第13話 ああ言えば、こう言う

ごとごとと馬車が動き出す。


隣には同じように正装に身を包んだロアン様。気のせいか、ずっとこっちを向いて座っている。目が合ってしまうので、仕方なくて窓の外を見ている。


ドレスに着替えた私を見て、ロアン様はゴボゴボ咳き込んでいた。それから足早に部屋に入ってくると、手を取って「急ごう」とかなんとか言い出した。そのあとはずっとチラチラ見まわしているので、なんだか怖い。



誰のパーティで会場はどこなのか。


伯爵家の令息ロアン様が出席されると言うなら、それ相応のパーティだと思うけど。


「モレル様」


「ロアンと呼んでくれ」


いや、伯爵家の令息に失礼ですから。


「会場はどちらでしょうか」


「俺んちだ」


ちょっと待って?


「モレル伯爵邸ですか?」


「そうだ。本邸の方だ」


わあああああ。伯爵家主催のパーティ? そんなパーティで、伯爵家の令息が女性を連れてきて婚約者だと言い出したら、冗談で済まなくなる。


「安心しろ。主催者は伯爵ではない。俺だ。幸い両親は旅行中なんだ」


幸い? 私はロアン様の顔を目の玉が飛び出るほど見つめた。ますますダメじゃない!

ロアン様はちょっと照れた。照れる場面か?


「まだ、正式に両親に紹介していないので、気づまりかなと思って、そこは心遣いした。俺主催にした方がいいだろう。お前の両親もまだ戻ってきていないし」


その心遣いは心遣いなのか? ほかに方法がありそうなもんだけど?


「ご両親が戻ってきてからパーティをすればいいのでは」


私は途切れ途切れに言い出したが、全否定された。


「今すぐのパーティーじゃないとダメだ。この間も説明したろう。この二週間が危険なんだ」


えらい力の入れようなので、口を挟めなかった。


「俺が婚約者に名乗り出れば、ジェロームなど声もかけられなくなる。そのためのパーティ出席だ」


ふはははは……とロアン様は満足げに笑ったが、私は全然笑えなかった。



パーティ会場には、ほかの参加者と同様に馬車で乗り入れた。主催者だけど。


「なるほど。坊ちゃまがお選びになるだけあって、本当にお美しい」


ロアン様、黙る。どうしてそこで寡黙になるの? 私の前ではあんなにぺらぺらしゃべっているのに。


私、美人ではないし、ロアン様の隣だなんて恥ずかしいわ。きっとあちこちの令嬢からクレームがつくと思うわ! 不釣り合いだって。


家臣?一同がお屋敷のお坊ちゃまと、その付属物(私のことだ)をうやうやしく迎え入れた。もう、針のむしろ、いたたまれない。私は平民なのに。


主人がいなくてもパーティの準備が滞りなく出来るくらい使用人が優秀らしい。さすが伯爵家。


大きな広間はざわざわ人声がして、すでに人が入っているらしい。緊張するわ。



訳知り顔の執事が広間のドアを開ける。


光が明るい! 大勢の人たちが見ている。全員見ている。


私は手を引かれて、広間へ入った。


声が通る執事が声を張って私たちを紹介した。


「お集まりの皆様。お待たせいたしました」


ざわめきが広がり、会場の全員が私たちを見た。視線が痛い!

ロアン様は平然と、堂々と挨拶した。


「ロアンでございます。この度、婚約が決まりましたことを皆様方にご報告申し上げたく」


私に対する時の声よりツートーンくらい低い声できわめて落ち着いた調子でロアン様が話し始めた。


「バリー商会のご令嬢ローズ嬢でございます」


おおうっと言った様なざわめきが会場から広がった。


私は、その場で深く礼をしたが、体が小刻みに震えていた。


こんな派手な紹介の仕方ってどうなの?


「本来、もっと早く婚約を発表する予定でしたが、お聞き及びのようにローズ嬢のご両親が現在不幸なこととなっておりますゆえ、この時期となりました」


それって、ウチの両親が死んだってこと?


「また、あまり派手な発表も差し控えなくてはならず、このようなお知らせだけの会を私の名前で開催させていただきました」


冷静になってよく見ると、確かに大パーティではなかった。


もし本格的に伯爵家の令息の婚約発表なら数百人が参加するはずだ。

だが、この場にいたのは数十人どまりだった。


よかった。まだマシだ。


「さあ、皆様にご挨拶を」


え? 挨拶あるの?


この場合、あるに決まっていた。私は、参加者全員と、ロアン様の婚約者として一言、二言交わす羽目になった。


私はバーバラ嬢とは違う。私の家は、平民とはいえ、大商家だ。ここにきている全員の家と顔くらいわかる。

逆に向こうも分かると思う。

この状態で、ジェロームがバーバラ嬢をローズ嬢だと名乗らせて押し通すのは無理だと思うのだけど。



「最近、お目にかかれず、どうなさっていたのか心配しておりました」


「両親のことが心配で、気落ちしておりましたので、自宅を離れて別邸におりました」


あの家、自宅を思うと、あばらやだけど。ものは言いようだよね。


「それはそれは。ご両親におかれましてはお気の毒なことに」


生きてるんだけどね。多分、全速力でこっちに向かっていると思う。

だが、ここは萎れておく方がいいかな。


「ご婚約おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます」


どうしよう。この誤解。今、否定したら、どうなるの?


横目でロアン様を眺めると、がっしりと手を握られた。


「おかげさまで。バリー商会のあれこれが片付き次第、式をあげたいと思っております」


勝手ゆーな。どの口がデタラメを。

後でどう収拾するつもり?


大体この2パターンで話が進んでいく。


そして、ついにジェロームのところへ。


ジェロームは傍のバーバラ嬢には目もくれず、ずっとこちらを睨んでいた。


何か言われる先に、ロアン様が声をかけた。


「バリー殿。あなたのところもつつがなく婚約が決まったそうですね。おめでとう」


ロアン様の声が大きい。会場中に響く。


「奇しくも同じローズという名前の方なのですね」


私はバーバラ嬢をこっそり観察しないではいられなかった。


髪の色だけは私と同じ枯れ草色だけど、どうも染めてるっぽい。根本をよく見ると、どうやら黒か濃い茶色の髪の毛みたい。目を伏せているところを見ると、目の色も違うんじゃないかしら。

顔はよくわからないけど、体つきは豊満でスタイルがいい。ジェロームさんの趣味か。


ジェロームは私の顔を見なかった。

ボソボソとロアン様に向かって言った。


「いえ、実はまだそこまで決まっていなくて。従姉妹のローズと結婚されるのですか?」


「もちろん」


「こう言ってはなんですが、ローズはいくら美人でも平民です。あなたなら、国中のどんな貴族の娘とも結婚できるのでは」


この失礼な言い分に周りは静まり返った。


「従姉妹に両親はおりません。ですので、代わって私どもが言わねばならないかと」


いつの間に私の保護者に!


「平民である従姉妹のローズの失礼は重々お詫び申し上げます。厚かましく婚約者を名乗るなど、身分不相応にもほどがあります。さぞ、お気にさわったことでしょう。実家が富裕だからと驕り高ぶったところがございます。当家で引き取り、再教育いたします」


ジェロームが私に手を伸ばした。


「バリー殿」


氷のように冷たい声が響いた。


「我が婚約者に何をしようとした」


「おお。騙されてはなりません。この者は、きれいな顔をしていますが、性根は腐っております」


なんだと? 私は顔には自信ないけど、性根には自信があるわ!


「私は従姉妹としてよく知っています。気の毒に思って結婚してやろうと考えていましたが、親がいなくなった途端、誰か他の男とどこかに行ってしまいました」


ロアン様の額に青筋が立ってる。


「私どもが引っ越してくる前、誰だかわからぬ男の手引きで自宅を出て行ってしまったのです」


あれ? なんだか真実なの?


私は隣に立つ、誰だかわからぬ男の顔を見た。


「その後は町中のあばら屋で暮らしていました。何人も男が出入りしていたようです」


おお。ヘンリー君もいるしね。二人だね。複数になるね。


「夜は特に不在でした」


合ってる、合ってる。それだけ聞くと、すごい悪女みたいだけど。

てか、ジェロームさん、ストーカーなの? 私、監視されてたの?


ちょっと顔色が悪くなったと思う。

気持ち悪い。


「一体、どこに泊まっていたのやら」


ジェロームはため息をついた。


「図星ですな。顔色が悪い。ふしだらな娘で残念です」


ではなくて! ジェローム、気持ちが悪い。確かにあの家は危険だったのね!


しばらく黙っていたロアン様がおもむろに口を開いた。


「ローズ嬢だが、私の母が心配して、夜は伯爵家に引き取っていた」


ロアン様が言い出した。


「特に夜が不安だ。あなたのところの一家が、ローズ嬢の屋敷に引っ越してきて、年頃のご子息がいると聞いて心配なのでな。夜は我が家に。昼間は護衛をつけた」


護衛ってヘンリー君のことか。


「マッスル家の者が護衛していた」


一家をあげて、筋肉隆々で有名なマッスル家。あのマッスル体操で有名なマッスル家の一員なら、護衛として抜擢されてもむべなるかな。実はヘンリー君だけど。


「バリー家の始末は私がつける。差し当たっては、屋敷を返して欲しいものだな。それはさておき、ジェローム君、婚約おめでとう。君の婚約者も平民だろう。私の婚約者に誤解があるようだが、私の婚約も祝福してくれたまえ」







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