恋沙汰で傷害事件を起こしているんだ」


「傷害事件?」


私は怯えて聞き返した。

すごいわ、私の危険物察知能力。それと爆弾処理能力。マイラ王女の本性を瞬時に見抜いたのね?


「婚約者に恋人ができたんだ。マイラ王女の婚約者は、王女の性格に嫌気がさしたんだろう。恋人はピンクの頭髪のかわいい娘だったらしい」


母がなんだかしきりにうなずいている。この話を知っているらしい。


「王女は嫌がらせの限りを尽くして、最後に手下の侍女に命じて、王宮の大階段から、彼女を突き落とした」


ひえええ。


「死んだのですか?」


「骨折した。左手の小指の骨を」


「それは……大事件でしたわね」


父はうなずいて、だからアシュトン王子が見物に居残ったんだよと解説した。


「マイラ王女の見物ですか」


父もアシュトン王子の趣味は理解しかねたのだろう。ちょっと眉が寄ってしかめ面に近くなった。


「今回はアシュトン王子が説得してくれたおかげで、一旦は王宮に帰ってくれた」


あれは果たして説得だったのだろうか。なんだか火に油を注いだような気がする。


「結果としては、説得だ。本人が何を考えたかまではわからない。だが、第二幕が上がるかもしれない。今度、階段から突き落とされるのはお前だ、ローズ」


やっとジェロームから無事逃れたのに、次はこれ?


「その前に、後の祭りにしなくては。伯爵夫妻は、昨夜半狂乱で王家に手紙を書いていた。息子は五年前から婚約している娘がおり、親公認で同居し、このたび、盛大な結婚式を挙げる手筈が決まっている。結婚の許可を求める手紙だ。伯爵家だからね、王室の許可がいる」


「先に許可を得ておきたいと言うことですか?」


「そう。バリー家の若い使用人が、伯爵家の嫡男だとバレる前にな」




怒涛のように婚約式と結婚式はやってきた。


婚約式では、新しいヘアスタイルに目覚めたロアン様が「なんてカッコいい花婿なのー」と黄色い悲鳴を集めていた。

結婚式でも、騎士の正式な制服に身を固めたロアン様は、まるで彫像のようにかっこよかった。


私は、普通。いいのかな、これで。



「だけどさー、実際に話をしてモテるのはあなたの方だから」


ロアン様は言った。


「みんな、あなたと一緒だとつい地金が出ちゃうんだよね。なんとなく楽で」


「安い女だと言いたいんですか?」


「違うよ。悪気がなくて正直で親切で、あと、やる気があるよね」


「やる気?」


「ほらあれ」


それはデイジー印の薬の山だった。

結局、グスマンおじさんの娘デイジーがトレードマークになった。

私の薬のおかげで、実際に治って人生が変わった娘さんだ。

伯爵夫人になって、私が店舗に顔を出すことは難しくなったが、火傷のあとが本当にうっすらピンク色になったデイジーが代わりに店に出てくれた。

長く外に出なかったデイジーだったが、はつらつと接客してくれて、評判の美人と言われている。グスマンおじさんは、そんな娘の姿を奇跡だと言ってくれる。


奇跡の薬は、バリー商会を通じて各国に流通し始めている。


「すごいよね。俺の妻」


結婚式はつつがなく終わり(マイラ王女からもアシュトン王子からも突っ込みは入らなかった)、ロアン様からの執念深い突っ込みはやや閉口したけど、キティからの愛されてますねえの一言で片付けられた。


アシュトン王子からはお祝いの手紙をもらった。

今度は山に挑戦して遭難したそうである。

『そこに山があり、海があり、人を拒む秘境がある限り挑み続ける。俺を拒むものは何もない。人間社会以外』


祝いの言葉より、自己紹介の方が長いんですけど。それに何? 最後の一言。


「今度は山岳民族に助けられて、気に入ったのでそこに逗留しているらしい」


「へええ」


アシュトン王子のご活躍に関しては、もはや感想が思いつかない。多分、ご両親も同じ気持ちではないかしら。


「あいつに薬を持たせよう」


「あいつとは?」


「アシュトン王子だ。容赦なく秘境にチャレンジし続けている。山奥で薬を待つ人は多いだろう」


「意外と神様頼りで薬を拒む人も多いと聞きますが」


「大丈夫。神の使いとか言い出しそう」


……うん。言い出しそう。


「自己流の神の踊りとかやり出しそう」


絶対やるな。アシュトン王子は実は人に関心がある。受け入れられないだけで。


「薬を持たせて、あちこちの村を訪問させよう。長逗留されるとその村がかわいそうだから」


読みが深いな、ロアン様。


「ロアンって呼んでよね」


ロアン様はテーブルを回り込んで私のそばに座った。


結婚式から二年が経って、今、一人目を授かった。

伯爵家も、バリー家も一人っ子なので、狂喜乱舞している。

何かあってはいけないので、私は屋敷から出てはならないと禁足を食らい、仕方がないので子ども用の熱冷ましや風邪薬、刺激の少ない塗り薬なんかを作っている。


「すごく楽しみだ。きっとかわいい」


ロアン様はニコリと頬を崩して笑い、お腹に耳をくっつけた。


やがて月満ちて、生まれたのは女の子だった。とてもかわいい。


家族全員が大喜びだった。



他に付き合う相手がいないらしいアシュトン王子から、最近の自分の話と薬の売れ行きの報告と、取ってつけたようなお祝いの言葉が送られてきた。


『私は龍の化身で神の使いである。聖水と聖水で練った軟膏、錠剤は百日間聖水を天日干しすると出来ると説明してる。貢物と村総出の奉納の舞を要求してるんだが、舞のレベルがまちまちなのが気になるポイントだ。仕方がないので舞の指導もしている。ご息女のお誕生、おめでとう』


今回は長い手紙だった。


『家族はいいものなのかもしれないな。私はあまり両親と触れ合う機会がなかった。山岳民族は家族単位で暮らすところが多く、その生活スタイルもいいかなと思う』


「へえ。あのアシュトン殿下がねえ」


追伸があった。


『媚薬と避妊薬を頼む。計画的生産を考えている』


「送るなよ。絶対、送るな。絶対、変なことしか企まないんだから!」


「送りませんし、媚薬なんか作ってませんから!」


「え? じゃあ俺が毎晩寝る前に飲んでるアレはなんなの?」


「あ、あれは……」



【おしまい】


*****後日談


ロアンとローズには、子どもが5人も生まれて、両親たちも大喜び。


グスマンおじさんの娘のデイジーは、なぜかヘンリー君に見染められ、見事シンデレラ婚を果たしました。


完全な余談ですが、ヘンリー君の愛情たっぷりな手料理の甲斐あって、デイジーさんはみるみる体重が増加、マッスル一家の手に落ち、マッスル体操に励んで見事にダイエットに成功しました。以後、マッスル体操と言えばミセス・デイジー。トレードマークになり、マッスル家は肉体美の他にダイエット流派としても名を馳せることになりました。めでたしめでたし。








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町のはずれで小さなお店を。 buchi @buchi_07

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