第14話 一つめの謎解き
傾いた日が、カフェの奥まで射し込んでいた。
「犯人は庄内さんの持っていた鍵をすり替えたんです」
手で太陽の光を遮っていた波多野が、驚いたようにこちらを向いた。
「つまり、庄内さんのポケットにあった鍵は、偽物です。本物そっくりのシールが貼ってあっただけ」
波多野が体をねじった。同時に椅子が揺れ、後ろを通っていたウェイトレスの足を引っかけそうになる。
「ああ、済みません。……しかし、あのシールを偽造するのは難しいはずだ」
烏有はそっと、抱えた鞄を撫でた。中には、波多野に対する決定的なプレゼントが入っている。
「簡単ですよ。波多野さん、携帯電話を出してください」
「これか?」
「そんな不思議そうな顔をしないで。それで、メニューを写してみてください。文字がはっきり写るように」
波多野の動きが止まった。
「まさか」
「ええ、練習で鍵を使った時、カメラでシールを写したんです。それを、パソコンに送ります。そして、プリントアウトする。もちろん、画面に明暗ができたりしたら、プリントアウト前にソフトで修正を加えたらいい」
呆然とする波多野に、烏有は軽く首を傾げてみせた。
「質問していいですか? 当時、性能のいいカメラつきの機種を持っていたのは、誰です?」
「上飯田だ。でも俺は、庄内のポケットから落ちた鍵を試してみたんだぞ」
「その時点では、既に鍵がすり替えられていたんです。思い出してください。波多野さんは、こうおっしゃいましたね。中浜さんが駆け寄った時、波多野さんと上飯田さんは慌てて庄内さんの体を持ち上げた。その瞬間に鍵が落ちた、と。一瞬、全員の視線が中浜さんに向いた時、上飯田さんは庄内さんのポケットから鍵を抜き取り、自分が持っていた鍵を下に落としたんです。誰かが拾うことを見越して」
波多野の目が、戸惑ったように左右に動く。
「ちょっと待て。でも、庄内の持っていた鍵は」
「ポケットに入っていたのは偽造されたシールを貼った鍵です。ホールの鍵である必要はないんですよ。つまり、自分の家の合い鍵でも、落とし物で拾った鍵でも、何でもいいんです。適当に何か同じような形の鍵に、シールを貼っただけの偽物です」
「だけど、上飯田に庄内を殺す時間があったのか」
烏有は指を組み、その上に顎を乗せた。
「ありますよ。上飯田さんは、波多野さんが来てすぐ、集団を離れましたよね」
「携帯電話が鳴ったからだろ」
「本当でしょうか? 着信音は聞こえなかったんでしょう?」
しかし、と波多野が言いよどんだ。
「わかっていますよ、波多野さん。劇場では携帯電話をマナーモードにすることが多い。そうすると、着信した時、振動で知らせるようになります」
「じゃあ、音が鳴らなくてもいいじゃないか。確かに上飯田は集団を出る直前、ぎこちない動きをしていた」
「それが演技ではないと言い切れますか。彼は、その後、携帯電話で話す時のマナーとして、人のいない方へと歩いていった。楽屋の扉につながる、廊下へと」
慌てたように波多野は辺りを見回し、身を乗り出した。
「待てよ。その前から、川名が庄内を探していたんだぞ」
「庄内さんはホールの中で雑用をしていたんですよ」
僅かな沈黙があった。やがて、波多野が何故か自信ありげに微笑んだ。
「どの扉にも鍵がかかっていたのに?」
烏有も笑顔を返す。
「その時庄内さんが持っていた鍵は、上飯田さんが作った偽物です。本物は彼が持っていた。彼は楽屋に入り、庄内さんの首を絞める。胸ポケットに偽物の鍵を入れ、機械室に上がり、スポットライトをつける」
上飯田には照明に対して知識がない。舞台の上に庄内を運び、ライトを当てるのは難しいだろう。
「続いて、ライトの当たるところに庄内さんを運びます。それから、楽屋にあった庄内さんの携帯電話の着信音をブザー音にする。そして、楽屋を出たんです」
波多野たちが楽屋を調べたのはその後だ、と付け加える。波多野は、しばらく烏有を見つめていたが、ついに大きな溜息をつき、空を仰いだ。
「どうして上飯田が」
「動機ならありますよ。庄内さんは妊娠していた。矢田さんのお子さんではありません」
波多野は烏有に視線を戻す。
「まさか、上飯田の子だと言いたいのか。だから、相談に乗っていたと」
烏有は曖昧に笑ってみせた。
「そうであれば、こんな事件は起こりません。庄内さんには、もう一人親しい男性がいましたよね? 裁判になれば、証人席に立つ予定の」
波多野が軽く体を引き、手の平でテーブルを押さえた。
「亀島の子供だって言うのか」
「そうです。上飯田さんはそれを知って怒った。たぶん、裁判準備の途中で告白されたのでしょう。そして、同窓会報に殺人予告を出し、犯行に及んだ」
烏有はあえて、波多野から視線を逸らした。
「どうしますか。友人の上飯田さんを告発しますか。庄内佳美殺害容疑で」
その時だった。
「ちょっと待て」
波多野の大声が、店内に響いた。
「そんなんじゃないんだ。誰も告発するつもりはない。俺はただ」
烏有が視線を戻すと、波多野は悪戯がばれた子供のような顔でうつむいた。
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