第12話 鍵

 帰宅後、波多野から二回電話があった。二回とも、調子が悪いので休むと言って、挨拶だけで済ます。

 布団に潜ると、情けない気持ちで背筋が震えた。

 どうして、謎が解けないのか。何も考えていないわけではないのに。そう自分に問いかけても答えはない。

 だが、まだ全ての資料を集めたわけではない。

 そう自分に言い聞かせる。明日になれば図書館が開く。当時の新聞記事を見れば、何かわかるかも知れない。

 目を閉じ、呼吸を整える。脳裏に、ホールで見た劇がよみがえった。首を絞める女、戦う男、悲しむ子供、それに、世の中に疲れ果てた主人公。

 首を絞める女の姿は、次第に白いシャツを着た女にすり替わっていった。彼女は舞台に倒れ、シャツのポケットには鍵の影が浮かんでいる。

 たぶん、ホールの鍵だ。ホールと書いたシールが貼ってあるに違いない。管理人が手書きで作ったシールが。

 と、金属質な音がした。舞台に目を遣ると、小さなものが落ちていた。

 鍵だ、と認識した途端、目が覚める。

 烏有は暗闇の中で体を起こし、額を押さえた。


「鍵だ」


 それから顔を上げ、闇を睨みつけた。


「そして、すり替えるチャンスはあった」

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