第8話 夢と謎
その晩は眠れなかった。
電話の後、見取り図を睨みながら考えてみたが、犯人はおろか、密室の仕組みもわからない。
本当は、会場に皆の知らない出入り口があったのではないか。
苦し紛れに、そんなことを思う。だが、警察だって探しているはずだ。見つからないわけがない。
カーテンを開け、空が白むのを見つめる。外では新聞配達員が家々のポストに新聞を投げ込む音がしていた。音は、やがて烏有の家の前でもポストが鳴った。
烏有は階段を下りて行き、玄関脇の小部屋に入る。ここには、いつも古い新聞が置かれていた。
事件の記事を読めば、少しはわかるかもしれない。
そう思って、奥にあるはずの新聞の山を目で探す。が、なかった。
「そうか」
波多野と出かけた昨日、この辺りでは廃品回収があった。その時に、全部出してしまったのだろう。
仕方なくポストから新聞を取ってきて、部屋に戻る。細かく記事を探してみたが、密室殺人に関係したものはなかった。ポストに新聞を戻すと、布団に潜る。朝食までに少し眠りたかった。
夢を見た。どこかの小さなホールで、人々が集まっている。波多野もいた。突然、辺りが暗くなり、銃声が聞こえた。
慌てて布団をはねのけ、起きあがる。夢だと悟るまでに少しかかった。深呼吸をして額に手を遣ると、汗で塗れていた。
何故、あんな夢を見たのだろう。
急に波多野のことが心配になる。無茶をして、犯人に気づかれていなければいいのだが。
ともかく、早く行動を起こす必要がある。手持ちの資料だけでわからないのなら、実際にホールに行ってみるしかない。
それから、図書館で、新聞の記事を調べなければ。
あいにく、今日は月曜日だった。図書館は休みだ。だが、ホールは何かの準備をしているかも知れない。
パソコンを起動し、ホールのホームページを表示する。予定表があった。今日は、明日公演予定の劇団が準備をしているらしい。
劇団の名前を検索すると、ホームページに行き当たった。明日の演目と、これまでの活動記録、代表者メールアドレスが書かれている。烏有はそこへメールを送った。
地方劇団史の論文を書きたいと思っているので、実地調査をさせていただきたい、というものだった。
平たく言えば、ちょっと練習を見せて欲しい、ということだ。
電子メールを送ってから、どうしてこう、もったいぶった嘘をつくのだろう、と反省する。
烏有は地元の大学院を出ていた。修士課程の二年間は、ほとんどの時間を研究にあてた。事実と理論と理由が揃わなければ、レポート一つ通らない。そんな時代を、今も引きずっているのかも知れなかった。
インターネットの検索画面に戻り、地方の劇団のサイトを探した。行き当たったサイトを片っ端から読み、必要な部分はプリントアウトする。いろんな劇団があった。名古屋弁で劇をやる団体、人形劇の団体、朗読劇。
検索しているうちに、殺人劇、という言葉に行き当たった。一瞬体を引き、それから画面を見つめる。
「ミステリーだ」
烏有は微笑み、劇団のページを開く。
別に殺人をするというのではない。自作のミステリーを劇として上演している劇団だ。目の前で謎が提示され、解かれていく、という形式は、確かに客を劇に引き込みやすいだろう。烏有がよく読んでいる海外の作家も、そういった劇を書いている。
脳裏を何かがかすめた。昨日感じたのと同じ違和感だ。
ベッドの枕元に置いてあった本を手に取ってみる。
何かを見落としている。そんな気がした。
本を持って机に戻り、劇団を調べ続ける。劇団史のあらましを頭にたたき込み、パソコンを終わらせる。
再び本を手に取り、ページをめくった。
が、何を見落としているのか、見当もつかなかった。
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