第12話 モテ期?
馬車を降りて、騎士様のお屋敷に入ると、二人の女が待ち構えていて走り寄ってきた。
「お嬢様!」
「よくぞご無事で!」
走ってきたのは、私の侍女と女中頭だった。
「あ、あなたたち!」
私はびっくりした。
「お仕事はどうしたの?」
「辞めてきました!」
侍女のキティは嬉しそうに宣言し、女中頭のポートマス夫人は「半日お休みをいただいてまいりました」と答えた。
「これはどういうことですか?」
私はロアン様に説明を求めた。
ロアン様は得意そうに答えた。
「こっそりドネルに計画を話したのさ。ドネルがバリー家の忠実な使用人に根回しした。バリー夫妻が無事で帰ってくると言うなら、もう心配はいらない。ただ二週間の間、お前を守らなきゃならない。忠実な使用人は大事だ」
「わたくしは、その間もお屋敷を守らなければなりません。ですから辞めるわけにはいきません。それに、これまで通り、ロアン様に家中のことを逐一報告する必要がありますから」
毅然として、女中頭の有能ポートマス夫人は言った。
「これまで通り?」
「はい。伯爵様に言いつかりました。もっとも、ロアン様を通じてですけれど。報告はすべてロアン様にするようにと」
私はこっそりロアン様の様子を
「私は辞めても何の問題もありません。あのエリザベスやリンダには、うんざりです!」
侍女のキティは唇を
「エリザベスは、ケチな上に気位ばかり高くて、気難しくて何をしても気に入らないんです。リンダはしょっちゅうお嬢様のドレスや宝石をかき回していました。まるで自分のものみたいに! そしてセンスがないとか地味だとか文句ばっかり言ってました。そのくせダンスパーティになると着て行くんです。お嬢様のドレスですよ?」
「なんですって?」
許せない。私のドレスよ!
「お嬢様のドレスをめぐって、最近はジェローム様と大喧嘩になっていましたわ! ジェローム様は、お友達のバーバラ様に着せるドレスを選びに来られるのです」
「お友達のバーバラ様?」
誰だろう?
二人の女はフンと鼻を鳴らして、口々に言った。
「どこかで拾ってきた素性のしれない女ですよ。ローズ様と名乗らせています。派手好きで、男慣れしてますわ。お嬢様とは似ても似つかぬ女です」
「ジェローム様はその女にゾッコン惚れ込んでるんです。お嬢様が行方不明なことをいいことに、ローズと名乗らせてあちこちで紹介しているようです。そのために、お嬢様のドレスが必要なんです。それでリンダ様とドレス争いになっているんです」
キティが興奮気味に言い、ポーツマス夫人も
「お嬢様に成り済ますために、お嬢様のドレスを着せているんです」
うーむ。人の留守をいいことにしたい放題。
「ローズの方がずっときれいで気品がある」
突然、ロアン様が割り込んだ。
「そんなことは……」
「絶対ある! 比較する相手がひどい」
上げて落とす。ロアン様の話を聞いていると、上げては落とされている気がしてきた。まあ、その分、常識的だなと思うけど。私が絶世の美女って訳じゃないしね。
「ま、そんなわけだ。さあ、今こそ君たちの出番だ。ローズ嬢を出来るだけきれいに仕立ててくれたまえ!」
私はキティとポーツマス夫人と三人であてがわれた寝室に向かった。
ドアは閉まると、着付けを始めながら三人はごそごそしゃべり始めた。
「そんなにひどいの? そのバーバラ嬢って」
どんな女性なのかしら。気になるわ。
「ひどいですよ。平民丸出しというか。あまり学もないようで、エリザベス様がバカにしきって、ちょいちょい教養テストを仕掛けてくるので、嫌な顔をされています」
それはエリザベスの性格が悪いのでは。
「男爵夫人は生まれに嫌味を言いますし」
男爵夫人も性格が悪かったっけ。
「一番派手なのはリンダ嬢で、金切り声で大喧嘩をしています。自分が着たかったドレスを兄のジェローム様がバーバラ様用に取り上げられるので。そんな汚くて平凡な栗色の髪と目に着られたら、ドレスが泣くわとか、デブには似合わないとか」
デブと言う言葉に思わず反応した。
「彼女、私のドレスがはいるサイズなの?」
破れたりしたらどうしよう。
「いう程太っていません。背が低いので、入るには入ります。ただ引きずっています」
私は自分のドレスの無事を祈った。縫い目とか裂けてないといいなあ。
「ジェローム様には魂胆があるみたいです。このなりすまし結婚が成功すれば、バリー商会のすべてがジェローム様のものになると考えているようです。そうなればお屋敷内で一番力があるのはジェローム様になります。男爵はジェローム様の作戦に賛成しておられますね。お金を考えるとそれしかないのでしょう」
「でも、今の話だとバーバラ嬢は目の色も違うし、私よりかなり背が低いのよね。他人だと思わないのかしら」
「似ているのは髪だけですからねえ」
私はあきらめた。今晩のパートナーは伯爵家の御曹司ロアン様。確かにロアン様にエスコートしてもらえれば、すべては解決すると思う。
「でも、お嬢様、よくロアン様を射止めましたね」
「えっ?」
「すごいことですわ。あの、皆様のあこがれのロアン様を」
「私は伯爵様のご意向だと聞いたのですけど」
侍女と女中頭は顔を見合わせた。
「「違います」」
二人は声をそろえた。
「伯爵様のご意向は知りませんが、どう見てもべたぼれじゃありませんか」
「はい?」
「だって、新しいドレスまで手配して、宝飾品もほら」
キティが指したネックレスには、キラキラするダイヤモンドが付いていた。超高そう。
「これを必ずつけるようにって」
「本気で?」
これは家宝クラスではないか? だが、二人はうなずいた。
「本気も本気。超本気がギラギラしてません?」
「で、こちらがドレス」
おおうっ。高そう。
一目でわかってしまった。これは有名な王都のドレスメーカーのもの。
派手ではないが、すばらしい。どう説明したらいいかわからないが、すごく素敵。
「急がせて作らせたそうですわ」
べたぼれ。
不意に私はヘンリー君を思い出した。あっちもべたぼれだろう。
こっちのべたぼれと、あっちのべたぼれ。
いずれも甲乙つけがたいが、財力的にこっちのべたぼれの圧勝みたいだけど。
突然のモテ期到来。
キティがクスッと笑った。
「いえ。ロアン様はずっと前からお嬢様の周りをウロウロされていましたよ?」
侍女の観察記?
「別にモレル伯爵様のお使いなんか他の者にやらせればいいんです。ロアン様がなさることはなかったのです」
そりゃそうだ。そのせいで、私はずっとロアン様のことを伯爵の秘書かなんかだと思っていた。
「あんまりしょっちゅう来られるので、ご主人様も苦笑いされていました」
あらら。お父様まで?
「包囲網ですわね」
二人の使用人は声高らかに笑いだした。
本人の私だけ、半信半疑で陰気臭く二人を見つめた。
ロアン様って、割と高慢だなと思っていたのだが、身分がわかると仕方ないなと気が付いた。
「でもね、私は平民です」
私は重要なことを指摘した。
「そうですね。だからご主人様も苦笑いするだけで何もなさらなかったのだと思います」
「お嬢様、今晩のところは、ロアン様のおっしゃる通り着飾ってパーティに出ましょう。それがお嬢様の身を守ることになりますわ」
女中頭のポーツマス夫人が真剣になって言った。
「ロアン様のご好意を使わせていただきましょう。今晩はジェローム様もダンスパーティにバーバラを連れて出ると大騒ぎしていました。婚約を公表するのだとおっしゃって、それに
鉢合わせか。
「ジェローム様にはあのバーバラとか言う女が似合いですわ」
キティが憎々しげに言った。ポーツマス夫人も説明してくれた。
「二人のローズ様がご出席なされば、別人だとわかります。あのバーバラがローズ様だなんて、通用しません。会場の皆様だって、お嬢様の顔を知らない方ばかりではないですからね。ジェローム様はバリー商会の財産目当てなので、本物のローズ様に乗り換えがるでしょうが、相手がロアン様では絶対に無理です。そう、絶対に」
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