第3話 波多野の話~殺人事件~

 廊下は真っ直ぐではなかった。数メートル先で四〇度ほど曲がっている。

壁にあった案内板を見ると、大きな八角形と小さな八角形が重ねて描かれていた。小さい八角形の真ん中には、舞台と表示がある。舞台の北側は楽屋につながっている。座席も舞台を囲むように設置されていた。そのため、ホール全体が八角形になっている。ホールの壁に沿って作られた廊下も八角形をしているらしい。


 案内板を過ぎると、観音開きの扉があった。引いてみるが、びくともしない。


 廊下の照明は途中で暗くなっていた。更に進むと、辺りは急に涼しくなる。風が入ってきている。視線で探ると、左手の奥に大きな鉄の扉があった。鍵はかかっている。耳を寄せると、扉越しに車の音が聞こえた。道があるのだろう。この扉は荷物を運び込むためのものらしい。


「こちらが楽屋です」


 川名の声で、右に視線を振る。そちらには、ホールに入るものと同じ、観音開きの扉があった。川名が引いたが、開く気配はない。波多野は川名をどかせると、力一杯引いてみた。扉全体がわずかに揺れるものの、開かない。


「鍵が閉まっているようだな」


 川名を振り返った時だった。

 突然、ホールの中でブザーが鳴った。


「中に誰かいる」


 川名が背を丸め、両腕を自分の肩に当てた。


「このホールは内側からは鍵がかからないんだろ」

「だって、音響や照明の部屋は、ホールの中にしかないんです。出入り口は楽屋の中にしかありません」


 嫌な予感がした。

波多野は耳を澄ます。

 廊下に足音はしない。汐野は何を手間取っているのだろう。たかだか鍵を借りるくらいで。


「俺たちも管理室に行こう」


 波多野は廊下を進んだ。すぐにロビーが見え、戸惑ったようにホールの方を眺めている人たちが目に入る。


「どいてください」


 皆を掻き分けるようにして、汐野と初老の男がロビーの奥に歩いて行った。走って彼らに追いつき、声をかける。汐野が肩を震わせ、振り向いた。


「さっきのブザーはおまえか」

「違う。楽屋は鍵がかかっていた。他の扉もだ」


 初老の男が、それはおかしい、といいながら鍵穴に鍵を差し込む。

 金属の弾ける音がして鍵が開くと、波多野たちは扉を体で押しのけるようにしてホールに入った。

 ホールは上映中の映画館のように暗かった。

 天井からは、スポットライトの光が突き刺さるように降り注いでいる。

 舞台の上に視線を移した波多野たちは、立ちすくんだ。

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