第5話 騎士様とデート

いや、本当にグスマンおじさんがたまたま巡回に来てくれてよかった。


私はグスマンおじさんに店を任せて、怒れる騎士様をその場から連れ出した。

かわいそうなヘンリー君はショックで大粒の涙をポロポロ流してうずくまっていた。もう立ち直れないかもしれない。明日、来てくれるかな。


「それでよろしい。二度と来なくていいから。人の私物に手を出すなんて」


このバカ騎士。なに訳のわからないことしゃべってるんだ。


「ヘンリー君は、マッスル商会の御曹司なんです。マッスル商会から派遣されて来ているだけですわ」


私は早口で紹介した。


「マッスル商会? あんなデブなのに?」


「違います。この市場のオーナーがマッスルさんて言うらしいです」


「なんでそんなにネーミングセンスのないヤツばかりなんだ。ローズ製なのにデイジーブランドとか、脂肪の塊がマッスル名乗ったり」


私はイライラしてきた。


「家名がマッスルなんでしょ? 仕方ないわよ」


「でもそれなら、あいつは見に来ていただけか」


護衛?なんだけど、絶対に信じてもらえないよね。


「えーと、商売のやり方の見物だそうです。なんでもずっと家に引きこもっていたそうで、小さい流行ってる店に勉強に行くようにって、父親の会長から言われたんですって」


「へええ? 素人のお前の商売なんか見学しても意味ないだろうに」


おっしゃる通りなんですけどね。なんか腹立つな。


でも、騎士様は私の怒った顔を見ると急に軟化した。


「そんな怒らないでくれよ。一緒に食事に行こうよ」


「店に戻ります」


「大丈夫だよ。あの脂肪の塊のマッスル君の知り合いが来たじゃない。この市場の関係者だろ? なら、マッスルが変なことをしでかさないように面倒を見てくれるさ」


私はこの騎士様の言葉の意味をかみしめた。


そうか。

グスマンおじさんは、私のために来てくれていた訳じゃないかもしれない。

ヘンリー君(騎士様に言わせるとマッスル君だけど)がこの市場のオーナーさんの息子なら、雇われているグスマンさんにとっては、ヘンリー君の方が大事だもんね。

時々、困った羽目になっていないかヘンリー君の様子を見に来ていたのだろう。


「さあ、一緒に俺の町に繰り出そう。今日は俺も変装してるんだ。貧乏騎士のなりさ」


見れば確かに、いつもなら帽子に羽飾りが付いていたり剣のさやが銀製だったりするのに、そんなものは何もなかった。地味な黒の上着とズボンだった。


「お前だって、本来なら、この前派手なパーティをしたバリー男爵家の娘くらいには着飾っているはずなのに……」


騎士様は私の粗末な服をじろじろ見た。


もちろん絹なんかではない。くるぶしが見えるほど短いスカート、レースもない木綿のブラウス、汚れが目立たない地味な色の上着だ。



でも私は今の生活に満足している。


一人暮らしは自由だし、好きな時にお茶が飲める。暮らしていくだけなら十分なお金も手に入った。薬は人気でみんなが喜んでくれる。


だけど……バリー男爵家のパーティの話を聞くと、心がざわつく。


あんなに関心がないと思っていたのに、エリザベスやリンダが派手に着飾って、私の家でパーティを開いて得々としていると思うと、正直、なんだかもやもやする。


「そのパーティ、行ったのですか?」


これまで噂ばかり聞いてきて、実際に参加した人の話は聞いたことがなかった。好奇心が湧いた。

本当はどんな感じだったのかしら?


「興味ある? じゃあ、ゆっくり話そうか」


騎士様は私の手を取るとぐいぐい歩いて、街の中心部近くまでやってきた。


「この店、どう? 庶民的だけど、おいしいって聞いたんだよ」


騎士様は、身なりは本人に言わせると貧乏騎士だったが、態度はデカかった。


「あの席がいいな。あそこに案内しろ」


勝手に指定して窓際に陣取ると、その日のメニューが書かれた黒板から勝手に好きなものを注文しだした。


「仔牛のカツレツと鶏のローストかな。ポタージュとあとでデザートを数種類持ってこさせよう。あと飲み物は何がいい?」


仔牛のカツレツなんて、何ヵ月ぶりだろう。

流行っている店らしく、ローストの匂いが食欲をそそった。


ちょっと嬉しい。


だけど、本人も認める貧しそうな格好なのに、どうして店員さんたちは素直に騎士様の命令に従うのかしら? それにここは一番いい席のはず。半分個室のようで、話もしやすい。特に私のように逃げ隠れしている人間にとっては。


「で、パーティだけど、行ったよ、もちろん」


伯爵様のご子息が呼ばれて出席されたそうで、巷では大評判になっている。従姉妹のリンダは美人だから伯爵のご子息がご執心だったとか。


「ああ、あのアイリーンとかいう派手な女ね」


名前が違う。どっちの話だろう。多分リンダかな。


「なんか俺、ああいう女は好きじゃないな」


「そうですか」


ちょっぴりうれしい。


「顔はかわいいのかもしれないけど、品がないよね。地位目当て、金目当てが露骨でさ」


フンフンとうなずく。


「あともう一人、ツンケンした女がいた。姉妹は仲が悪そうだった。ツンケンした方は教養をひけらかしていた。でも二人とも伯爵家向きじゃないと思ったよ」


「伯爵家の御曹司めあてだったのですか?」


つまらなさそうに騎士様はうなずいた。


「ロアン様、ロアン様と大声で名を呼ぶんだ。伯爵家の御曹司に向かってなんてことを言うんだ。失礼にもほどがある。誰も名前で呼んでいいだなんて言っていないはずだ」


騎士様は不愉快そうだった。


「バリー商会の金があるからと思っているんだろうな。父親の男爵が、私たちには資産の裏付けがありますからと自慢していた」


私は悔しくてちょっと泣きそうになった。

私は逃げ出してよかったのかしら。あの家に残って戦うべきだったのかしら。


でも、ジェロームとの結婚話は本当に嫌だった。それに同じ家の中に住むだなんて危険すぎる気がしたのだ。


「若い男もいたな。バリー商会の会長を名乗っていたが……みんなおかしいと思ったと思う」


私はムカついて椅子から立ち上がりそうになったが、危ういところで思いとどまった。

この店で暴れても仕方ない。


騎士様はまあまあ抑えて抑えてといったような手つきになった。


「うん。招待客はみんな令嬢のローズ嬢目当てみたいだったよ」


私は騎士様の顔を見た。どんなパーティだったのだろう。騎士様はちょっとしょっぱいような顔になった。


「まあな。そりゃ、いくら男爵家が浮かれて招待状をばらまこうが、本当の屋敷の主が誰なのか全員わかっている。だから皆がローズ嬢がどこにいるのか気にしていた」


「男爵は何と答えていたのですか?」


「ローズ嬢は病気だって」


「私は元気です!」


私は思わず大きな声になってしまったが、騎士様が言った。


「みんな疑惑を持ったと思う。ローズ嬢の病状はどうなのか。でも、男爵は笑ってわがまま病ですと答えていた。こんな華やかな日に病気になるなんて、お集りの皆さんに申し訳ないと謝っていた。代わりに私の二人の娘がおりますと紹介してくれたよ」


私は黙って仔牛のカツレツを賞味し鶏のローストを平らげ、出てきたスープを空にして、パンとバターをガッツリ食べて、りんごパイを二人前注文して店員を震え上がらせた。食べなきゃやってらんない。


「客は誰も何も聞き返さなかった。聞いてもロクな返事がないとわかってるみたいだった」


「港は伯爵家の管理下にある。何か情報があればすぐに知らせてあげるよ。心配だろう。それに、実権を握っているのはバリー商会の副会長のドネルなんだが……」


ドネルは知っている。商会で働いている人なので、私と話す機会はなかった。たまに見かけても、がっちりした体格のひげの濃い中年で、いかにも頑固そうだと言う印象しかなかった。


「ドネルは、娘のローズ嬢に忠誠を誓っているんだ。あの盗人猛々しいバリー男爵なんか知ったことじゃないと怒っている。長男のジェロームが誰の許可もなく、会長を名乗った件についてはカンカンだ」


ありがとう、ドネルさん。


「ドネルは伯爵家に、バリー男爵のやり方がおかしいと訴えてきたんだ」


うれしい。でも、大丈夫かなあ、ドネルさん。


「私にはよくわからないけど、多分親族の中の問題だとバリー男爵に返されそうな気がするわ」


「そうなんだ。弟がいない間、家を守っているのだと言い返されたらしい。でも、肝心の娘のお前が屋敷にいる気配がない。昔からいる使用人たちの目はごまかせない。使用人の方があの屋敷の中のことはよく知っているからね。ドネルはそれも併せて伯爵家に訴えた。きっとバリー家の人々はお前を殺したに違いないって」


いつの間にか殺人事件に……


「俺は困っちゃってさあ」


はああ? 騎士様の出番はないでしょうに。


「だって、俺、お前がどこで何しているか知ってるもん」


チロリと騎士様は私の顔を眺めた。



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