第10話 違和感
三回目の呼び出し音が鳴ったところで、波多野が出た。名乗ると、何かわかったのかと緊張した声で聞いた。
「質問してもいいですか? 合唱サークルの中で携帯電話を持っていたのは、誰ですか」
「ああ、それなら全員持っているけれど。それが?」
「当日鳴ったブザーは、携帯電話の着信音の可能性があります」
波多野が狼狽えたように、携帯電話、とつぶやいた。
「ええ、庄内さんの使っていた着信音がブザーの音だとすれば、話は簡単です。ホールの中に電話を置いておき、外からその電話にかければいいんです。実は、今、ホールに行ってきたところなんです」
見てきたことを説明すると、波多野が、あまり一人で調べ回るな、と言った。
「まだ、調べるのか。俺も行く。今どこだ」
繁華街にある車のギャラリーで待ち合わせすることにした。
烏有は公衆電話を切ると、地下鉄の駅に潜る。
あのブザーが携帯電話の着信音だとしても、最大の問題が残っている。
密室だ。
ホールを密室にするには、外から鍵をかけなければならない。当然、鍵を持っている人は外にいなければおかしいはずだ。
鍵は、管理人が首からぶら下げて持ち歩いている。鍵にはシールがあった。手書きの古いシールだから、偽造するのは難しい。
つまり、鍵がかかっていたにもかかわらず、庄内の胸ポケットにあった鍵は本物ということになる。
鍵は開演一時間前に渡される。言い換えれば、開場三〇分前だ。波多野たちが庄内を探し始め、管理人がマスターキーで扉を開けたのは、開場時間直前。その間に合い鍵を作り、人を殺す。そして、鍵を閉め、何食わぬ顔でロビーに出てくる。
しかし、着替えを済ませてから全員、ロビーにいたという。白鳥園子が数分、抜けた以外は。数分では合い鍵を作って戻って来ることすら不可能だ。
ロビーにいなかったのは川名だけだ。だが、彼女は運転免許を持っていない。とても、合い鍵を作って戻ってくる時間はない。
――タクシーだろうか。
ただ、数分で行けるところまで乗っていけば、かえって運転手の記憶に残ってしまう。
そもそも、川名令子には庄内佳美を殺す動機がない。
券売機の前に立っていると、後ろから、買うのか、と声を掛けられた。振り向くと、中年の男性が怖い顔をして立っている。
慌てて繁華街までの切符を買い、頭の中から事件を追い出す。地下鉄に乗り込み、あいている席に座った。
隣の席では、大学生らしき女性が本を読んでいた。紙のブックカバーが掛けられていたが、本が開かれた時にでも片方が外れてしまったらしく、表紙が見えている。
見覚えのある表紙だった。烏有がよく読んでいる、海外の推理小説作家の本だ。ただし、髭の探偵のものではなく、おばあさんが推理するものだ。
また、違和感が脳を駆け抜けた。しかも、以前よりずっと強い違和感だ。
わけがわからず、辺りを見回す。隣の女子大生が、胡散臭そうにこちらを見た。降りる振りをして立ち上がり、車両を移る。それから、女子大生の方を振り返った。
――何故、本に対して違和感を覚えるのだろう。
答えを見つけられないまま、地下鉄を降りた。
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