第7話 騎士様の屋敷にお泊まり

そんなことを言われても、私には考えがまとまらなかった。


もし偽者のローズ嬢が現れて、財産を全部持っていってしまったら……代わりに私は安全になるけど、今度こそ本当に何もかも取られてしまう。


「ジェロームとアイリーンとツンケンしたその姉、厚かましいバリー男爵夫妻に仕返しをしたくないか?」


そこはアイリーンじゃなくてリンダですってば。


だが、復讐の一言は心に突き刺さった。


騎士様の力を借りれば、方法があると言うのだ。


「一人で頑張っても限界がある。俺は騎士団に顔がきくし、伯爵をよく知っている」


騎士様はちょっと顔をしかめた。


「知り過ぎだ。清廉潔白すぎる」


「民としてはその方がありがたいです」


私は小さい声で言った。


「まあ、そんな訳だから、俺の家に下女として就職すれば、完全に安全だぞ。店の方は今のまま続けてくれて構わない。下女の仕事なんかしなくていい。誰もお前の家事の腕前には期待していないから」


私は騎士様の申し出を断ったのだけど、あっという間に都合よく現れた馬車に詰め込まれた。


「食事も済んだしな。夜になったら、誰かをやって荷物を全部持ってきてやる」


「え? ちょっと? どうしてそんな?」


ガラガラと馬車は行先も聞かず勝手に動き出した。


「騎士様?」


「ロアン」


「は?」


「俺の名前はロアンなんだ。騎士様だなんて呼ばないで欲しい」


ええと。まあ、それはそうかもしれない。騎士は職業名だから、家の中で呼んだらおかしいかも。


それより問題は騎士様がにやけていることだ。


「練習で呼んでみて」


どういう意味なの?


「必要があれば呼びます」


私は窓の外の景色を見るのに忙しかった。騎士様の家はどこなのかしら。マッスル市場から遠いと困るのだけど。


だが、ほどなくして馬車は停まり、どの家だろうと私はキョロキョロした。


「降りろ。ここだ」


「これ……ですか?」


ただの家ではない。立派な邸宅だ。家族は誰も一緒に住んでいないと言っていたような。こんな大きな家、必要なのかしら?


「あの、こちらで一人住まいですか?」


騎士様は小首を傾げた。


「最愛の妻を募集中だ」


私はスカートを翻し、こんな珍回答をする男からはサッサと離れることにした。だが、背中から騎士様の声がかかった。


「違う。そっちじゃない。お前の部屋はこっちだ」


広いメインの廊下を進んでいく。ふつう下女の部屋は三階などの狭い小部屋のはずなんだけど。家族がいないって言ってたから、部屋が余っているのかしら?


そして私は、自分にあてがわれた部屋に入って仰天した。


前の私の部屋と同じくらいの大きさの同じような部屋である。天蓋付きのベッド、小さなテーブルとソファ、書き机とそれ用の椅子もあれば、どうも水回りと衣裳部屋につながるらしいドアまである。


「帰してください!」


私は涙目になって言った。


この人、お金持ちだったんだ! 助けるとか言って、身寄りがないことを知ってさらってきたんだ。好きに出来ると思って。

これじゃジェロームの妻の方がマシ。正妻には権利がある。 


「おい、どうした。嬉しくないのか」


イケメン騎士様はひどく驚いた様子で聞いた。


嬉しいはずがない。とんだイケメンだ。きっとモテるので、自分と一緒なら大喜びだと思ったのかもしれない。


私は自活の道を探していた。薬を作って、それを売って、一人でも生きていく。

好きな人ができたら結婚するかもしれないが、こんなやり方はないだろう。


私は騎士様に体当たりした。普段の騎士様ならびくともしないだろうけど、すっかり騎士様はうろたえていて、隙だらけだった。不意を突かれてよろめいたところを、私は突進した。


幸い、屋敷内には誰もいなかった。私はきた道を戻って正面玄関にたどり着くと、ドアを開けようとしたが鍵がかかっていた。振り返ると、花瓶が乗った小卓が目についたので、それでガラスを割って外に出ようと振りかぶったところで騎士様に取り押さえられた。


「ローズ、何をするんだ!」


「帰してください! 帰して!」


騎士様はがっちり私を捕まえた。


「あの家にか。危ないぞ。俺は聞いたんだ。引っさらって殺してやるって」


私はうそつきの顔を見た。


「そんなことないわ」


「違う。本当だ。ジェロームには愛人がいる。そいつにローズを名乗らせている。本物のローズを知らない家のパーティなんかに同伴して、婚約者だと紹介している」


それは……本当らしい。グスマンおじさんが言ってたもの。


「入れ替える気なんだ。そのためにはお前が邪魔だ。殺してやると言うのはそういう意味だ。お前が逃げてしまったから」


「仕方なかったのよ! あの家に居続けるわけにはいかなかった」


「助けたのは俺だしな。あのままだったら、絶対に引っ越し先にたどり着けてなかったはずだ」


「恩を着せる気?」


「そんなつもりじゃない。ただ、責任を感じて。単なる好まない結婚を強いられるだけで済んだはずなのに、命を狙われることになってしまった。命の方が大事だ。それに……」


騎士様は言いにくそうに口ごもった。


「それに、実は、確かな話ではないので、伯爵から絶対に口外するなと言われているんだが……」


「なに?」


私は騎士様に抑え込まれたまま聞いた。


「お前の両親のことだ。船は行方不明になったんじゃない。難破した」


「えっ……」


「だけど、乗客や乗組員の中には助かった者もいるらしい……」


私は大きく目を見張った。


「すまない。このことを話しても、お前の為にはならないだろうと伯爵は言うんだ。さぞ、動揺するだろうから、余計な憶測は伝えるなと言われたんだ」


生きているかもしれない? 勝手に手が小刻みに震えだした。


「いいか、ローズ。わからないんだ。冷静になって」


騎士様は心配そうに私の手を取って言った。


「バリー商会に親戚がやってきて乗っ取りをたくらんでいることは伯爵も知っている。だからここにかくまえと言われたんだ」


「え? 伯爵様が?」


私はパッと顔を上げた。騎士様は唇をかんだ。


「まあ……伯爵はお前の親族や友人ではない。お前はただの領民だ。甘えちゃいけない」


いつのまにか私の目は涙でいっぱいになっていた。うなずくと、床にポタポタ水が落ちた。


「わかっています」


でも、嬉しい。両親が生きている可能性があるなんて。

両親がいなくなってしまってから、いろいろあり過ぎた。私は自分の身を自分で守らなくてはならなかった。世の中に誰も味方はいなかったし、信用できる人もいなかった。


だから伯爵様が気にしてくださったと聞いただけで、ほっとした。


このいささか強引なご招待が、イケメン騎士様の下心ではなくて、伯爵様の手配だったことがわかって本当に安心した。


私は怖かったのだ。


「そりゃそうだろう。だから、俺がいろいろ心配してやったのに」


騎士様はブツブツ言った。


「でも、騎士様は、あの……」


「なんだ」


「割と強引なんで……私、ちょっと勘違いしてしまったかもしれません」


下心を疑っただなんて、失礼だったわ。こんなイケメンの騎士様が、私に関心を持ってると考えるだなんて、申し訳ない。恥ずかしい。


「おお。それはな」


騎士様は何か言い淀んでいるようだったが結局教えてくれた。


「今晩が危なかったんだ」


「今晩が?」


「そう。今晩、襲撃事件があると、警備の者から知らせがあってな。だから今晩、少々強引でもあの家から引き離そうと思ったんだ」


「まあ。申し訳ございません」


そんな配慮を知らず、騎士様の玄関をぶち壊すところだったわ。


「そう言った情報はあまり確かではないんだ。何も起きなかったかもしれない。だから、はっきり説明できなかった。それに、教えると情報源の人が迷惑するからね」


そう言うことだったのね。ますます申し訳ない。口は悪いけど、いい人なんだ、騎士様。


「だから今日はあの部屋で我慢しなさい。市場に働きに行く時はこの格好だから、下女という触れ込みでこの家にいた方が自然だろう。だが、俺はお前の正体を知っている。良家の子女だ。ここはバリー男爵家の目が届かないから、本当のお前らしく暮らしたらいいだろう」





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